女子の恋愛トーク

 追い返すわけにはいかないものの、ちょうど暗くなってくる時間。

 仕方ないので一度、二人の家に行ってしばらく預かる了承をもらった。二人とも簡単には引き下がってくれそうになかったからだ。ショウたちの知り合いだと話し、少女たちと話をしたいだけだと告げると両親は納得してくれた。

 二人を連れて家に帰り、フーリに呆れられたうえでお茶と軽食を出して、


「どうしてあんなことを言ったのか聞いてもいいか?」


 時間を置いたせいでそれなりに落ち着いたのか、少女たちはいきなり食って掛かってきたりはしなかった。


「あなたがケンたちとデートしてたから」


 歳はショウたちとだいたい同じくらい。活発そうな子と大人しそうな子で、イメージ的にもなんとなく被る。ただ、率先して口を開いた少女が口にしたのは「ケン」の名前。

 一緒に聞いているフーリやアイリスが「あ、そっちなんだ」という顔をした通り、二人とも自分とは違うタイプの相手を好きになったらしい。

 必死な表情からも想いがわかる。

 こういうのがわかるようになったのは成長したからだろうか、と少し思ってから、さっきフーリに「鈍感すぎ」と怒られたことを思い出して脱力。


「俺とあいつらは知り合いだよ。友達っていうか、可愛い後輩みたいな感じかな」


 女子相手なので自然と少し声色が穏やかになった。

 誤解されないように説明したつもりだったのだが、少女たちはむしろ疑いを強めてしまったらしい。視線を鋭くして、


「じゃあ、どうしてデートなんかしてたんですか?」

「向こうから頼まれたからだよ。もちろん、変なことは何もしてない」

「昼間だったし、人の目もあるしね」


 レンより高レベルの人間がそのへんで普通に買い物していたりする街なので見つからないようにするのも難しい。

 どうしてもと言うのなら聞き込みでもしてもらえればデートの様子はばっちりわかるだろう。


「ケンたちのことはなんとも思ってないんですよね?」

「二人はあいつらのことが好きなんだよな?」


 質問を質問で返すな──とは言わず、少女たちは少し驚いてから「はい」と頷いた。


「俺はなんとも思ってないよ。恋愛的なあいつらとどうこうなろうとは全然思ってない」

「なら、どうしてデートしたんですか?」


 レンは少し考えた。

 ここで「頼まれたから」と答えても話がループしてしまう。さっきの「どうして」と今の「どうして」では意味合いが違うのだ。

 フーリも難しそうな表情を浮かべている。同性として気持ちはわかるのだろう。アイリスもどうしていいか困ったような顔だ。

 なお、メイはいつも通り無表情ながらどこかわくわくした様子で成り行きを見守っている。


「断ったら落ち込むだろ。頑張る気力だってなくなるかもしれない」

「別に、ダンジョンなんて潜らなくてもいいじゃないですか」


 賢者が聞いたら落ち込みそうなセリフである。


「確かに、ケンたちが無理して頑張らなくてもいいかもな」

「ほら」

「でも、あいつらはやりたいって思ってる。俺はそれを尊重してやりたい」

「そんなの勝手じゃないですか。付き合う気もないのに期待を持たせたりしても、結局いつかは傷つくんです」


 彼女の言うことにも一理ある。

 レンにその気がない以上、少年たちは失恋のショックを背負うことになる。むしろ遅くなれば遅くなるほど傷は深いかもしれない。

 そういう意味では最初に誘われた時に断るべきだったのだろうが──その時はまだ「異性として好かれている」なんて本気で考えていなかったわけで。


「……でもなあ。本人たちから『好きです』って言われたわけでもないのに『付き合う気はないから諦めてくれ』って言うのも変じゃないか?」


 レンならきっとがっつり落ち込む。

 別にそのまま付き合えると思っていたわけじゃない。ただ一度、夢を見させてほしかっただけなのに……と、しばらく女性不信になるかもしれない。

 すると少女はむっとした表情を浮かべて、


「結局、嫌われるのが怖いから言えないだけじゃないんですか?」

「……まあ、そうかもな」


 がっかりした顔よりは喜ぶ顔が見たい。

 ただ一緒に遊ぶだけでショウたちが頑張れるならそれでいいじゃないか、と思う。

 だから「違う」とは言わない。そのうえで少女たちを見返して、


「二人が言いたいのは『好きな人を取らないで』ってことでいいか?」

「っ」


 息を呑み、気おくれしたように硬直する二人。

 睨んだつもりはない。ただ、人とは違うサキュバスの容姿は多少威圧感があるかもしれない。男なら「エロい」が先に立つだろうが相手は女子だ。


「は、話を勝手に変えないで! あなたがケンたちを振らないのはおかしい、っていう話をしているんです!」

