【番外編】大晦日と初詣

 大晦日はマリアベル、アイシャを含めた仲間たちと家でのんびりと過ごした。

 年越しそばの代わりにパスタ、こんにゃくがないので湯豆腐の味噌がけ。後は油揚げにひき肉やネギなどを詰めて焼いたギョウザ的なものや、揚げたじゃがいもに塩をかけたものなどおつまみっぽいメニューが中心。

 酒を飲みつつ料理をつまみ、面倒な話はまた今度にして楽しい話に花を咲かせた。時計がないので日付変更がいつだとか気にする必要はないし、テレビがないので年越し番組を見るのに忙しくなることもない。とてもゆったりとした時間。

 そうして夜も更けた頃、レンはシオンに声をかけて立ち上がった。


「じゃ、ちょっと向こうに顔出してくるよ」

「うん、みなさんによろしくねー。あとこれ、差し入れ」

「ん、ありがとう」


 暖かい外出着に身を包み、シオンを抱いて飛ぶ。

 ショートカットルートができたことで川に向かうのは格段に楽になった。川沿いに進むと中ほどにさしかかったところで初日の出組を発見。

 案の定、こちらも酒盛りムードである。

 たき火で肉やチーズをあぶってみたり、強めの酒で身体を温めたり。飛んできたレンたちを発見した彼らは歓声を上げて出迎えてくれた。


「お、来た来た」

「レンちゃんにシオンちゃん、ほら、こっち来て座りなよ」

「酒もつまみもまだいっぱいあるぞ」

「ありがとうございます。でも、あんまり飲むと明日に差し支えるので」

「ははは。明日っていうかたぶんもう今日だけどな」

「あけましておめでとうは日の出を見るまで我慢だぞ」


 フーリたちに用意してもらった差し入れ(夕食の余り+酒)を差し出し、酒を飲まされたりお酌をする。シオンは主に女性陣に声をかけられ、抱っこされながらたっぷり酒を与えられていた。

 人数もなかなかに多く、飲み屋を貸し切ったような騒ぎようである。

 酒が入っているせいかレンには邪な視線も送られてくる。ついでに手まで出されたので軽く払って「奥さんに言いつけますよ」と言ってやる。


「つれないなあ、レンちゃん。せっかく可愛いんだから男の一人や二人作らないと勿体ないぞ」

「せっかくですけど、わたしは可愛い女の子のほうが好きなんですよ」


 フーリやアイリスの可愛さを力説してやると酔っ払いどもも「確かにあの子達は可愛い」と納得してくれる。女好きなだけに「美少女よりも俺の方が」などとは口が裂けても言えないのだ。そこで自分を騙せないあたり、彼らも悪い人間ではない。


「レンさま、なんのお話ですか?」

「ああ、シオン。いや、そこのおじさんがわたしにセクハラをね」

「……へえ。あんた、今の話は本当?」

「えっ!? い、いや、待て。違うんだ。これはレンちゃんが可愛すぎるのが原因で──」


 言い訳になっているんだかなっていないんだかな返答を最後まで言い切ることもなく、セクハラしてきたおじさんは奥さんにしっかりわき腹をつねられた。少し可哀そうな気もするものの、まあ自業自得である。


「じゃあ、わたしたちはそろそろ帰ります」

「えー。日の出まで居ればいいのに」


 レンは主に男性陣から、シオンは主に女性陣から惜しまれながら家に帰った。

 その頃には仲間たちも片づけを終えて休息モード。レンたちもさっきも言った「明日(今日)」のために仮眠を取り、普段よりは少々早めの時間に起きた。


「あけましておめでとうございます」

「今年もよろしくお願いします」


 挨拶の後はお雑煮で簡単な朝食。

 手早く済ませたらさっそく準備にとりかかった。着替えを行い、荷物を持って移動するのは神社だ。まだ寝ている人も多いだろうから移動はなるべくゆっくり、物音を立てないようにする。荷物をストレージに収納すればスムーズに歩けるので便利だ。


