第四章

一年半が過ぎて

「マジックアロー!」

「狐火!」


 湿気の多い空を大型の妖狐が駆け抜ける。

 シオン、そしてその上に乗ったレンはリザードマンの集落を最高速度で強襲、全開の魔法で見張りのすべてを葬り去った。

 もちろん、やぐらの上の相手を殲滅したところで敵はまだいくらでもいる。地上にいたリザードマンが異変に気づいて声を上げるのにそう時間はかからなかったが──。

 敵が状況を理解し口を開くまでの十数秒。

 それだけあれば、レンたちが二発目の魔法を放つには十分。追尾性能を付与された光の矢が五、六体ものリザードマンを貫き、別の五体を狐火が焼き尽くした。

 そして。


「ファイアーボール!」


 大型の火球が土壁に直撃。

 壁の一部に大穴が開いたことによって敵集落の防衛機能は著しく低下した。

 リザードマンたちが弓を取って空を狙うか、それとも武器を持って地上の敵を叩くか迷っている間にレンとシオンは次々と、ペース配分もろくに考えないまま火力を解き放っていく。

 今回はそれで構わないのだ。

 地上からも仲間──共闘するパーティの戦力を含む頼もしい面々が接近している。


 先の火球を放った女魔法使いがさらなる火球を生み出して土壁を破壊。

 風を纏わせることで速度・威力を上げたアイリスの矢が容赦なく敵を貫く。

 左腕の肘から先を取り外したメイが内蔵した砲身から鉄球を放ち、リザードマンの一体ごと後ろの家の壁を砕く。

 混乱が深まっている間に突撃した青年剣士、そしてマリアベルが女聖職者の補助つきの身体能力で一気に活路を開いていく。


「ホーミングは味方がいると使いづらいから──」

「奥の敵を片付けてしまいましょう!」


 リザードマンキングが急き立てられるようにして現れるまでに大した時間はかからなかった。

 三十階のボスはさすがのタフさを披露したものの、取り巻きを剥がされ前衛三人に囲まれてしまえば大した抵抗はできなかった。

 武器を持つ腕を斬り飛ばされ、足を蹴折られ、頭蓋をメイスに砕かれた彼は怨嗟の声を上げながら消滅、残っていたごく少数のリザードマンもまた王の消滅を機に消えていった。


「……はあ、終わったか。いや、こりゃきついわ」


 敵の消滅と入れ替わりに現れたドロップ品を眺めつつ、共闘パーティのリーダーである剣士が息を吐いた。

 空から降り、翼を畳んだレンは彼のぼやきに首を傾げて、


「そう? これ以上ないくらいスムーズに終わったと思うんだけど」

「馬鹿、だからこそだっての。俺達だけで挑んでたらどんだけ苦労したか」


 そう。

 今回の三十階攻略はレンたちではなく、友人たちのものだ。

 後進(ネイティブ世代のショウとケン、それから二人の少女たち)を育成する傍ら少しずつ自分たちの攻略を進めていた彼らは年明けから一か月以上をかけてようやく二十九階をクリアするに至った。そして、道中の難易度から「三十階の単独攻略は難しい」と判断し、レンたちにサポートを依頼してきたのだ。

 レンたちはこれを「報酬の三割」を条件に了承した。結果はこの通り。自分たちだけで一度クリアしているうえにアイリス、メイが大幅にパワーアップしているため、負ける要素はほぼなかったと言っていい。

 逆に言うと、経験者なし、パーティ四人だけで攻略した場合はどうなるか。


「ほんと、このダンジョン鬼畜すぎだろ。どこまで大変になるんだよ」


 戦闘中は出番のなかった盗賊シーフ二名、フーリと相手パーティの男子がドロップを回収していく中、リーダーは再びぼやいて、


「お前らはもう次も見たんだろ? どうだった?」

「ん……まあ、なんていうか、また一段と面倒臭くなったなって感じ?」


 答えたレンは苦笑を浮かべた。


「わたしたちもまだ本格的に攻略したわけじゃないけど、ダークエルフの森はなかなか手強いよ」



   ◇    ◇    ◇



 新たな敵はダークエルフ──褐色の肌を持つエルフの亜種だった。

 闇の神を信じたせいだとか肉食のせいだとか作品によって設定はまちまち、この世界のダークエルフが具体的にどういう種族なのかは不明であるものの、少なくとも彼らがアイリスたちと同じく弓や精霊魔法に長けていることは実際に確認した。

