生やすスキルと房中術
「そろそろ必要なスキルはだいたい揃った感があるなあ……」
リビングでウィンドウを眺めつつ呟いていると、フーリが後ろから腕を回しつつウィンドウを覗き込んできた。
「なんか、レンっていつも悩んでるよね」
「そういえばフーリは悩んでいるイメージないな」
「私は罠対策と一撃必殺以外狙ってないもん」
極端な話「罠発見」「罠解除」「急所狙い」をローテーションしていればいいわけだ。実際にはもうちょっと細々したスキルも取っているが、まあ似たようなものである。
「でも確かにそうだね。MPの最大値はレベル上がらなくても伸びてくし、しばらくは困らなさそう」
「うん。だからスキルポイントをちょっと余らせてるんだけどさ」
暇を見てスキル一覧を確認し直しては「どうしようか」と悩んでいる。
ゲームのキャラ育成と同じで、こういうのは悩もうと思えばいくらでも悩めるものだ。いま必要に迫られているものがないなら猶更。
なくてもなんとかなるけどあったら便利なスキルや、ダンジョン探索には直接貢献しないけどサキュバス固有のスキルなどもまだあるのでなかなか難しい。
「ノリで決めて良ければわりと簡単に決まるんだけどさ」
「例えば?」
「生やすスキルの派生とか」
言ってスキルの一つを指で示す。
前に取ったスキルでレンは自分に「生やせる」ようになっているのだが、新しいスキルではこれを他人に適用できるようになる。
つまり一時的ながら「他人に生やせる」ようになる。
理解したフーリがぴくっと身体を動かし、それとなくレンから身を離そうとする。すかさず腕をつかまえて逃げられないようにした。
「この前のは謝ったし仕返しもされたじゃない!?」
「わたしのを『弱点』とか言ってさんざんいじめてくれた件の仕返しはまだしてないし」
「それは私を普段いじめてる件の仕返しだし……!」
「あれはいじめてるつもりじゃなかったんだけど、嫌だったのか?」
「い、嫌じゃない……けど」
真っ赤になったフーリが顔を逸らしたので今回はレンの勝ちである。
「リビングでなんの話をしてらっしゃるのですか……!?」
代わりにひなたぼっこしていたシオンから怒られてしまった。これには二人揃って「ごめんなさい」と謝る。
生粋のお嬢様である少女には刺激が強かったのか、子狐は窓際の寝床の上で起き上がると「もう」と拗ねたような声を出して、
「お二人が付き合ってらっしゃるのは存じておりますが、もう少し節度あるお付き合いをなさってはいかがでしょうか」
「え?」
「付き合ってる……?」
顔を見合わせると「付き合ってらっしゃらないのですか……!?」と驚かれた。
「いや、まあ。あらためて付き合おうとか話したことはないかな」
「うん。アイリスちゃんとかメイちゃんとかマリアさんもいるし、私だけ付き合うって感じにはならなかったんだよね」
「アイリスさまもレンさまのことを好いていらっしゃるのは承知しておりましたが……さすがに不健全なのでは?」
「って言っても、ここは日本じゃないし。誰も困ってないなら別にいいんじゃない?」
不健全とか不自然とか言い出したらマリアベルとアイシャの交際だってアウトになる。
むしろレンの場合はたぶん女性相手でも子供が作れてしまうし、体力的な問題もないので普通の同性愛よりOKなのではないか。
……と、もっともらしいような言い分を口にすると、
「あらためて、これまでの常識が崩れていく感覚ですが……確かにそうなのかもしれませんね。レンさまが無差別に女性を口説いているわけではない、というのはわたくしもよく知っていることですし」
「ああ。人の恋人を取ったりとかする気はないし、無理に迫ったりする気はないよ」
「でも可愛い子は大好きなんでしょ?」
「そりゃ好きだけどさ。可愛いと思うのと付き合いたいと思うのは別だろ」
マンガとかで、他の女性にちょっと目移りしただけで彼女につねられたりしてるのはさすがにやりすぎだ。
浮気してるわけじゃないのだからどきどきするくらいは許して欲しい、と思うレンである。
これにしばらく「むう……」と考えるようにしたシオンは諦めたようにため息をつき、
「ですが、生やすスキルとは面妖な……。あの、普段はその、避妊はしていらっしゃるのですか?」
