【番外編】女子たちの内緒話

「実際のところどう思いますか、マリアさん?」

「実際、とは?」

「レンのことですよ。私はレンしか経験ないから他の人と比べてどうなのかなって」

「なるほど。そういうことでしたか」


 珍しくレンが長めの外出をした日、マリアベルが早い時間に起きてきた。

 あのサキュバス娘は食べなくても生きていける体質なので、昼に帰らないかもしれない日は「昼食はいらない」と言って出ていく。街の人の目があるので悪いことをする心配もされる心配もあまりなく、放っておいても大丈夫だろう。

 逆にフーリをはじめとする四人が全員家にいる機会なんてそうそうない。

 せっかくなのでレンがいるとできない話をぶっちゃけてみることにした。


 簡単な昼食を用意して(かまどの火を落としきらなければアイリスが火勢を操作できるので比較的楽である)、一人欠けた食卓を囲む。

 フーリの質問にマリアベルは穏やかに頷いて、


「そうですね。レンさんはお上手ですよ。しかも、日を追うごとに上手になっています」

「そうですよね……!?」


 やっぱりあれは上手なのだ、と、つい勢い込んでしまった。


「ふ、フーリさん。あんまりそういうお話は」

「いいじゃない、悪口言ってるわけじゃないし。アイリスちゃんだって他人事じゃないでしょ?」

「それはそうですけど……」


 あ、真っ赤になってしまった。

 先日、レンと先に進んだばかりの後輩は持ち前の純粋さもあってこういう話は得意じゃない。

 それでも強く止めてこないあたり興味はあるようで、


「アイリスちゃんはどうだった? レン、優しくしてくれたでしょ?」

「あの、こういうのが筒抜けってやっぱり恥ずかしくないですか……?」

「娼館から道具を借りてきましたから今後は大丈夫ですよ」


 音がなくとも女同士、そういうことが「あった」か「なかった」かはだいたい察しがついてしまうわけだが、そこはお互いさま。

 これで男子が交じっていたらと思うと──うん、それはだめだな、とフーリは深く頷いた。


「アイリスちゃん、それでそれで?」

「どうしても言うんですか? ……えっと、レンさんはとっても優しくて、その、上手でした。私、途中からなにをされているのかわからなくなってしまったくらいで」

「ああ、そうだよね」

「初めてがレンさんならそうなるでしょうね」


 マリアベルと意見が一致するのが楽しい。これは酒を用意するべきかもしれない。この異世界では昼間から酒を飲んでも咎められることはないわけだし。


「でも、あれってマリアさんが教えたんですよね? 他にいないし」

「いえ。もちろん私のテクニックを吸収されているのも事実ですが、大半はレンさん自身の創意工夫ですよ。天性の才能と言っていいかと」

「うわ、じゃあ、やっぱりサキュバスの本能ってすごいんですね……」


 一言で言えば「エロい」種族。匂いや容姿で他者を魅了するだけでなく、手練手管においても娼婦並みに優れているらしい。しかもそれが種族特性だというのだから恐ろしい。

 他のサキュバスを知らないのでレンの話になるが、彼女の場合、強引なことは基本的にしてこない。

 甘い言葉を囁きかけながら優しく指やその他を這わせてくるのが常套手段。言ってしまえばそれだけなのだが、相手の弱いところを的確に見つけ出す能力やギリギリまで焦らすテクニックが尋常じゃない。


「私でも『受け』に回ってしまうと流されてしまいそうになります。ですので極力、レンさんのペースを乱すようにしているのですが、そのせいでテクニックを盗まれている感覚はありますね……」

