ゴーレムの少女

「君達はここをたまり場か何かと勘違いしていないか? ……まあ、報告が入らないと困るのも事実なのだがな」


 賢者は文句を言いつつもフーリの淹れたお茶を美味そうに飲み、ほっと息を吐いた。

 だんだんと世話焼きレベルを上げているレンたちもレンたちだが、この男は差し入れがなかったら何も食べずに死ぬのではなかろうか。

 ともあれ。

 本屋の片隅で「ご主人様になってくれ」と告げられたレンは、ひとまず全員で賢者の家へと場所を移すことにした。

 明らかに「種族:人間」とは思えない少女。その対応は慎重になるべきだと思ったからだ。案の定、この件には年長者たちも関わっていたようで、


「思ったよりも早かったな。もう二、三日はかかると予想していたが」

「たまたま早くお会いできましたので、これが好機と判断しました」


 相変わらず表情は変わらないものの、端正な顔立ちをした少女である。

 表情豊かでとっつきやすいアイリスと比べるとどこか近寄りがたい雰囲気があるため、美人度で言ったら彼女が一番かもしれない。

 と、隣に座った少女を眺めていると、レンの後ろに立っている(椅子が足りないせいだ)フーリが「ふーん」と低い声を出した。


「じゃあ、賢者さんがこの子をけしかけたんだ?」

「どうしたんだ、フーリ。いつになく喧嘩腰だぞ」

「だって『ご主人様』だよ!? 縛ったり叩いたりとか、高校生にはまだ早いでしょ」


 さすがに認識が偏り過ぎではなかろうか。

 純真なアイリスはこれに「えっ」と声を上げて、


「私、てっきりレンさんと結婚したいってことだと……」


 最近あまり聞かなくなってきたが、配偶者の男性を指して「主人」と呼ぶこともある。どちらかというとこっちの方がまだ普通というか、可能性としては高い。


「でもさ。結婚するってことはえっちなことし放題なわけだし、意味はあんまり変わらなくない?」

「結婚相手とセフレじゃ大違いだろ」


 というか、女子相手にする話じゃない気がする。

 このままだと話が脱線していくのでレンは例の少女へと視線を向け直して、


「ご主人様っていうのはどういう意味か、教えてもらってもいいか?」

「私の身柄を全て委ねる、という認識で間違いありません。命の保証と将来的に子供を作るとお約束いただければ後はお好きになさっていただければ」

「ほら、私の言った通りだった」

「いや、おかしいだろ色々と!?」


 どうして出会ったばかりの少女から「ご主人様になってくれ」などと言われるのか。


「おい、賢者あんたが俺を紹介したのか?」

「うむ。彼女は見ての通り人間ではない。加えてダンジョン探索への参加を希望しているため、君達に任せるのが妥当と判断した」


 アイリスがステータス表示能力を得たことにより子供たちのダンジョン探索に希望が生まれた。

 賢者はあれから他の古参転移者たちと相談を重ね、ひとまず「今までよりは柔軟に対応しよう」という方針を定めたらしい。

 様子を見ながら少しずつ子供たちにダンジョンを解禁していく。

 その先駆けとして、アイリスの参加しているレンたちのパーティに異種族の少女をもう一人紹介することになった。


「なるほど。で、君の種族は?」

「ゴーレムです。母からこの種族を受け継ぎました」


 ゲームやマンガの知識から簡単に表現すると「動く人形」である。

 土や石を材料とし、簡単な人型をしていることが多い。サイズは人間大からそれ以上までさまざまで、多くの場合は主人の命令によって単純な作業をこなす程度の存在である。

 その点、この少女は一見人間にしか見えないうえに普通に受け答えまでしていて妙にハイスペックだが、


「そもそもゴーレムって種族なのか……?」

「彼女の母親が『種族:ゴーレム』なのだ。少なくとも広義の生物ではあるし知的存在でもあるわけだから、種族と呼んでも差し支えはない」

「お母さんがいるんですね。……あれ? でも『ハーフゴーレム』じゃなくて『ゴーレム』なんですか?」

「ゴーレムは生物的な生殖活動によっては増えません。父親から生命力を分けてもらい、それを蓄積して子供となる新たな『コア』を作成します」


 言って左胸に手を当てる少女。


「彼女とその母親はゴーレムの中でも特異な存在と考えてくれ。心臓の位置にあるコアを破壊されれば生命活動を停止するし、生命維持に食事と似た行為が必要となる。見ての通り、会話や思考については我々と同レベルだ」