「うん、わかってる。……だからさ、それをわざわざ言いにきたのはってこと」

「っ!?」

「俺とショウたちだけの問題なら話は簡単なんだよ。別にこのままデートを続けているだけでもいつかはあいつらが自分で気づくかもしれないだろ」


 明確に拒絶するのが最適とは限らない。

 恋愛に正解なんてない。一般的に良いとされる理論があったとしても、それがレンとショウたちに適用できるかどうかはわからない。

 外野が強硬に意見してくるのはおかしいのだ。

 そう、意見してきたのが外野なら。


「要するに、俺にあいつらを振って欲しいんだろ? じゃあそう言えばいい。っていうか、俺はその気がないって言ってるんだから今のうちに告白すればいいじゃないか」

「……そ、それで振られたらどうするのよ!?」


 なりふり構っていられなくなったのか、とうとう敬語じゃなくなった。

 おそらく今のが本音だろう。

 彼女たちはショウたちが振られてくれる方が好都合だからレンに抗議しに来た。失敗できないチャレンジの前にできるだけ成功率を上げようとするのは確かに正しい。

 ただ、レンがそれに付き合ってやる必要はない。


「一回振られたからって諦める必要はないだろ。何回も告白して最後には勝った女の子の話、いくつも知ってるぞ」


 フーリが「なんていうマンガの話?」という顔をしたがこれはスルー。

 実際、諦めずに何回も告白してくれるような子がいたらたぶん男はだいたい落ちる。女の子から「好き」と言われるのはなんだかんだ嬉しいし、気持ちが上向きになるものだ。


「なにそれ。……そんなの、できるわけない」


 難しいのはわかる。もしかしたら初恋かもしれないし、振られるのは怖いだろう。

 それでも告白しないと始まらない。ショウたちにも似たようなことを言った。

 少女たちは俯いたまま黙ってしまった。

 レンは軽く息を吐いて、


「本当に好きなんだな、あいつらのこと。前から知り合いなのか?」

「うん。……幼馴染」

「なるほどな」


 小さな街だ。同世代の子供なんてだいたい知り合いでもおかしくない。その中でも家が近い子とは何度も顔を合わせるだろう。

 一緒に遊んでいくうちに「ああ、この人と将来結婚しよう」と思ってもなにもおかしくはない。

 残念ながらショウたちの口からは少女たちの名前を聞いたことがないので、単に「口うるさい幼馴染」と思われている可能性が高いが。


「男ってそういうの全然気づかないからなあ」

「そ、そうなの?」

「ああ。若い男って好きな子と付き合う妄想ばっかりしてるんだよ。『こいつ俺のことが好きなのか?』ってもし思っても妄想だと勘違いするだろうな」

「……そ、そうなんだ」


 少しだけ顔を上げながら感心する少女たち。

 するとフーリがくすくす笑って、


「ふふっ。さすが、本人の体験談だと説得力が違うね」

「その節は失礼いたしました」


 毎日のように話しかけてくる女子生徒に対して「俺を面白い玩具だとでも思っているのか」と感じていた身としては何も言い返せない。

 バツが悪くなったのを咳払いで誤魔化して、


「だからまあ、告白するのは効果あると思う。成功するかどうかはそりゃわからないけど、成功を祈ってる」


 これには相手も微妙な顔になった。


「……ライバルの人にそんなこと言われても」

「敵対されるよりはいいだろ。俺だってショウたちには幸せになって欲しいんだ」


 もし、直接告白されたらちゃんと断る。そう約束すると、ようやく少女たちはほっと息を吐いてくれた。口元にも笑顔が戻ってくる。


「失礼なことを言ってすみませんでした」

「こっちこそ、きついことを言って悪かった」


 謝りあうと少しは打ち解けられた気がする。


「あなた──レンさんって、男心を惑わす悪いサキュバスだって聞いてたんですけど、ちゃんとした人なんですね」

「待て。そんな噂どこから聞いたんだ」

「え? お父さんとかからですけど……?」


 きょとんとした顔で言われ、レンは「どういうことだ」と頭を抱えた。

 するとフーリがぽん、と、肩を叩いてくれて、


「まあまあ。たぶん、レンが可愛すぎて浮気したくなる、とかそんな話でしょ?」

「いや、そんなの俺にはどうしようもないだろ……!?」

「お父さんたちは浮気の言い訳をしてたんですか……!?」

「……そういえば、お母さんたちのいるところでは言ってなかった気がします」


 娘くらいの歳の女の子が可愛いとか、知られたら怒られると思ったのだろう。

 レンはフーリたちとともに「あー……」と遠い目になった。

 魔眼は使っていないし服も長袖を選ぶようにしている。それでも素肌ゼロとはいかないので魅了はある程度有効だ。店の主人など街の人に笑顔を浮かべることもあるが、その程度で悪女と言われても困る。


