【番外編・後日談】同窓会に来たあの子
卒業から十一年目。
二度目になる中三のクラスの同窓会は、とある洋食店で開かれることになった。ちょっとお洒落な街の洋食屋さん、といった雰囲気のお店ながら「美味しい」と評判の店。最近、店主夫妻の一人娘が修行から帰ってきてさらに美味しくなったという話で、貸し切るのはなかなか大変だったらしい。
店の評判は同窓会への参加を決めた理由の一つだったが、当日、彼女の思考の大部分を占めていたのはまったく別の事柄だった。
仲のいいメンバーと待ち合わせをして、雑談がてら店へ向かいながらも頭からは「そのこと」が離れない。
どうやら友人たちも、そして他の同級生たちもそれは同じだったようで、
「なあ、来るんだよな?」
と、幹事に確認する者が何人もいた。
特に男性陣。
無理もない。「あんな子」が参加するとなったら気が気じゃないだろう。同性である彼女でさえそわそわして仕方ないのだ。
手持ちの中で一番高級品のパーティドレスが今はなんとも心許ない。
幹事も心なしか落ち着かない様子で、
「ああ。駄目もとで連絡してみたけど『前向きにスケジュールを調整する』って。急な用事が入ったら行けなくなるかもしれないけど」
「それ、結構な確率で来れないんじゃね?」
「めちゃくちゃ忙しそうだもんなあ……」
件の人物は今や日本中誰でも知っている有名人だ。
テレビには連日引っ張りだこ。雑誌やネットでもびっくりするくらい取り上げられており、その顔を見ない日はない。
急な用事が入っても全くおかしくないため、会の雰囲気は始まる前だというのに二ランクくらいダウンした。
結局、そのまま待ち人は来ないまま開始時間を迎え、
「なあ、もうちょっと待ってみねえ?」
「いや、店の人の都合もあるからそうもいかないだろ」
流動的に話ができるように大きめのテーブルがいくつか用意され、料理はつまみやすいものを中心に用意された。この形式だとハンバーグなんかの一品料理は食べられないか……と少し残念に思ったものの、一口メンチカツにてまり寿司風のオムライスや手作りのビーフシチューまんなど街の洋食店らしい自由かつ心憎いラインナップがメニューには書かれている。
彼女は「当初の目的通り、料理と会話を楽しもう」と思い直し、白のスパークリングワインを手にして、
来客を告げるドアの音が、幹事の声を待っていた全員の耳にしっかりと届いた。
集中する視線。
その少女は皆の注目に気圧された様子もなく、きょろきょろと店内を見渡した後でにっこりと笑みを浮かべた。
「遅れてごめん。……でも、もしかしてギリギリセーフだった?」
「レンちゃん!」
「本当に来たんだ!」
店内に歓声が起こった。
紫紺の髪と瞳、白く滑らかな肌を持った美少女──美少女にしか見えない美女。初めてその姿を目にした時に生えていた翼と尻尾は邪魔になるからか消されていたものの、人目を惹くには十分すぎる容姿が彼女にはあった。
高級品だろう漆黒のパーティドレスにも同じく黒いレースのショールにも、艶めいた手袋にもその美しさは負けていない、どころか衣服のほうが負けてしまっているような印象さえある。負けていないのは指に嵌められた結婚指輪くらいか。
彼女の名前は藤咲蓮。
十年前、高校一年生の時、謎の神隠し事件によってクラスメートと共に消失した少年だ。彼は異世界で過ごす間に人間ではなくサキュバスという異種族になり、男から女へと変わっていた。
急いでスパークリングワインのグラスを手渡された彼女は期待の視線にすぐさま応え「乾杯!」を口にして、皆とグラスをこつん、と合わせた。
「でもさ、藤咲君……って言うの、なんだか変な感じだよね。レンちゃん、って呼んでもいい?」
「もちろん。向こうだとみんな名前呼びだったから、わたしもその方が落ち着くよ」
会が始まるとすぐ、レンは女性陣に囲まれた。
高い声が上がる様をつかず離れずで見守りながら男性陣をちらりと窺うと、彼らは「いいなあ」と「ずるい」を織り交ぜたような表情でレンのほうを見ていた。
心なしか既婚者まで悔しそうである。
奥さんが知ったらどう思うか、という気もするが、レンが相手では仕方ない気もする。なにしろ、
「肌きれー」
「髪もさらさらだしつやつや。反則でしょこれ」
「しかもめちゃくちゃいい匂いするし」
ハリウッドスター級、下手をしたらそれ以上の美貌である。
日本人とは思えない肌の白さ。メリハリのついた体型。神秘的な髪と瞳の色合い。おしつけがましくないのにはっきりと感じられる不思議な香り。
しかも二十代中盤のはずなのに十代としか思えないような若々しさ。本当ならいろいろ気になってくる年頃だというのに、あまりにも羨ましすぎる。
「これはモデル扱いされるわ」
「むしろ写真集とか出すべきでしょ」
「あー、うん。実際そういう話は来たよ、いっぱい」
「やっぱり!」
二週間と少し前。
突然帰還してきた神隠し被害者たちを率いていたのがレンだった。リーダーというか代表者的な立場だったこともあってレンはマスコミ対応に追われ、その知名度を一気に増した。異世界だの魔法だのだけでもびっくりなのにこれだけ可愛いのだからそりゃ男子も女子も注目するに決まっている。
今ではもうすっかり芸能人みたいな扱いがされている。というか、このままなら普通に芸能人として定着するだろう。
何しろ可愛いし人当たりがいいし日本語ぺらぺらだし。