「食事って普通にご飯を食べるの?」

「いえ。我々は石や金属をコアから取り込んでボディの素材とします。経年劣化や破損、自己強化のために素材を消費しますので定期的に補給が必要なのです」


 石や金属を食べる、というわけだ。


「……私たちより食費がかかりそうですね?」

「だからダンジョンなのだ。あそこには石ならいくらでもあるだろう?」

「もしかして壁や床のことか?」


 あれを砕くという発想はなかった。

 ドロップ品の中には敵の使っていた武器や防具が含まれることもあるので金属も手に入って一石二鳥ではあるが、


「壁なんてどうやって壊すんだよ」

「マリアベルに頼めばよかろう」


 めちゃくちゃ簡単に言われた。

 さすがのマリアベルでも無理なんじゃないかと思いつつ、家に帰って尋ねてみると、


「問題ありません」


 めちゃくちゃ簡単に言われた。

 まあ、レベルの暴力については今更なので「そういうものか」で流すとして、話の流れはこれでわかった。

 ゴーレムは食費がかかる。

 また、子供を作るために生命力の提供者が必要なので、ダンジョンに潜る人間を「ご主人様」として付き従う、という発想になるわけだ。

 言い方が過激なだけで雇用契約みたいなものである。


「生命力の提供って俺のエナジードレインみたいなものなのか?」

「いいえ。それほど融通のきくものではありません。吸収には時間がかかりますし、提供を受けている間は無防備になります。HPやMPも回復しませんのでダンジョン攻略中に使うのは現実的でないかと」

「なるほどな」


 ついでに言うと精神の休養および肉体のメンテナンスのためにある程度の睡眠も必要らしい。

 基本的には人間と同じように扱って良いということだ。

 身体も細い継ぎ目が入っていたりよく見るとつるつるしているだけであまり気にならない。レンに従う、と宣言するくらいだから我が儘なタイプでもないだろう。


「ご両親は承知していらっしゃるんですか?」

「母はむしろ積極的に後押ししてくれています。父も消極的賛成の立場を取っていますので問題ないかと。どうやら私たちゴーレムは本能的に主を求めるものらしく、そういう意味でもいずれ必要な行動なのです」

「そういうことなら特に反対する理由もないな」


 ネイティブ世代や困っている女の子を助けたい、というレンの想いとも合致する。

 少女はこくりと頷いて、


「ボディは必要に応じて再構築が可能ですので、ご命令いただければお好みの形状に作り替えます。元男性と伺っておりますので胸のサイズは大きいほうがよろしいでしょうか?」

「マジか」

「……レン?」

「……レンさん?」


 二人に睨まれた上、マリアベルまで自分の姿を見下ろして、


では不足でしょうか?」

「ごめんなさい」


 素直に謝ったうえでみんなに確認する。


「真面目な話、ダンジョンに潜りたいっていうなら助けてやりたい。どう思う?」

「わたしはいいと思います。わたしだけ特別、っていうのも変だと思いますし……」

「私も構いません。今までは荷物持ち程度の役割しか果たしていませんし、仕事が増えるのは良いことです」


 となると後はフーリだが。


「いいんじゃない?」


 少女はきまり悪そうにそっぽを向きながら答えた。


「いいのか?」

「いいよ。……別に、私だって本気で反対してるわけじゃないし。レンだってこの子にえっちなことするつもりじゃないんでしょ?」

「するか。っていうか、できるか!」


 若い女の子にほいほい手を出していたらタクマと変わらない。いや、まあ、合意のうえだからそこは大きく異なるのだが、それにしても最低限相手のことを知ってからにしたい。

 レンは少女に向き直って、


「というわけで、うちのパーティで良ければ歓迎だ」

「本当ですか? あなた方の仲間に入れていただけるのであれば願ってもありません」


 新たなパーティメンバーの加入が決定。


「ところで、名前を聞いてなかったよな? 君のことはなんて呼べばいい?」

兵藤ひょうどうめいと申します。どうかメイとお呼びください、ご主人様」

「……そのご主人様っていうのはなんとかならないか?」

「? ご主人様はご主人様でしょう?」


 なお、メイは十三歳。今度こそ本当の歳下、後輩だった。



   ◇    ◇    ◇



 ごっ!