「お客さん来るかなあ」

「まあ、来なかったら来なかったでぼーっとしてればいいし」


 などと言っていたものの、ふたを開けてみたら結構お客さんが来た。


「こんにちはー……わ、レンさん、可愛い!」

「そ、そうかな? ありがとう」


 レンたちは揃いの巫女服姿。

 レンのものは背中とお尻の部分にスリット入りのため邪教徒っぽいものの、まあそれはそれ。あまり気にしないことにした。

 小さな神社にこの人数は明らかに多いが、そこは一応理由がある。来てくれた人に酒や食べ物を振る舞うためだ。酒の方は製造元の好意により格安で購入させてもらい、スープはフーリの手作り。さらに、レンが獲ってアイリスが調理したジビエの串焼きもある。


「これ、白いご飯が食べたくなる……」

「お餅で良ければこちらで焼きますよ」


 ガスコンロなどはもちろん存在しないが、七輪はある。これを使えば屋外でもちょっとした調理くらいは可能だ。

 なお、値段はなんとすべてタダである。


「え、これお金払わなくていいんですか?」

「うん。日頃の感謝の気持ちと、お祭りってことで」


 用意したものはすべてなくなり次第終了。

 余ったら自分たちで食べればいいや、くらいのノリで多めに作ったものの、思ったよりもどんどんなくなっていく。

 近所の女の子たちやレンたちの担任、アイリス一家(お父さん除く)、娼館のおねえさんたちなどなど、知り合いが次々と初詣に訪れてくれたおかげである。

 聞けば、神殿にも行く(あるいは行った)ものの、せっかく神社があるだから……と思い立ったらしい。どうせ今日はダンジョンには入れないのでみんなわりと暇なのである。


「ところで、おみくじはないんですか?」

「簡単なやつなら用意してあるよ」


 コインを入れると紙ではなく、薄い木の板に紙を張ったカードがランダムに出てくる形式。数を用意できなかったため誰かが引くたびに引いたカードを中に戻してもらい使い回すつくりだ。

 内容自体はみんなで話し合いながら丁寧に作ったし、字もできるだけ綺麗に書いたもののチープなのは否めない。それでもみんなわいわいとくじを引いてくれた。

 おみくじの管理はメイが引き受けてくれ、箱を抱いたまま真顔で立っている彼女にもなんだか注目が集まっていた。動かないのかな? とじーっと見つめていると「何か?」とか突然口を開くので相手はびっくりする、という寸法である。


「よし、お賽銭多めに入れようっと」

「ただで美味しいもの食べさせてもらっちゃったもんね」


 飲食代のかわりにと賽銭を弾んでくれる人もいた。


「こういうの、なんか嬉しいな」

「ええ。やった甲斐がありました」


 嬉しそうに呟いたシオンは来客者たちからも大人気。可愛いから、あるいはご利益にあやかろうとそのふわふわの毛をみんなから撫でられてもみくちゃにされていた。

 おかげで酒と食べ物がなくなる頃には少々お疲れの様子で。


「お疲れさま、シオン」

「ありがとうございます。……こちらの世界ですと、これだけ多くの人と会うことはなかなかないので、少し新鮮な気分でした」

「うん。新年の行事っていうのもなんかいいかも」


 レンたちもなんだかんだ疲れてしまったため「神殿までは行かなくてもいいかな……」と言う気分になる。

 こっちから行かなくても会いたい人にはだいたい会えたし、と思ったところで、


「あ、でも、よく考えたら行きは一瞬なんだよね」

「あ、そういえばそうだった」


 ポータルを使えば神殿まではあっという間だ。道のりが半分になると思うと「行ってもいいかな」と思えてくる。片付けを終えた後、まあせっかくだし、とみんなでポータルをくぐる。

 幸い、転移先が人で埋まりきっていることもなく神殿に到着。


「おお、君達も来たか」

「あ、そう言えばおっさんには会ってなかったっけ」

「私の扱いがどんどんひどくなっていないか? ……まあいい、今年は例年よりも暇だからちょうど良かった」

「あれ、賢者様暇なの? どうして?」

「君達が新しい参拝場所を作ったからに決まっているだろう」


 両方に参拝する人が多くとも滞在時間は減る。そうすると人の密度も下がるというわけだ。


「それから、皆にも挨拶しておけ。これから世話になることも多いかもしれん」

「え、わたしたちさっと帰るつもりだったんだけど……」


 なんだかんだ、まだ会っていなかった人たちに挨拶したりでけっこう時間を喰うことになったレンたちだった。

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