フーリの転生

「だって私だけ人間で寿命短いんだよ? レンたちばっかりずるいじゃない」


 リザードマン狩り二周目を終えた後で詳しく聞いたところ、少女の言い分はそんな感じだった。


「気にしてたんだ、フーリ」

「そりゃ気にするよ。将来、私一人だけ先におばあちゃんになって死ぬんだなあ……って思ったらすごく寂しいもん」


 自分が彼女の立場だったら……と考えればその気持ちはレンにもわかる。

 というか死にたくない。老化とかも考えたくない。そういうのはできるだけ先の話にして欲しい。

 ただ、


「わたしやシオンはずっとこのままってわけじゃないのに」

「わかんないじゃない。それに、たとえばあと五年くらいで日本に帰れるとしても、レンたちと歳の差だいぶ離れちゃうし」


 もし、ダンジョンを攻略したら日本に帰れるとして、姿が変わっていた組はいったいどうなるか。

 仮に「人間に戻れる」のは確定とする。

 その上で疑問なのは、戻った時の姿が実年齢と外見年齢のどちらに影響するかだ。二十二歳(見た目は十五、六歳)のレンが男に戻った時、二十二歳の男性になるのかサキュバスになった時とほぼ変わらない姿になるのか、という話。

 なんというか前者はめちゃくちゃややこしいことになりそうなので、よりありえそうだと思えるのは後者のほうである。

 となると、フーリとはここにいた時間の分だけ歳が離れてしまう。


「二十歳超えるといろいろ気になってくるって言うし、私なんかもう今から怖くて。だから、種族変えるなら早い方がいいんだよ」

「ああ。寿命の長い種族になっちゃえば老化も抑えられるから」

「そうそう」


 若くて可愛い姿を少しでも長く維持するために人間をやめる。

 ……ちょっと焦り過ぎではないかという気もするが、女子になった今のレンにはフーリの気持ちもよくわかった。誰かに可愛いと言われているからこそ、可愛くなくなった時のことを考えると怖くなる。歳を重ねることで自分の価値が目減りしていくとか本当にやめてほしい。

 レンの立場から「歳を取ってもフーリのことは変わらず愛せるよ」と囁くことはできる。

 けれど、そんなのはしょせん誤魔化しだ。先のことなんて確約できるはずがないし、レンだってぶっちゃけ、どうせなら若くて可愛い女の子が相手の方がいいに決まっている。


「……そういうことなら、わたしからは『止めた方がいい』とは言えないなあ」


 なので、レンは早々にフーリの説得を諦めた。


「でも、種族を変えたら日本に戻ってもそのままになるかもしれない。それは大丈夫?」

「うん。それは覚悟してる」


 頷いたフーリは「攻略でも役に立ちそうだしね」と続けた。

 ここしばらく彼女の出番はトラップ対策とドロップ品の整理が主になっている。三十五階のように手が足りない時は戦ってもらうことになるものの、スキルの大半を戦闘系以外につぎ込んでいるために不安は大きい。

 本人としても「もっと役に立ちたい」という思いはあったようだ。

 マリアベルも複雑そうな表情で頷き、


「私にも言えることはなさそうですね。これは皆さんで決めるべき問題です」


 彼女の恋人であるアイシャは人間。だから、二人が添い遂げるにあたって年齢の問題はない。どちらかというと、出産するなら早い方がいいとかそういう方向性の話になりそうだ。