 彼らの棲み処は洞窟ではなく森である。

 立ち並ぶ木々が壁の代わりを果たしており、木のないところを歩いていくと今までのダンジョンと似たような感覚で攻略できるという仕組み。しかし、じゃあ今までと大差ないんじゃないかというと、これがそうでもなかった。


 進行を遮るのが壁ではなく木なので、その気になればショートカット可能なのである。


 上の階のように「トンネル」などの魔法を使う必要もない。狭いし歩きづらいのさえ無視すれば最短ルートを通ることも可能。

 なので当然、同じように木立ちを突っ切って来たりする。

 ワンダリングモンスターの数も上階より増えているうえ、ダークエルフはデフォルトで弓を装備している。壁だと思って油断していると急に側面から矢が飛んできたりするので本当に気を抜けない。


「んー……音があんまり反響しないから奇襲に気づくのも一苦労だよ」


 盗賊であるフーリの負担がまたしても大きくなった。

 自然のフィールドだと思って油断していると普通に罠が仕掛けられていたりするうえ、隠し方も巧妙になってきている。敵の奇襲によって集中が途切れると距離感が狂って罠の位置を誤認する恐れもある。


「任せてください! 森の中なら得意ですから」

「わたくしの危険察知もありますので、協力しあってまいりましょう」

「うん、ありがとうアイリスちゃん、シオンちゃん」


 森育ちのアイリスがいてくれたのは幸運だった。

 彼女には葉擦れの音に惑わされずかすかな足音を察知できる耳がある。ダークエルフの天敵はエルフ、というわけである。

 ちなみに同族に近い相手を倒すことに忌避感はないのかと尋ねたところ、


「あれは同族ではありません。モンスターで、敵です」


 エルフには種族的にダークエルフへの嫌悪感があるらしい。ハーフエルフであるアイリスも部分的ながらそれを受け継いでおり、むしろ倒すべき相手と感じるのだとか。まあ、これに関しては母親の影響もあるかもしれないが。

 ダンジョン内のダークエルフがモンスターなのは実際その通りだった。

 彼らは言葉らしきものを話すものの、翻訳は機能しておらず何を言っているのかわからない。また、侵入者にも敵意満点のため話し合いは通じない。結局のところ、ダンジョンの用意した障害であることに変わりはないらしかった。


「火の使用が制限されるのも厄介ですね」

「いっそのこと森を焼いてしまえれば早いような気がしますが」

「それやったら逃げ場がないからなあ……」


 森の中なので当然、火を使えば引火から火事になる恐れがある。

 炎に巻かれたら体力も酸素も奪われて終わりだ。敵も一網打尽にできるだろうが、同時にレンたちも倒れてしまう。

 新しい罠は存在しないものの「敵が壁をすり抜けてくる」という仕様が新しい罠と言って差し支えない。森の広さも相当なため、まともに全域を調べようとしたら恐ろしく大変だろう。





「で、お前らはどうやって攻略したんだ?」

「うん、森を焼いた」

「いや、逃げ場がないんじゃなかったのかよ!?」

「逃げ場なら一応あるんだよ、上に」


 二十階や三十階同様、新しい階の天井は高いところに位置していた。

 つまり、火の手が届かない位置──木々の背の高さよりもずっと上まで行ってしまえば火に襲われる心配はないのである。

 レンがフーリを抱きかかえ、シオンがマリアベルを上に乗せる。アイリスはハーフエルフのレベルを上げ、新しいスキルを覚えたことで単独であれば飛行可能になっている。


「で、メイは暑さとか感じないし呼吸もしてないから下にいても平気ってわけ」

「絶対真似できない類の攻略法じゃねえか……!」

「万能ってわけでもないけどね。ドロップまで燃えるし」


 メイもボディがこんがり焼けてしまうためノーダメージとはいかない。素材となる石や金属もこの階では調達しづらいため、在庫を消費して作り直してもらう必要はあった。

 まあ、敵が全滅したあたりでボス部屋付近だけ消火、地上を歩いてきたメイと合流したら後は階段を下りるだけ。ボス戦すらショートカットである。モンスター分の経験値はパーティ全員に均等に分配された。


