ニ十階挑戦を控えて
「いや、十九階もめっちゃ大変だったねー」
お馴染みの洋食店に五つのグラスが打ち合わされる音が響いた。
綺麗な色の赤ワインをぐいっと一気飲みしたフーリがほうっと深く息を吐いて、しみじみとダンジョンの思い出を振り返る。
「はい、本当に。さすがに数が多すぎて……」
賛同したアイリスの表情も苦笑いである。
十九階のボス戦に登場した敵の数は軽く二十を超えていた。
ボスはゴブリンパラディン。金属の剣と鎧で武装し、回復魔法を操る高位のゴブリンである。とうとう戦いながら回復する奴まで出てきたか……と、レンは心底うんざりした。
「ご主人様のお陰で私たちは楽ができましたが」
「いや、みんながいなかったら俺も危なかったよ」
今回も逃げながら魔法を降らせる戦法を採用したものの、さすがに敵が多すぎるためさらなる仕掛けを用意させてもらった。
フーリ、メイ、マリアベルにはあらかじめ逃走経路の脇道に潜んでもらい、通り過ぎようとしたゴブリンを引っ張りこんでこっそり潰してもらったのだ。
レンとアイリスがたっぷり挑発したので本体がフーリたちへ流れていくことはなく、むしろ挟撃の形に持ち込んで敵を殲滅した。
「全員ができることを行ったからこそです。この成果は誇って良いでしょう」
マリアベルも微笑みながら褒めてくれる。
十九階ともなると欠片も合計百十七個──かなりの個数になってきているし、ドロップ品を含めた報酬も美味い。次の節目である二十階攻略にもいよいよリーチがかかった。
「ですが」
ワインを半分ほど口にしたマリアベルはことん、とグラスをテーブルに置いて、
「次の階は今までのようにいかないと思ってください」
この警告の重みはレンたちもすでに知っていた。
十六階以降、ダンジョンの難易度は一気に上がっている。ジンクスから言ってニ十階はもっと難しくなるのは当然、というのもあるが、それ以上に攻略本から得た事前情報のせいだ。
いわく、ニ十階はダンジョンの構造そのものが違う。
雑魚戦は存在せず、ボス戦のみが存在する。あるいは雑魚戦こそがボス戦である。
「ニ十階からは私も最初から戦います。……そうでなければ全滅する危険が高いでしょう」
「そこまでのレベルですか、殲滅戦は」
「はい」
穏やかな彼女がにこりともせずに頷くあたり、百パーセント本気だ。
殲滅戦。
ニ十階のダンジョンには壁が存在せず、天井も極めて高い。十九階のダンジョン全域と同じかそれ以上のフィールドが広がっており、そこに十九階にいたすべての敵と同じかそれ以上の数のモンスターがひしめいている。
勝利条件は敵の全滅。
降りた瞬間からボス戦が始まり、下手な行動を取れば階段を上って逃げることさえままならなくなる。
仲間が死んでも、迫りくる敵をなんとかしなければ遺体を持って帰れない。これまでのようにエナジードレインで都度補給も行えない。
せっかく美味しい料理が並んでいる。肉料理だけでなく川や湖から取れた淡水魚の塩焼きなどもある豪華版だというのに、リアルな「苦境」の想像に手が止まってしまう。
レンはぐいっとワインを飲み干すと仲間たちに告げた。
「一つ、提案があるんだ」
ニ十階が近づいてきた時点で考えていたこと。
「ニ十階は別のパーティと合同で攻略しないか?」
◇ ◇ ◇
「……ニ十階か」
一緒に攻略しようと頼める相手は一組しか思い当たらなかった。
ポークジャーキーを手土産にレンとフーリで向かったのは最近交流の多い元クラスメートのパーティ宅。ショウとケンを面倒見てくれている彼らのところである。
二人の、というか主にレンの訪問に喜ぶショウたちに軽く挨拶をしてから「大事な話があるんだ」と席を外してもらい、四人と向き合って用件を話す。
リーダーは深いため息をついて天井を仰いだ。
「ニ十階な。俺達も正直、考えるだけで憂鬱だったんだ。どんだけきついんだってな」
恋人である聖職者の少女が彼の肩に手を添え、小さく頷いて、
「ニ十階で亡くなった人も多いんだって。『十九階までがチュートリアル』だって言う人もいるみたい」
特に情報の出揃っていなかった頃は酷かっただろう。初めてニ十階に降りたパーティの絶望なんて想像するだけで恐ろしい。
もう一人の少年も腕組みして、
「
いくら『祝福』に守られていようと死ぬときは死ぬ。
