【番外編・後日談】あいつらのその後と年齢退行の効果

「昨日、リアン、アキ、レナの三名が年齢の退行を希望してきた」


 レンが賢者からそう聞かされたのは新しい神器を獲得してから半年ほどが経った頃のことだった。

 前にも増して雑然とした感のある賢者の家。テーブルを挟んで向かい合うように座ったレンは「それはまた」と、感嘆とも呆れともつかない息を吐いた。


「思い切ったことするなあ」


 妊娠はもう四か月目。

 お腹は大きくなってきて、身体が重くなったような感覚もある。ただ、レベルアップによる筋力・体力の向上もあって生活に支障が出るほどではない。浮遊や飛行による移動も可能なので、ここまでやってくるのもそれほど苦労はしなかった。

 支障がないとは言っても一人では心配、ということで、ここにはシオンが一緒に来てくれている。人間モードに変身した彼女はせっせと片づけをしながら、


「たしか、レンさまと同期で──娼館で働いてらっしゃる方ですよね?」

「うん。『クラス:娼婦』の男三人」


 レベルアップに伴い職業適性が向上した彼らは筋肉量が落ち、代わりに柔らかな身体を獲得。体毛は細く薄くなり──要するに女性的な身体つきに近づいている。放っておいても入ってくる「男を喜ばせるための知識」の影響、娼館での教育もあって性格や言葉遣いも女性的になっていた。

 最後に会ったのは結構前なので今はもっと変化しているだろう。

 そうなったのは他でもないレンのせいなのだが、元はといえば自業自得だし、終わった話なのでそこは置いておく。

 問題は彼らというか彼女らが神器の「年齢を五歳まで戻す効果」を希望したということだ。


「おっさん。それ、許可したの?」

「無論だ。雇い主の許可が出ているのなら止める理由もない」

「うわ。……じゃあもうあいつら五歳児なんだ」

「帰りは同僚が引き取っていった。神器への扱いも丁寧で、態度も大人しいものだったよ」


 なんとリアクションしたものやら。

 レンは目を細めて宙を見つめた。アキとレナはともかくリアンまで大人しいというのがもはや理解を超えている。しかもすでに年齢退行済みとは。

 いや、別にレンに許可を取る必要もないのだが。


「どうしてまた、その方々は退行を選んだのでしょう?」

「歳を取って容姿が衰えるのが我慢できなかったらしい」


 女子か。


「レンさまと同年齢であれば十九歳か二十歳ですよね? 衰えを感じるにはまだ早いのでは?」

「彼らの場合は男性的な二次性徴が既に敵だからな。正確には容姿の衰えというより感性の変化によるところが大きいかもしれん」


 要するにヒゲとか筋肉とかが我慢できなくなったわけだ。

 自分の身に置き換えてみればわかる。わかるが、


「随分変わったなあ、ほんと」

「環境は人を変えるという見本だな。……まあ、私としては良いサンプルができた」

「おっさん。それが本音でしょ、絶対」

「利害が一致しているのだから構わんだろう。彼らの子供姿はなかなか可愛かったぞ」

「あ、それは見たかったかも」


 ついでにひとしきりからかってやりたかった。

 子供というのは不思議なもので、ついつい甘やかしてやりたくなる。少し前までそういう対象だったショウやケンはすくすく成長してすっかり「男子」になってしまったので代わりに撫でたりできる相手がいるとちょうどいい。


「なるほど。成長をやり直せる、というのは何も戦闘能力や技術的な話ばかりではないのですね」

「そうだな。彼らの場合は肉体の成長そのものに意味がある」


 肉体の成長にはホルモンが大きく影響している。若いうちから女性ホルモンの多い状態に置かれれば男の身体もかなりのレベルで女性的なものへと変化する。

 地球だと外部からの投与が必要だが、リアンたちの場合はクラスが似たような効果を発揮してくれる。そのうえ決心がついてから子供に戻って成長をやり直せるのだから「そういう人たち」にとってはこれ以上ない方法かもしれない。

 普通に性転換できたうえに彼女たちの元の姿を知っているレンとしては「そこまでするんだ」という感想になってしまうが。


「あまりそういう顔をしないでやれ。彼らも君にだけは言われたくないと言うか、できるものならサキュバスになりたいはずだ」

「自分からサキュバスになりたがるなんて変なの」

「あの、それこそレンさまが仰ることではないのでは……?」

「うーん。わたしはなってから『戻りたくない』って思っただけで、なる前は絶対嫌だったしなあ」


 しかしまあ、そういうことならリアンたちに突っかかられることはもうなさそうだ。


「今度会ったら女の子として相手してあげようかな」

「それがいいと思います。きっと喜んでくださいますよ」

「幼少期は男子か女子か見分けのつかない子も多いからな」


 年齢まで戻した以上、リアンたちはこれからも娼婦のクラスを維持するのだろう。

 何年かは下働きをして、それからは──うん、あまり考えないことにしよう。


「今更ではあるが、クラスが肉体や精神へ与える影響というのも興味深い研究テーマだ。彼らの娼婦は稀有な例だろうが、他のクラスも少なからず影響を与えているはず。幼少期からクラスに就いていた場合、どの程度その影響が大きくなるのか」


 例えばケントもあれだけのタフな肉体・精神を得られたのには『クラス:戦士』の影響があるはず。高校生の時点でアレなのだから五歳から戦士だったらもっとタフになるかもしれない。だとすると、単にボーナスを得て鍛え直せるという以上の効果が期待できる。

 それでも、本当に使ってしまうのはなかなか思い切っているとは思うが。

 種族の固定化に比べたらリスクは低いとはいえ、年齢の変化だって「帰った時に家族から認知してもらえなくなる」という可能性はあるというのに。


「彼らの場合はそのうち種族固定化も行うのではないか」

「むしろ戻りたくないってこと?」

「君なら気持ちがわかるだろう」


 確かにわかる。わかるが、やっぱり「思い切ったな」という感想だ。いや、傍から見るとレンの決断もこれくらい思い切っていたということか。


「……うん。わたしくらいは理解してあげないとだめだね」

「そうしてやれ。あの一件は君達にとって互いに重要な出来事だったはずだ」

「うん。じゃあ今度飴でも持って会いに行ってみようかな」

「それは『馬鹿にされている』と取られかねないのでは」


 レンとしてはあんまり真面目な顔で会いに行くのは気恥ずかしいのでそれくらいの照れ隠しは許して欲しいのだが、ままならないものである。

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