これだけインパクトがあると元同級生でさえ「藤咲君」ではなく「レンちゃん」としてしか認識できない。有名芸能人が自分たちのことを知っていて親しげに話しかけてくるようなものだ。それはもう大事件である。
しかし、
「レンちゃん、異世界? に帰っちゃうんだよね?」
「うん。まだやり残してきたことがあるからね」
レンは帰還から一か月後に再び異世界へと戻ることを表明している。
一緒にやってきた千名ほどのうち約半分の五百名が彼女と共に異世界へと帰還することも決まっている。帰っていく者の多くは異世界にいる間に生まれたという子たちだ。
最初に神隠しが起こってからは四十年。最初の被害者と同世代は五十代中盤なわけで、下手すると子供どころか孫がいてもおかしくない。そして、子供たちにとっては異世界のほうが生きやすかったりする。
「……ね、レンちゃんも子供いるって本当?」
「本当だよ。自分で産んだ子が五人に、産んでもらった子が三人……じゃなくて四人」
「いや、テレビで聞いた時も思ったけどさ、多くない!?」
「サキュバスだと十月十日もかからないんだよ。最初の子も八か月くらいだったし、慣れたらもっと短く出産なったし。ウサギみたいに二重妊娠もできたし。……あ、もちろん未熟児とかじゃないよ。みんな無事」
なんだそれ、意味がわからない。
出産までにかかる期間は百歩譲っていいとしても、産んでもらった子ってなんだ。レンのお相手が女の子でしかも複数いるのも聞いてはいたものの、自分でも産むし相手にも産んでもらうとかもはや理解の外である。
男性陣はどう思っているのかと目と耳を向けてみると、
「……あれで五人産んでるとかヤバすぎだろ」
「毎晩女同士で……?」
あ、こいつらダメだ。
レンで淫らな妄想をしながら「俺にもチャンスあるんじゃね?」とか思っているのが丸わかりである。
まあ、当のレンはといえば、
「レンちゃん、ストーカーとか痴漢とか大丈夫?」
「大丈夫だよ。目も耳も人より良いから結構見つけられるし、直接来たら関節極めてあげたりしてる」
「いや強すぎ」
スポーツやってる子が「腕相撲をしよう」と誘うも、あっさり敗北。ムキムキには全く見えない細くて綺麗な腕なのに。
「じゃあ俺にも挑戦させろよ!」
「俺も俺も!」
ここぞとばかりに男性陣が挑戦してきた。お前ら手を繋ぎたいだけじゃないのか。ジト目で眺めているうちに次々敗北していったからいいけど。
これを機に男子がレンに近づいてくるようになり、レンにばかり集中していた空間が少しずつばらけだした。
男子がレンとどんな会話を繰り広げたかというと、
「女の子同士で結婚とか不毛じゃない?」
「ぜんぜん。わたし女同士でも子供作れるし。子供作れなくても養子もらえばいいじゃない。自分で産んだ子を『いらない』とか言って捨てちゃうお母さんよりずっといいよ」
「男には興味ないの?」
「ないわけじゃないけど、今のところ間に合ってるかな」
だいたいこんな感じでばっさりである。下心を隠せていない男性陣にも問題があるが、ばっさりぶった切りながら自然な笑顔を崩さないレンは驚異的すぎる。おかげで冷たい印象は全くなく、本心を伝えきっているのに嫌な感じがない。ヘイトコントロール完璧である。
これだけモテると女子から恨まれそうなものだが、女子は女子で「すごいよねー」という反応。スペックが高すぎて「ケンカを売ってはいけない」と本能的にわかるうえ、男子を奪っていく気が本人に全くないのが原因だろう。
と。
「久しぶりにみんなと話せるなー、と思ってきたけど、なんかわたしの話ばっかりしちゃったなあ」
「お疲れ様。……って、どうして私のところに?」
話を一通り終えたレンが逃げるように寄ってきた。
彼女とは別に仲が良かったわけではない。同じクラスだった頃に話をしたのはせいぜい二、三度くらいだったのだが。
疑問を呈すると、レンは小さく首を傾げて、
「嫌だった? 女の子に興味なさそうだから普通に話せるかなって思ったんだけど」
「いや、普通でしょそれ」
「そうかな? 思ったより同性愛が広まっててわたしはびっくりしたよ」
のほほん、と言うレンはなんだか嬉しそうに見えた。素っ気ない返答が逆に良かったのだろうか。
彼女の言う通り、同性愛はこの十年でかなり普及した。まだまだ異性愛に比べたらマイナーもいいところだが、批判の声はかなり小さくなり公言する人も増えた。
案外、レンの登場によって今後はより一層そういう流れが大きくなるかもしれない。
今だってレンに熱い視線を送っているのは男子ばかりではない。多くは単なる羨望だろうが、中には。
「……私だって、こんな近くに来られたらドキドキするんだけどな」
小さな呟きに、レンはきょとんと目を瞬いて、
「ね。二次会も、行く?」
全部わかっててやってるんじゃないだろうなこの子。
彼女は胸の高鳴りと共になんだか物凄く納得いかないものを感じて、手にしていたグラスの中身をぐいっと飲み干した。
「レンのご両親とか大変だったでしょ、絶対」
「あー、うん。最初は泣かれたし小言も言われたよ。でも話し合って納得してもらった、っていうか諦められてからはむしろ仲良くなれたかな。娘も全員じゃないけど連れてこられたしね」
同窓会はまだまだ続きそうである。
レンの帰還から始まった夢のような現実も、また。
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