「めちゃくちゃ効率良くないか……?」

「でも、収入ゼロどころかマイナスだからなあ」


 しかも、魔法を使ったりで入る追加の経験値はナシ。

 結局のところ、二十五階あたりで資金調達+経験値稼ぎをしなければあとあと苦戦するのは目に見えている。全てうまくいく解決策なんてそうそうありはしないのである。


「俺はそれでも羨ましいよ。またお前らに差をつけられそうだ」

「気にしなくてもいいのに。仲間は一人でも多いに越したことないんだし」


 ダンジョン攻略──というか、最下層への到達を目指すために必要なのは人海戦術である。

 レンたちがここまでの階を楽にクリアして来れたのは先人が積み上げてきた情報の力が大きい。加えて、ここから先の難易度はこれまで以上に跳ね上がる。

 一パーティでも多く下に到達させ、情報収集と攻略法の発見を進めることが必要になる。

 ものすごく強いパーティがひとつだけあっても、そのパーティがもし倒れてしまえばそこで終わり。そうならないためにもみんなで力を合わせなければならない。

 異世界でリーダー役を務める男、賢者と呼ばれるあの中年男性がなんとかして人をダンジョンへ送ろうとするのにはそういう理由があるのだ。


「もし、そっちより先に行けそうならそれはそれでいいんだよ。わたしたちが手にいれた情報でそっちが楽になるわけだし」


 賢者のやり方には異議を唱えたくなることはあるものの、ダンジョンをクリアして元の世界に帰りたい気持ちはレンたちも同じなのだ。



   ◇    ◇    ◇



 一年に一度、日本のどこかの高校で一クラスが神隠しに遭う。

 交通事故に遭うような確率で「被害者」となってしまった高校一年の男子、レンはクラスメートたちと共に異世界へと召喚され、戦うための力として「サキュバスの力と身体」を与えられた。

 多くの者が職業を与えられる中、種族を与えられたレンは徐々に女しかいない種族サキュバスとしての自分を受け入れ、仲間たちと共にダンジョン攻略を続けてきた。


 あれから一年半と少し。


 攻略した階数は三十階に達し、盗賊のフーリにハーフエルフのアイリス、ゴーレムのメイ、蹴術師のマリアベル、妖狐のシオンと仲間たちもだいぶ増えた。

 女としての自分に慣れた今、男に戻りたいという欲求は薄くなった。

 それでも、ダンジョンは攻略しなければならない。


 故郷への執着はあるから。

 帰りたいと思う者がいるから。

 攻略によって手に入る「世界の欠片」を使い、世界を広げていかなければこの異世界の未来も暗いから。


「でも、もう一年半かあ。本当早かったなあ」


 夜。

 自室のベッドに座って窓の外の星空を見上げる。

 独り言のような呟きに応じたのは黒髪黒目──異世界に来ても日本にいた頃と容姿の変わらなかった少女、成長によって以前よりも少し大人っぽくなったフーリである。

 ショートからボブくらいの長さまで伸びた髪。細身ながら触れると柔らかさを感じられる手足。黒い揃いのブラとショーツを身に着けた彼女はくすりと笑って、


「ねー。本当ならもうすぐ私たち三年生だよ」

「うわ。ってことは受験に追われる時期かあ。大変だなあ」


 思わず遠くを見たくなった。


「帰るとしても一年後にしたいな。これから受験とかしたくないし」

「心配しなくても、一年生からやり直しなんじゃない? 出席日数も足りないしテストも受けてないし」

「それこそ同級生が卒業してからにしてほしい」

「あはは。それはあるね」


 隣に座り、身を預けてくるフーリ。彼女の体温を感じながら、レンは「実際は一年じゃ済まないだろうな」と思った。

 今は二月。

 同級生たちは二か月もせずに三年生になる。彼らがこちらへ転移してくるとしたら次がラストチャンスだ。そこで出会えなければ再会はもっとずっと先になる。

 別に、どうしても会いたい同級生なんていないけれど、かつて恋人と引き離されたマリアベルがどれだけ焦燥感にかられ、そしてどれだけ絶望したか、ここまでくるとより深く理解できる。


 果たして、今年の転移者はどんな感じになるのか。

 気づくと「今年も召喚が起こる」前提で考えている自分に気づき、苦笑する。


「どうしたの、レン?」

「いや」


 答えて、なんとなく素直に話すのではなく別のことを言った。


「バレンタインまでにカカオの調達、間に合うかなって」


 ダンジョンでたまに手に入るというレア食材、カカオ。

 その出所は三十一階からの森だったのだが、せっかくたどり着いたというのに森を焼いてしまったため、ろくにドロップ品を手に入れていないレンたちだった。

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