 ……そう考えると二人には早めに腰を落ち着けてもらった方がいいのだろうか。

 レンたちが引っ張り回さなければすぐにでも結婚できるはず。子育てをするなら時間はあればあるだけいいだろう。

 こちらの話も頭の片隅に留めておくことにして、


「アイリスたちはどう思う?」


 水を向けると、真っ先に答えたのはゴーレムの少女。


「ゴーレムになるのであれば歓迎いたします」

「や、生身じゃなくなるのはまた別の勇気が要るというか」


 これで答えやすくなったのか、アイリスが「私もいいと思います」と微笑んだ。


「もし、フーリさんがダークエルフになっても嫌ったりしませんから安心してください」

「ありがとう、アイリスちゃん」


 心温まるやり取り。ミーティアともこれくらい仲良くしてくれれば……というのは難しいか。


「わたくしもフーリさまが納得されているのであれば異論はありません。けれど、種族を変更する手段は少ないのですよね?」

「あー、それね。そっちは賢者様にでも聞いてみるしかないかなって」

「うん。種族変更アイテムは神器を使っても買えないし」


 神殿の内部には「神器」と呼ばれる特殊なアイテム、あるいは装置が収められている。

 その多くが金銭を支払うことで特定のアイテムを手に入れられるものであり、その中には転職石やリセットストーンを手に入れられるものもある。

 ただ、種族変更用の石は販売リストには存在していない。本当に入手手段が限られるレアアイテムだ。


「ひとまず、おっさんのところに行ってみようか」

「そうだね」


 神殿に戻った後、レンたちは二手に分かれることにした。

 レンとフーリで賢者のところへ行き、他のメンバーにはミーティアを迎えに行った後で家に戻ってもらう。

 メイやシオンたちと分かれて賢者の家を尋ねると、彼は一人暮らしの中年男らしいラフな服装で出迎えてくれた。


「賢者様、もう少し身嗜みに気を遣った方がいいんじゃない?」

「失礼な。普段はもう少しまともだろう。そちらの都合で尋ねてくる君達にも問題があるのではないか」


 これに関してはごもっとも。

 賢者が着替えというか服を追加で身に着けるのをあまり見ないようにしつつ部屋の片づけを手伝い(または強行して)、行きがけに屋台で買ってきた軽食を渡した。


「で、今度は何の相談だ?」

「うん。種族を変えるアイテムを売って欲しいって言ったらいくらくらいになる?」

「ふむ。二人で来たということは、希望者はフーリか」


 腕組みし、少し考えてから彼が告げてきた金額はレンたちでも払えないことはない、しかし、気合いを入れて稼がないと大幅に生活を圧迫しかねない高額だった。


「滅多に手に入るものではないからな。絶対に必要、というわけでもない以上はそれなりの額を要求しなければならん」

「ん、そうだよね。シオンちゃんみたいな子がこれからも出るかもだし」

「まあ、フーリが希望するのは『人間になるアイテム』ではないだろうがな」

「あ。じゃあ、種族を変えるアイテムは種族ごとに別扱いなんだ」

「そうだ。仮に『転生石』と呼んでいるが、それは『人間への転生石』などという風になれる種族が決まっている」


 どうやって入手しているのかと言えば、主にガチャ──金銭と引き換えにランダムなマジックアイテムを生成する神器からになるらしい。

 転生石自体の出現率が低いうえに種族ごとに別々なので超レア、というわけである。


「しかも大半が人間への転生石だ。これは良い事でもあるがな」

「なった後、戻りたくなったのに石がないとか困るもんね」

「ああ。一部、大きな制約を持つ種族もあるからな。例えばこれだ」


 ごとん、と、大きめの音を立ててテーブルに置かれたのは赤い宝石だ。

 半透明の多面体で、内側にはなんというか血管のような模様が張り巡らされている。色が赤なせいもあって心臓をイメージしてしまう。


「これは吸血鬼への転生石。この種族は転生した瞬間から『日光に弱い』という特徴が発揮される」

「え、まさか、明るいところで使ったら即死……?」

「安心しろ。まっさらな状態の者が使っても十秒程度は生き残れるはずだ」

「全然だめじゃないかな、それ」


 盗賊シーフとして経験を積み、HPが増えているフーリならしばらくは大丈夫なのだろうが、もし使うなら夜、あるいは日の当たらない場所でないとまずい。ダンジョン内で転生して即、パワーレベリングに入るのがベストか。


「細かい仕様は転生してみないとわからないが、おそらくはスキルを取得することでデメリットを軽減していく種族なのだろうな。初期の段階では銀製の武器にも弱く、流水や鏡にも嫌われるかもしれん」