明確に「死」を意識してしまったらもう以前のようには戦えない。レンたちはもともとただの高校生であって軍人でも傭兵でもないのだ。
十九階までの復活する敵を倒してお金を稼ぐだけでも生活は成り立つ。もうそれでいいじゃないか、と諦める者が出るのは当然だ。
リーダーがレンたちに視線を戻して、
「この話は願ってもない。多分、俺達も本気で攻略するってなったらお前達に『助けてくれ』って頭を下げていたと思う」
「じゃあ」
「ただ、問題があってな。俺達はまだ十六階までしかクリアしていないんだ」
「ああ、そうだよな」
ショウたちの面倒を見るようになって一階からやり直しているのでその間の進行がストップしてしまっている。
若い少年たちの安全を考えた結果、攻略はゆっくりになりレンたちに追い越された。
「ショウたちとももう少しで十一階の攻略が終わる。張り切ってるあいつらを放置するのも嫌だろ。できれば十五階までは連れて行ってやりたい」
「十六階からは正直オススメできないしな……」
かなりの量の欠片と最低限のストレージを得られればもうダンジョン攻略を止めてもいいだろう。普通の仕事に就いても他のネイティブ世代にないアドバンテージを得られるし、何より彼らには身の安全を心配してくれる女の子たちがいる。
引き続きショウたちが張り切っているあたり、あの二人はまだ告白できていないようだが。
「一応、そこについても提案がある」
「お、なんだ?」
「一時的にパーティを組み直すんだ。お前らの十七階からの攻略を俺とフーリで手伝う。ショウたちにはアイリスとメイに協力してもらう」
一時的なものだから生活拠点は今のままでいい。
神殿で合流して分かれるような形になるだろう。アイリスもフーリの薫陶を受けてある程度罠の対処ができるし、自信がない時はメイを先頭にしておけば大きな被害は防げる。
これならショウたちを急かすこともなくリーダーたちに十九階までクリアさせることができるし、逆にショウたちの攻略を止めることもない。
リーダーは目を瞬いて「めちゃくちゃ良い提案だな」と呟き、
「いいのか?」
「ああ。アイリスたちからも了承はもらってる」
「『やるからには厳しく行きます!』って張り切ってたよー」
上下関係をはっきりさせておけばセクハラの心配もしなくていい。アイリスは意外と下の立場の人間にはS、というか体育会系なところがあるのかもしれない。
それでも、了承してくれたのはショウたちの性格を多少なりとも知っているからだ。
「まあ、私に関してはシーフが二人いても……って感じだろうけど」
「いやいや。戦闘の人手が多くなるだけで全然違うって」
「他の奴らの戦い方なんて見る機会そうそうないしな。勉強にもなりそうだ」
男二人はかなり乗り気。
レンは相手パーティの女性陣に視線を送って、
「二人はどうだ? もちろん、こいつらをどうこうしたりはしないって約束する」
「私が一緒ならレンが変なことしても一発でわかるしねー」
「あはは、そこはそんなに心配してないよー」
「うん。どっちかっていうとレンちゃんが何もしてないのに
「いや、誘われてもいないのにその気になるかよ……!?」
すかさず反論する少年たちだったが、前に「お前ならいける」とか言われた身としてはあまり信用できないレンだった。
「じゃあ、OKってことでいいか?」
「ああ。ショウたちもそれでいいって言ったらな」
ショウとケンも呼んで事情を話すと、彼らもノーとは言わなかった。
「どうせならレンさんと一緒が良かった」
「いや、それは効率が悪いからな?」
レンとしてもショウたち相手にエナジードレインはできない。リーダーたちも今後のためにレベルアップが必要、と説得して了承してもらった。
話がややこしくなる一方なのであの少女たちには早く告白して欲しいと本気で思った。
◆ ◆ ◆
なんで手を繋いだりキスしたりしてるんだこいつら。
レンとフーリのダンジョンでの様子を見た最初の感想は割とひどいものだった。
十七階での初戦が比較的楽だったせいもある。
レンの浮遊能力は便利だが、魔法自体はありふれたもの。「ライトニング」や「ファイアーボール」、「エリアヒール」などの範囲魔法を見慣れているせいか少々見劣りする。
おまけに戦いが終わるたびにいちゃいちゃする。