「え? うーん、まあ、なるべく外には出してもらってるけど」
「そもそも挿れてる回数自体多くないし」
こっちの世界ではゴムが貴重で、薬もそうそう用意できないため絶対、とはいかない。
ちなみに娼館には避妊魔法を使えるスタッフがおり、娼婦たちは仕事の前に必ず魔法をかけてもらっているらしい。
客がこっそり魔法解除なんかした日には最低でも出禁である。
と、シオンが半眼になって、
「育児休暇でダンジョン攻略が中断する可能性も考慮しなくてはなりませんね……」
「うーん、まあそうなる時はアイリスちゃんと一緒にって思ってるけど。攻略が落ち着くまではあんまりそうなりたくはないよね?」
「うん。ただ、サキュバスのスキル欄にもそういう魔法はないしなあ……」
あっても良さそうなものなのだが。
フーリが「うーん」と考えて、
「ね、サキュバスって妊娠するのかな?」
「さあ……? しないような気もするし、下手したら一発でしそうな気もする。ってフーリ、もしかしてわたしに挿れるつもりで考えてないか?」
「え? せっかくだからレンも経験しておこうよ」
「いやいやいや、フーリに生やすとしてもそれは『弱点』をいじめるためだから」
「えー。ぜったい気持ちいいのに」
「っ」
気持ちいい、という言葉を聞いて「……そんなに?」とつい考えてしまった。
それはまあ、指でされるだけで男の時の何倍も気持ちいいと思えるのだから、さらに本格的な行為となったらもっと気持ちいいのかもしれないが。
思わず唾を飲み込んで、
「それに、最後まで経験しちゃえばその中途半端な口調も直るかも」
「絶対面白がってるな……!?」
「じゃあ取るのやめとく?」
「……まあ、ここまで来たら取っとこうか」
スキルポイントを消費し、他人に生やすスキルを取得。
すると新たなスキルが解放された。自分の関わった行為における妊娠をコントロールするスキル。図ったようなタイミングである。
これにはフーリが「あれー?」と笑みを浮かべて、
「やっぱり興味がある感じ?」
「っていうか、子供作る話になった時に『当然フーリに産ませる』ってなるのは嫌だし」
「産んでくれるの?」
「大変なんだろ? 二人一緒に産むか、じゃんけんでどっちにするか決めるくらいはしてもいいと思うんだよ」
男女の間柄なら男には産めないし、男が稼ぐ構図が一般的なので仕方ないが、こっちでは男女関係なく稼ぐ方法があるし、レンは女である。
フーリにだけ辛い思いをさせるのは理屈的にもおかしい……と主張したら椅子ごしに抱きしめられて、
「なにこのイケメン。いや美少女。でもやっぱりイケメン」
「なんかよくわからないこと言ってるぞ」
「ですが、わたくしにもフーリさまのお気持ちはわかります。いずれその時が来る、と思うと憂鬱になることはありますので」
「シオンの学校だと、卒業と同時に結婚する子とかもけっこういるのか?」
「さすがに少数ですが、いないわけではありませんね。あるいは婚約のうえで大学へ通い、大学卒業後に結婚ですとか」
生まれがよく教養のある令嬢を射止められるのは基本、金持ちの男性になる。
女性を働かせなくても生活していくことが可能だし、外に出ると出会いの場が増える=浮気の可能性が上がると考えて「専業主婦に専念して欲しい」となるケースも多いという。
ここまで言ってから、シオンは遠い目をして、
「……そういった意味では、ここに来たおかげで結婚までの期間が伸びたとも言えます。そのお陰で行き遅れてしまうかもしれませんが」
「そうなったらレンがもらってくれるよ。ね?」
「ああ。シオンさえよければ、だけど」
狐のような、というか狐そのものの瞳が瞬きをして、
「こんな姿ですが、構いませんか?」
「もちろん」
「……なら、それも悪くないかもしれませんね」
話の流れから、ほんの少しだけしんみりとした空気が流れる。
そこへ、いつの間にか家事を終えて戻ってきていたらしいメイが「ところで」と口を挟んで、
「房中術とは男女、陰陽の気を混ぜ合わせる術なのでしょう? ご主人様の力で女性に『生やした』場合は一人で条件を満たせはしないでしょうか」
「え?」
「あ」
