【番外編】ダークエルフの姫

「ねえ、レン。キスしましょう?」


 二人きりになるとお姫様はすぐにキスをねだってくる。

 特にディープキスがお好みだ。白く細い前髪を指でそっと後ろへ流しながら唇を合わせてやると、レンの背中へ腕を回して身体を密着させてくる。

 女同士。柔らかな身体は他者を拒まない。ただ、大きな胸はこういう時はちょっと邪魔だ。お互いに大きいと猶更である。

 息苦しさから呼吸が荒くなり、興奮を助長してキスが激しくなる。剣の試合でもするように舌を交わしあい、唾液を流し込み合っているとついつい時間を忘れてしまう。


 唾液の糸を伸ばしながら身体を離すと、お姫様は恍惚の表情を浮かべて息を吐いた。


「本当、えっちだよね、ミーティアは」

「……あなたに言われたくないわ。そうなるように私を染めたくせに」


 紅玉のような美しい瞳が真っすぐにレンを見つめてくる。

 彼女にとってキスは神聖なものだ。

 結婚相手としか交わしてはいけないもの。行為の相手は何人持ってもいい、という価値観であることも合わせるとその特別さがよくわかる。

 はじまりが無理やりのキスであっても、ミーティアは他の誰ともキスを交わさない。レンだけを求め、レンだけのために技を磨いてくれる。

 サキュバスの舌技を模倣することでテクニックは日に日に向上、今となっては教えたレンでさえたまに驚かされるレベルに達している。


「一回じゃ足りないわ」


 ベッドに引き倒され、二回目のディープキス。

 唇の端から漏れる互いの吐息、舌が唾液を絡めて立てる音に鼓動が高鳴る。鼻腔をくすぐるミーティアの匂いも意識をキスへと没入させていく重要なスパイスだ。

 夜の静寂の中、ベッドの上で互いの着衣が擦れあいかすかな音を立てる。

 足と足が交差し、細かく位置取りを変えながら主導権を奪い合った。



   ◇    ◇    ◇



「次は私だから、覚えておきなさい」


 月が最も高くに昇った頃、穏やかで退廃的な余韻に浸っていると、お姫様が起き上がってレンのお腹をそっと撫でた。

 細くしなやかな指。

 ミーティアは休みの日でも弓の訓練を欠かさない。にもかかわらず美しさと滑らかさを維持したその指先は、彼女が人とは違う種族であることを感じさせてくれる。

 指の下にあるのはお腹の子がフーリとの間にできたことを示す紋様。


「一番だから偉いとかそういうものじゃないと思うんだけど」


 むしろ、初めての子は不慣れで至らない点も多くなるかもしれない。

 そう考えると後に生まれた子のほうが得をするんじゃないかという気もするのだが、そこは理屈ではないらしく、


「私のものが他の女に先に孕まされたのだから嫉妬くらいするでしょう」

「ん……それは、確かに」


 レンが男だったとして、普通に男女の交際として──恋人が他の男に、と考えてみると物凄く嫌だ。相手の男を思い切りぶん殴るくらいはしないと収まらないだろう。

 女子同士の場合はいろいろ条件が違う気もするが、それでも。


「まあ、最初がフーリだったのは良かったのかもね」

「どうして?」


 軽く息を吐きながらの言葉に目を瞬いて尋ね返す。


「あの子は自分で子供を産めないからよ」


 正確には、産めるかもしれないが制限がかかる、あるいはいろいろ大変かもしれない、ということ。


「フーリとの子でいろいろ慣れた後なら二人いっぺんに育てるのも多少は楽になるでしょう?」

「二人いっぺんに……って、この子も含めて、って意味じゃないよね?」

「もちろん。私たちの子が二人、よ」


 レンより遥かに年上の少女は大人びた艶やかな笑みを浮かべて、


「母親が二人いるのだから不思議なことでもないでしょう?」


 つまり、レンに双子を産め、という意味でもない。

 レンの能力なら好きな時に子供を妊娠できるし、相手に妊娠させることもできる。それを使えば同時期に子供を作るのも簡単だ。

 さすがに誕生日は多少ズレるだろうが、生まれてきた子はある意味双子みたいなものである。

 二人が同時に動けなくなってもこの家には他に四人もいるので連携して対処できる。……とはいえ、


「ちょっと大変そうだなあ」

「大変なら使用人でも雇えばいいじゃない」

「ミーティア。それ、自分が頑張る前提で考えてる?」

「王族の子育ては『子供の相手』ではなく『子供の教育』よ」


 泣く子をあやしたりミルクをあげたりは使用人の仕事であって、母親が直接行うものではないという話。

 庶民出身のレンとは感覚の違いがすごい。


「そもそもここだと使用人とか雇えないんじゃないかなあ」

「メイの妹でも篭絡すればいいじゃない」

「本当にできそうなアイデアをすぐに出さないで欲しい」


 ゴーレムは睡眠不要なので赤ん坊の相手をしても気疲れしない。メイの妹は前に当人から似たような話を持ち掛けてきたくらいなので声をかければ二つ返事でOKしてくれそうだ。

 Sっ気の強い性格が心配ではあるものの、さすがに小さい子供をいじめたりはしないはず。


「それに、できればわたしたちで育ててあげたいよ。だってわたしたちの子供なんだから」

「別にそれを忘れているわけではないのだけれど」


 少女はふっと笑うと「仕方ないわね」と呟いた。


「そこまで言うなら努力してあげる。……けれど、私に子供をあやした経験なんてないわよ」

「わたしだってないよ。だからこれから頑張って覚えるんだよ」

「そうね。母親になるんだものね」


 自分たちの出自を考えれば当たり前の話。男だったレンと違ってミーティアにとっては生まれた時から「いつかやってくること」だっただろう。

 不思議なものだ。

 誰もが経験すること。そうわかっていても怖いものは怖いし、上手くできる自信もない。経験してしまえば「なんだこんなものか」と思えるのかもしれないが。


「母親、ね。……私たちの子は王家の血を受け継ぐことにもなるのよね」


 ミーティアは滅んだ世界の生き残りだ。

 当然、王家の他の者もみんな死んでしまっている。


「血を残す意味でも、たくさん子供を作らないとね」

「ちょっとミーティア。わたしに何人産ませる気?」

「いいじゃない。お互い、長生きするんだし」


 サキュバスもダークエルフも寿命は長い。

 レンに関しては同族の先輩がいないので目安さえわからない。もしかしたら気が遠くなるほど長生きできるかもしれない。

 だとすれば、


「そうかも、ね」


 ダンジョン攻略が終わったら、とにかく次代をたくさん育てるのもいいかもしれない。

 レンは笑ってお姫様の頬を、首筋を、お腹を撫でた。


「とりあえず、エルで予習をしておきましょうか。あの子は良い感じに元気があるから」

「さすがに赤ん坊と一緒にされるのはエルが可哀想じゃないかなあ……」


 なお、件の見習い聖女が「神殿には捨て子も多いので」と赤ん坊の扱いに慣れていることが判明するのはもう少し先のことである。

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