だから、彼──リーダーはレンの実力を見誤った。事前情報では評価していたはずなのに「女同士のキスとか目の毒すぎるだろ」などと私怨を交えてしまったのだ。
違和感を覚え始めたのは雑魚戦をいくつか終えた後。
「みんなお疲れ」
仲間たちに声をかけながら気軽に「ヒール」を発動させるレン。多少の傷や疲労で回復魔法をかけるとMPがもったいない。なので頃合いを見計らってなるべく節約するのがセオリーなのだが、
「レンはMP回復できるからねー」
移動中に手をつないで
よく見てみると戦闘中もばんばん攻撃魔法を連発している。
基本魔法とはいえ、属性変換したりするとそこそこMPも嵩むはず。範囲魔法を最大効率狙って放ったりせず、単体魔法を片っ端から撃ちこんでいくスタイルはなにかもう世界が違った。
「なあ、レン。お前の最大MPってどれくらいあるんだ?」
「ん? ああ、見てみるか?」
快く見せてくれたステータスにリーダーは絶句した。
仲間の二人と比べてMPが倍以上ある。というかレベル自体、リーダーたちを大きく上回っている。MP操作を得意とする
「お前、これでもっと色々魔法使えたら最強だろ」
「それは『もう一個クラスが取れたら最強だろ』って言ってるのと変わらないぞ」
「まあ、それはそうなんだが」
リーダーから見たら驚異のステータスでもレンは偉ぶらない。
仲間の長所を把握し、それを尊重した立ち回りをしてくれる。移動中は邪魔にならないよう最後尾に陣取り、戦闘中はリーダーが切り込めるように範囲魔法は不用意に撃たない。仲間の射線を邪魔しないように宙に浮いて魔法を放ってくれるし、高い位置から戦況を見て声掛けもしてくれる。
使える魔法の種類が違うため、魔法使いとも聖職者とも共存可能。
相方のフーリはフーリで普段はレンと手を繋いで歩いているくせに「あ、そこトラップ」と当たり前に指摘してくるし、愛嬌のある喋りで場を和ませてくれる。防ぎ切れず後衛に向かおうとしたゴブリンをさくっと心臓一突きしたりと戦闘でもいぶし銀の活躍がある。
「……なあ、お前ら。これからもずっと組まないか?」
思わず言ってしまったのも仕方のないことだと思う。
仲間たちも「気持ちはわかるけど……」と濁しつつ、本音では「そうしてくれると助かる」と顔に書いてあった。
しかし、レンは笑って、
「ありがとう。でも、それはできない」
「どうしてだ?」
「
あまりにもきっぱりとした物言いにうっかり惚れそうになった。恋愛的な意味ではなく「兄貴と呼ばせてください!」的な意味で。いや、女だから姉御か。
残念だが仕方がない。
リーダーは内心で諦めつつ頷いて、
「じゃあ、きつい階だけ協力するのはどうだ? どうせ五階毎にきついのが来るんだろ?」
「ああ、それはアリかもな」
いっそのこと二パーティ合同という手もあるが、それだと分け前が減ってお互いに生活がきつくなる。五階毎に共同戦線を張るくらいがちょうどいいだろう。
協力を考えるとある程度、攻略ペースを揃えるべきか……などと話し合いつつ、かなり良い感じのペースでダンジョン探索を終えた。
このペースならもう一回の探索でボスを倒せるかもしれない。二回に分ければ余裕だ。
「レンちゃん、私たちにMP分けられるようにならない? そうしたらもう怖いものないと思うんだけど」
「うーん……残念ながら今のところそういうのはないな」
女性陣のMPタンクにさせられているレンを想像してリーダーはつい吹き出しそうになった。
するとフーリが、
「サキュバスだし、キス限定でMPを分けられるスキル、とかありそう。そういうのあったら使う?」
とんでもないことを言い出しやがったこの女。
そういえば学校でもレンに付きまとっては日常的に彼女(当時は彼)をからかっていた。割と可愛いくせに性格はなかなか曲者のようだ。
どうにかならないのか、という想いを籠めてレンを見ると「こればっかりはな」とでも言いたげに肩を竦めた。
一方、フーリに尋ねられたこちらのパーティの女性陣は「うーん」と悩む素振りを見せて、
「女同士ならアリかなあ……? どう思う?」
「絶対駄目だ!」
やっぱり、
あっさりと考えを改めたリーダーだった。
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