その手があったか、と言うべきか、よくそんなことを思いつくな、と言うべきか。
「シオン」
「や、やりません。やりませんからね……!? 男性のものを生やすなんてそんないやらしいこと……っ!」
「ですが、仙人とは人を超えた存在──凡俗の性欲に振り回されない者なのでは? 淫らな行為だと房中術を忌避することの方が下賤だということになりはしないでしょうか」
「………」
「………」
メイのことだから面白がっているだけかもしれないし、房中術や仙人についての解釈が合っているかもアレではあるものの、ある種の説得力はあった。
沈黙の後、シオンは「一時的なのですよね? 消せるのですよね……!?」と何度も念押しした後、仕方なさそうにスキルを取得した。
生やすスキルを受けた子狐の姿は正直全然変わらなかった。
毛で覆われているので特にじっくり見ようとしなければわからない。そのうえで適当なところ──水を張った湯船に狐火をたっぷり撃ちこんでもらい、MPを減らしたうえで房中術をソロで発動してもらうと、
「MPが、回復しました……!?」
「マジか」
回復後のMPはまさかの満タン。
回復中は「あまり心地いいとはいえない奇妙な感覚です」とのこと。また、精神的にも肉体的にも疲れるらしく、MPが回復する代わりにHPがごっそりと減っていた。
HPはヒールで補充できるとはいえ、一回の探索につき一回使うのが限界だろう。
「でも、いざとなったら回復できるのは大きいな」
「戦闘中は基本的に無理っぽいから、使いどころを考えないとね」
なお、房中術を使ったことで経験値が入り、シオンのレベルが上がった。
「シオンさん。一日一回使えばレベルアップが早まりますよ」
「さすがにいざという時だけにしていただきたいです……」
そりゃそうだ、と、無理強いするのは止めにした。
「ところで、レベルアップするたびに少し身体が大きくなっている気がするのですが」
「ああ、言われてみると……?」
ちょっとずつの変化なのでぱっと見わかりづらいものの、抱き上げてみると最初の頃より重くなっている気がする。
「太ったわけではありませんよね? ありませんよね?」
「落ち着いてシオンちゃん。誰も疑ってないから」
「そうそう。わたしも似たような経験があるから、たぶんレベルアップの影響」
少しずつ大きくなっていって、最終的には立派な狐になるのだろう。
そのうえ九尾となるとボリュームがすごいことになりそうである。
「うーん、尻尾だけでも出し入れできたらいいのにね」
「突然生えてくるくらいなのですから、突然消せてもいいですよね?」
「念じてみたら意外とできるかもな」
それから暇を見て尻尾を消せるか試すようになったシオンは、数日後「できました!」と嬉しそうに教えてくれた。
一本は残さなければならず、また魔法の多重発動をする際は尻尾を出していなければならないものの、普段は消すことができるらしい。
「これで邪魔になりませんね」
「よかったね、シオンちゃん」
「はいっ!」
こうしてレンとシオンに新たなスキルが増えた。
なお、他人に生やすスキルについて夜にフーリにも試したみたところ、体液摂取のほうがエナジードレインの効率がいいことがわかった。
ちなみに試したのは口からである。
初めて生やされたフーリは未知の感覚に放心した後「味はどう?」と尋ねてきて、
「……なんていうか、変な味がする。こんなのを飲ませてたんだと思うとなんか申し訳ないな」
「あはは。まあ、慣れちゃえばそうでもないけどね。私も男子がどんな感じで切羽詰まってるのか身をもってわかったかも」
初めて味わう体液についてはエナジードレインのおかげで妙な満足感もあった。
それを口にしたところフーリは「え」と硬直して、
「さすがサキュバス。感じ方もけっこう違うんだね」
「あんまり嬉しくはないけどな……」
「まあまあ。また欲しくなったら夜にやってあげるから」
さすがにこれはダンジョンでは使えそうにない。
なんだかそんなスキルばかり増えていっている気がするが、これもやっぱりサキュバスの経験値取得には役に立った。
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