「招かれた家にしか入れない、とかなかったっけ。気軽に買い物にも行けなくなるんじゃ……?」

「さすがにそれは不便かなあ。吸血鬼には憧れるけど」

「? どうして?」


 視線を向けると、少女はまっすぐレンを見返してきっぱりと答えた。


「レンにドレインされた分、私もレンの血を吸わせてもらおうかなって」

「ああ、それは確かにちょうどいいかも。……吸血鬼に吸われるのも気持ちいいのかなあ」

「どうなんだろうね? 映画とかだと『吸われたい』って言ってる人多い気がするけど、あれは永遠の命が欲しいからなのかもしれないし」


 レンならちょっとくらいHPが減ってもヒールで治せるわけだし、吸血鬼は耐久性能が高そうだからフーリの安全にも繋がる。

 弱点が多すぎるのに目をつぶればこれで決定してしまってもいいくらいだ。


「うーん。……賢者さん、他にはどんなのがあるの?」

「無理に転生せずとも良いと思うが……まあ、君達の場合は特殊か。今のところ、私の手持ちはあとこれだけだ」


 さらにテーブルへいくつかの転生石が置かれた。サイズと形は一緒だが色が異なる。やはり転生石は種類ごとに別アイテム扱いのようだ。

 レンはフーリと共にそれらの説明を聞き、ひとつひとつの特徴とデメリットを吟味したうえで、


「うん、これかな」

「そうだね。わたしもそれがいいと思う」


 ひとつの転生石を選び出した。

 賢者もしばし考えた後「妥当かもしれんな」と頷いた。


「良いのだな? 未使用の状態なら返品は受け付けるが、一度使用してしまえば取り返しはつかない。人間用の転生石をさらに購入するのはさすがに辛いだろう」

「わかってる。後悔はしないから安心して」


 手持ちのお金から石の代金を支払うと、残りの額はだいぶ心許ないものになった。


「お金はまた頑張って稼ごうか」

「うん。私も今までよりもっと頑張るから」


 受け取った石は薄く透き通るような緑色をしていた。



   ◇    ◇    ◇



「ダンジョンへ行って帰ってきたと思ったら、フーリが人間を止めるって……あなたたちは本当に常識外れの存在のようね」


 家に帰って報告すると、先にアイリスたちから話を聞かされていたらしいミーティアが呆れた表情と声音で感想を口にした。

 彼女からしてみれば種族とは生まれ持ったものであり、そうほいほいと変えられるものではない。それは驚くのも当然だ。というか、レンたちだってこっちに来るまではそう思っていたし、むしろ地球には人間以外の人型種族がいなかったのだが。


「変わりたい気持ちはわからなくもないわ。……正直、人間は私たちダークエルフより劣った種族だと思うもの」

「あはは、そうだね。寿命なんて長いにこしたことはないもんね」


 生き死にのサイクルが短いと知識の継承が大変になる。教育によるコストパフォーマンスも悪いし、天才がその能力を発揮できる期間も限られてしまう。

 だからこそ人間は技術を発展させ、文字や書物、コンピューターといったものを作り出してきた──作り出せたのかもしれないが。

 集団ではなく個の力を見た時に強力なのはやはり、人間よりも他種族のほうだ。


「それで、どんな種族になるつもりなのかしら?」

「うん、石はこれなんだけどね」


 リビングのテーブルに置かれた石を見て、アイリスが「綺麗な色ですね」と感嘆の声を上げた。


「色も関係があるんでしょうか」

「ないわけじゃないんじゃないかな。吸血鬼の石は赤かったし、これは風系の種族だから」

「風?」

「これはね、風の精──シルフィードの転生石なんだって」


 精霊使いいわく、この世界の自然物には精霊と呼ばれる存在が宿っているらしい。

 これは自我を持った力のようなもの。彼らは自分たちと対話できる存在の呼びかけに応じて力を貸してくれるものの、基本的には暴れたりすることはない。

 この石でなれるのはそうした精霊とは一線を画する存在、強い力を持ち、自由意思によって力を振るうことができる上位種のようなものらしい。


「上位精霊──風の精霊のお姫様みたいなものですか?」

「あ、それいい。ミーちゃんだけお姫様なのはずるいもんね。アイリスちゃんもエルフのお姫様みたいなものだし、私は風のお姫さまってことで」

「お姫様なのか女王さまなのか親分なのかはともかく、フーリにはぴったりだと思うよ」


 こっちにいると使う機会がないものの、フーリの本名──漢字表記は「風里」だ。

 悪戯好きで気まぐれなところがある本人の気質にも当てはまっている。アイリスやその母の苗字も「森野」らしいし、意外とこういう語呂合わせ的なものも馬鹿にできない気がする。


「では、フーリさん。使うのはいつにしますか? 今から使いますか? 使いましょうか、使いますよね?」

「メイちゃん、なんでそんなに食い気味なの」

「いえ、滅多に見られる光景ではないので、つい」


 メイのなんとも「らしい」態度にフーリは「しょうがないなあ」と笑って、


「じゃあ、使っちゃおっか」


 いともあっさりと石の使用を決断した。

 風精には吸血鬼のような致命的な弱点はない。みんなが見守る中、フーリは転生石を抱きしめるように握ると目を閉じた。

 輝き。

 石と同じ色の光が室内に溢れ、少女の全身を包み込んでいく。

 服、そして肉体が分解されていくような光景がしばらく続いた後、光が徐々に収まって──後には、薄緑色の髪に白い肌をしたフーリが立っていた。


「───」


 変化した部分と変化していない部分、呑み込むのに時間を要している間に、少女は自身の身体を見下ろして「へえ」と声を上げた。


「こんな感じになるんだ。……っていうか、レン? みんな? せめてなにか感想言ってよ」

「いや、その。綺麗になったけどフーリはフーリだな、って」


 髪の色や肌の色は変わった。

 顔立ちや体型も多少変化はあった──全体的に美形よりになった気はするものの、大きく変わっているわけではない。知っている者が見れば「ああ、フーリだ」と自然にわかる範囲で容姿が整えられた感じ。そもそももともと可愛らしい女の子だったのでそう変化させる必要もなかったのかもしれない。


「綺麗だよ、フーリ」


 心からの賛辞を紡ぐと、少女は「そう? なら良かった」と朗らかに笑った。


「さ。まずはスキルをチェックして、それからレベルアップの計画を立てないとね。罠対策にもなるスキルがあるといいんだけど」


 当然のことながら、中身のほうは特に変化がないらしく。

 レンはそのことに内心、少しだけほっとするのだった。

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