「なあアイリス。美人って街歩くだけで惚れられるものなのか?」

「ど、どうして私に聞くんですか!?」

「レンはなんかえっちだから特別じゃないかなあ」

「ご主人様ですから仕方ありませんね」

「なんだよそれ」


 美人のナチュラル魅了についてはともかく。

 今度、街で冗談めかして噂の出所を聞いてみることにする。


「絶対ですよ? 絶対、ケンたちと付き合ったりしないでくださいね? えっちなこととかしちゃだめですよ?」

「しないって。俺、知ってるだろうけど元男なんだし」


 すると少女たちは顔を見合わせた後で視線を戻して、


「でも、今は綺麗な女の人ですし」

「さ、サキュバスですし」

「ああ。ショウたちもこういう認識でデートとか言ってきたのか……」


 クラスメートたちは元のレンの姿を知っているし、他の年の転移者にしても自分が「変わった」経験があるのでだいたいすんなり受け入れてくれる。

 ただ、街の人はサキュバスに変わる過程のレン=フード付きで身体も隠していた子なので、元男だという事実は知識程度。


「正直、その『俺』っていうのも似合ってないです」

「……ばっさり言うなあ」

「だって似合ってないですし」

「俺が口調を変えて男と恋愛するようになったら、困るのはそっちだぞ?」


 少し意地悪をしてやると「それはずるいです!」と慌てて立ち上がる。


「冗談だって。……でも、そうやって素直に話せばあいつらも振り向いてくれるんじゃないか?」

「……そう思いますか?」

「ああ、もちろん」


 二人はレンから見ても十分可愛い。もちろん、恋愛対象にするにはまだ幼いし、見境なく声をかける気もないのだが、こんな子たちを無視するなんて勿体ないと思う。

 

「だから自信持てよ。だめかもしれない、って挑戦するより絶対成功させてやる、って挑戦する方がいいぞ」

「そっか……。そうかもしれないですね」


 少女たちは「ありがとうございます!」と言って納得してくれた。

 家まで送っていった時も笑顔で、これから近いうちに告白してくれるかもしれないと思えた。


「まあ、そう上手くはいかないよねー」


 実際はちゃんと告白するまでに結構な時間がかかってしまい、その間にレンはショウたちと二回目のデートに行く羽目になってしまったのだが。


「なんで早く告白しないんだよ」

「そ、そんなこと言われても……!」


 おかげで少女たちをレンが急かす羽目になった。どうしてそうなったのかよくわからない。ただ、頑張ろうとしている女の子を放っておくのはなんとなく気が引けたのだ。


「なんだかんだ言って優しいよね、レンって」

「そんなことはない……よな?」


 幸い、少年たちと少女たちは後に(紆余曲折の末)交際を始めることになる。

 そうなってからもレンは少年たち、さらには少女たちからも頼られ、あれこれと世話を焼く羽目になるのだが、それはまた別の話である。





 ちなみに噂の件は何人かの男を問いただしたところ、やはり冗談の類で。


「レンちゃんが可愛いから褒めてるんだって」


 調子のいい話ではあるが、あまり怒るのもアレなので「ありがとう」と微笑んでおいた。

 そのうえでレンは再び服装について悩むことになったのだが、大きくなった翼と尻尾はそうそう隠せない。体型もコートを着ただけで隠せるかどうか。


「あの、それに、レンさんの魅了は本当に肌からだけなんでしょうか? 声からも出ていたりしませんか?」

「あー。可能性はあるかもね」

「ではマスクもして完全防備になりますか、ご主人様?」

「いや、絶対怪しいだろそれ」


 顔も身体も隠して声もくぐもらせた謎の人物。むしろ悪役として巷に名を轟かせてしまいそうである。


「では、レンさんはそのままでいいのでは?」

「……そうですね、そうします」


 結局、あまり気にしないことになった。

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