 ブーツに覆われた足が叩きつけられると、いい音と共に壁が砕けて破片が落ちる。

 痴漢でも撃退するようなノリで石を砕いて見せたマリアベルは平然と居住まいを正して「いかがでしょうか?」とメイに尋ねる。

 あらためて見ても惚れ惚れする脚線美ではあるものの、その足はとてもではないが凶器には見えない。

 尋ねられたメイは特に気にする様子もなくポーカーフェイスのまま「ありがとうございます」と頭を下げて、


「よろしければもう二、三度繰りかえしていただけますでしょうか? それでちょうど良い量になるかと」

「かしこまりました」


 地面に転がった石片は一つずつ拾い上げられて、


「あの、それ飲み込むの?」

「いいえ」


 年下だからか敬語抜きでのアイリスの質問に短く答えたメイはダンジョン探索用だという半袖ブラウス(ちなみに下はショートパンツ)のボタンを外し、フーリたちよりは大きそうな胸を平然と晒す。


「ちょっ、お前な!?」

「? 特に見られて困る相手はいませんよね?」


 女子ばかりのパーティで良かった。一応、元男であるレンが目を逸らしていると、フーリとアイリスが小さく歓声を上げた。


「わぁ……!」

「え、どうなったんだ? ……って、なるほどな、そうなるのか」


 メイの素肌は顔同様、要所に細いラインが入っている以外は美少女のそれだ。

 少女が石片を運んだのは自身の左胸。そこに押し当てられた石はまるで溶けるように消えていき、最終的には跡形もなく消失する。

 確か、心臓の位置にコアがあるんだったか。


「これで『食べた』ことになるのか?」

「ええ。ある程度はストックが可能ですので、これだけあればしばらくはボディの維持に困りません」


 小さな破片まではさすがに拾わなかったものの、吸収された石はメイのボディと同じ面積程度に上った。

 ゴーレムの少女は淡々とボタンを留め直しながら、


「もし敵から金属がドロップしましたら分けていただけると幸いです。他のアイテムは全て皆さまで回収していただいて構いませんので」

「いいのか? メイにも金は必要だろ? ほら、装備を買ったりとか」


 レンたちがいるのはダンジョン一階。階段を下りてすぐの地点だ。

 初心者のメイが加入したためゴブリンたちの巣窟に逆戻りだが、レンもクラスレベルを上げないといけないのでそれはむしろ好都合。

 ただ、ダンジョン攻略用の服装と言う割にメイは非常に軽装である。 

 肌の露出した服装はもちろんだが武器さえ持っていない。食料も水も必要ないからと荷物袋もかなりすかすかで、その代わりにアイリスの予備用の矢を背負っているくらいだ。

 これは本人曰く、別に金がないわけでも急だったので用意できなかったわけでもなく、


「私に武器は必要ありません。私の武器はこのボディですので」


 発言の意味はこの後の戦闘にて明らかになった。

 現れたゴブリン二匹。アイリスは初陣にそこそこ緊張したのだが、メイは襲い来る敵にまるで怯む様子もなく、むしろ前へと進み出て、


「なるほど、これがモンスターですか」


 右の拳を叩きつけた!

 マリアベルの蹴りほどとはもちろんいかないものの、殴りつけられたゴブリンはなかなかいい音を立てて後方へと吹き飛ぶ。思わずあっけに取られていると、メイはもう一匹からの攻撃を左の手のひらで文字通り受け止めてみせる。

 どこか硬質な音と共に弾かれるこん棒。人間なら手首が「ぐきっ」と嫌な音を立てているところだが、


「コアの損傷にさえ注意すれば問題ありませんね」


 右で殴られて一匹目同様に吹き飛んでいく二匹目。

 一応、アイリスが矢を飛ばしてとどめを刺したものの、正直一人でもどうにかなったような気がする。

 これには若干反対気味だったフーリですらぽかんとして、


「メイちゃん、強いんだね」

「それほどでもありません」


 答えるメイは淡々とした表情。


私や母ゴーレムにとって魔力は動力源ですので魔法が使えません。武器に対して強気に出られるのは素材さえあれば自己修復──つまり治癒が可能だからです。ゴブリン程度なら問題になりませんが、先々はボディの強化が必要になるでしょう」

「いや、それでも十分凄いって」


 これはまさしく、レンたちが常々求めていた人材。


「前衛が入ってくれれば攻略がぐっと楽になりますね……!」


 もう一回ゴブリンを掃討する苦労を差し引いても大きなお釣りが来そうである。

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