「マリアさんでもそうなんだ。……私も最近、最後のほうはわけわかんなくなっちゃって、口押さえてないと大変なことになりそうで」

「女性同士だから、というのもあるでしょうね。される側の気持ちがわかるからこそ、攻める方法もわかるわけです」


 こうなるとある意味無敵である。

 成長速度で負けている以上、フーリたちが優位に立つことはできない。

 しかも、負けてもあまり悔しくない。幸せで満たされるだけなので「別にそれでもいいかな」と思ってしまう。


「……あれ? もしかして女の子同士ってすごくいいんじゃ?」

「わかっていただけますか?」


 マリアベルと見つめ合い、しっかりと握手。よくわからないけれど気持ちがひとつになった瞬間だった。

 アイリスがそれを見てほう、と息を吐き、


「私も、少しだけわかる気がします。男の人の身体ってやっぱり怖い気がして」

「威圧感あるからねー。レンは向こうにいる時からあんまり怖くなかったけど」

「あら、そうなのですね?」

「はい。運動もやってなかったから細いんですよね、そもそも」


 頼りがいのある男はいつの時代も一定の人気があるが、害のなさそうな男が好き、という層も一定数いる。

 フーリはどちらかというと後者なのだろう。

 レンをからかってじゃれるように遊びたいという欲求と、いざと言う時は優しくリードされたいという欲求がある。これはなかなか他の男では満足できそうにない。


「つまりご主人様は女たらしだということですね」


 と、これは黙って話を聞いていたメイ。

 スリーサイズが可変、その気になれば顔さえがらりと変えられる彼女は実のところかなりの警戒対象なのだが、今のところレンが手を出す様子はない。

 妹みたいな対象なのか、それとも人肌の温もりが足りないのか。


「せっかくですので、もっと具体的なお話も聞かせてください。特に過激なプレイを是非」

「メイちゃん、そういうところじゃないかな?」

「? 骨抜きにされた女性は相手を許し、何でも受け入れてしまうものなのでしょう? 皆さんも特殊なプレイの一つや二つ経験があるのでは?」

「そんなの言っても私が恥ずかしいだけじゃない」


 メイからも体験談が聞けるならともかく。


「では、母の話ではいかがでしょう」

「え」

「そんな興味深い──いえ、罪深い行為が許されて良いのでしょうか」

「そうですよ。ここにいない人の話なんて」


 思わぬ攻撃。

 メイ以外がこれに反論するも、


「では、この話はなかったことに」

「待ってメイちゃん。どうしてもって言うなら考えなくもないよ」

「ええ。もちろん他人に口外したりはいたしません」

「はい。もちろんです」


 結局、みんな好奇心には勝てなかった。

 ちゃんと娘に隠していなかった母親が悪い。そういうことにして、内緒の話を続けた。

 盛り上がってきたので酒も用意した。素面のはずのメイが一番ノリノリだったような気もするがきっと気のせいだろう。

 まさかメイの母親があんなことやそんなことまでしていたとは。

 こんな話はとてもじゃないけど人にできない。本人に知られてたら命が危ないとか以前に言ったフーリたちがドン引きされかねない。

 でもいい話が聞け、


「ただいま。……なんかみんなで盛り上がってるな、なに話してたんだ?」

「いえ、母の恥ずかしい話を少々」

「趣味悪いことしてるな!?」


 ごもっともである。


「いかがですか、ご主人様も。後々の参考になるかもしれません」

「なるか? っていうか、知り合いの話だと素直に楽しめる気がしないぞ」


 幸いレンはあまり乗り気ではなかった。

 フーリとしても彼女が「あの話」を知ってしまうのは避けたい。もし万が一そっち方向に目覚められたら身が持たないからもしれない。

 アイリスに目配せをし、意思を統一してから妨害にかかった。


「メイちゃん。この話はそれくらいにしよ。ね?」

「レンさんは今日どちらに行ってきたんですか? 良ければ聞かせてください」

「え? ああ、俺はショウのところの男二人と酒場で話してたんだ」


 レンはレンでなかなか楽しい話をしていたらしい。

 服も髪も乱れていないし変な匂いもしないので浮気のセンはゼロ。

 メイは少し物足りなさそうだったものの、こっちの話の方がよっぽど健全だと、フーリはそのままレンの話を聞き続けた。

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