【番外編】ショウとケン
ショウが生まれたのは、大人たちが「異世界」とか「この世界」と呼ぶ小さな世界だった。
街の外には闇が広がっていて進むことができない。街の中心には神殿があり、そこはダンジョンへと繋がっている。
生まれた時からそれが当たり前だった彼には、両親の故郷だという「日本」という国が物語の中の存在としか思えない。
日本を感じられるのは主に本を読んだ時。そこには広い世界があり、行く手を阻む闇などは存在しない。同じ方向に真っすぐ進むと長い時間をかけて元の地点に戻ってくることができるというのだから、少年にはそれがとても素晴らしいことに思えた。
どうやったら日本に行けるのか。
疑問に思うようになったのはある意味当然のことで、彼はある日両親にそれを尋ねた。
すると、返ってきたのは、
『ダンジョンをクリアすればもしかしたら』
ダンジョン。
そこもまた少年にとって未知の詰まった場所だ。大人たちや、年に一度日本からやってくる新しい住人たちはこぞってそこに挑み、日々の糧を獲得してくる。
まさに物語で見る「冒険」そのものだ。
自分もダンジョンに潜りたい。ショウはそう思ったものの、大人たちはこれを許してくれなかった。危険だから。行ってはダメだと口癖のように言い、こっそり行こうとしても神殿に近づくまでの過程で必ず誰かに止められてしまう。
日本人だけずるい。
子供だったショウにはこの世界で生まれた子と日本人の違いなんてよく理解できていなかったので、仲間外れにされたと思った。
不貞腐れつつも、いつか冒険することを夢見て木剣を振る日々。
幸い彼には同士がいた。魔法使いを親に持つ少年のケンだ。彼はショウと違って喧嘩は弱かったものの、冒険を夢見ているのは同じだった。
そして、ケンはショウに新しい「世界」についても教えてくれた。
『お前もモンスター倒してこの世界を広くしたり、金を稼いで美味いもん食いたいよな?』
『う、うん。でも、もっとしたいこともあるよ』
『もっと? それってなんだよ?』
『恋、かな』
今まではマンガを読んでもさらりと流していた部分。
冒険の世界では結婚とは「女の子と絆を深めて強いつながりを持つこと」なのだとケンは教えてくれた。それまでは歳の近い適当な女と結婚して家庭を作るのが自分の未来だと思っていた。
だから、ケンの話は衝撃だったし、彼が近所のおじさんからもらったという秘蔵のマンガはもっと衝撃だった。
それからはショウの夢が少し変わった。
『ダンジョンで活躍してみんなに褒められて、ついでに可愛い女の子を嫁にする!』
肝心のダンジョン探索については何度頼んでも「ダメ」と言われるばかりで進展しなかったのだが、それがある日、突然に変わった。
『久しぶりだな。少し、君らの息子──ショウについて話があるのだが、構わないか?』
家にやってきた賢者、街のまとめ役の男が夢のような話を持ってきたのだ。
ショウのような「この世界で生まれた子」も少しずつダンジョンへ潜らせようという意見がある。そこで試しにショウとケンを指名したいというのだ。
両親はこれに難色を示したものの、少年はもちろん「やる!」と言った。
話を聞けば、既に女子が二名ダンジョンに潜っているという。なら、ショウたちにできないわけがない。ダメと言われても腐らず鍛錬を続けてきたからこそ、こうやって話が舞い込んできたのだ。
最終的には両親も折れ、ショウたちはとあるパーティと引き合わされた。
そして。
「レンさん、やっぱりすげえ綺麗だよな……」
「うん、それにいい匂いだし、なんていうかすごくエロいよね」
紹介されたパーティは男二人女二人の四人構成、しかもメンバー間ですでに恋愛関係が成立しているという残念な感じだった。
みんな親切だったし丁寧に対応してくれた。そこについては感謝しているし尊敬もするが、これでは恋愛の希望が全くない。
業を煮やしたショウはケンと共に別のパーティへ直談判することにした。
既に「この世界の子」を仲間に入れているうえに女子しかいないという夢のようなパーティ。リーダーが元男子というのが「???」という感じではあったものの、入れてもらうならそこしかない。彼女たちの家は「冒険のことで相談がある」と街の人に聞けば簡単にわかった。
街でちらっと見かけたことはあったものの、きちんと話すのは初めて。
顔を合わせたレンは、思っていた以上の女性だった。
街の女の圧倒的多数を占める黒髪黒目とは違う、紫がかった妖しくも美しい髪と瞳。肌の色は白く、同じ人間とは思えないほどすべすべしているのが見ただけでわかる。
瞳は奥行きが深く、見ただけで吸い込まれてしまいそうになる。
背中に広がる翼と尻尾も他の女にはない要素。犬や猫とはまた違う感じでふりふりと動く尻尾もまた飛びつきたくなるような魔性の魅力がある。
近づくとほんのりと甘い匂い。
程よい大きさの胸も形の良い尻のラインも、年頃の男子にはたまらない。
それでいてレン本人はかなり無防備で飾らない態度。元男子というのは本当らしく気さくな態度でショウたちとも話をしてくれた。
残念ながら、パーティ入りの話は断られてしまったが。
「でも、デートしてくれるって」
「ああ。レンさんとデート……!」
レンに認められようと頑張り過ぎて失敗をしたショウたちに、レンはまた優しくしてくれた。
慰めるように頭に乗せられた手の感触はまだ忘れられない。親にやられたら「子供扱いするな!」と怒るところだというのに嬉しさしかなかった。
結局、このまま世話になることになったカップルパーティの家に戻り、二人で使っている部屋であの少女との会話を回想する。
ショウたちと二、三歳程度しか違わないはずなのに大人っぽくて美人で、なのに身近に感じられる。
「っていうかケン。お前までレンさん狙いなのかよ。他の人にしろよ」
「ショウこそ」
レンのパーティは他のメンバーも美人揃いだ。金髪や銀髪の美少女までいて目にも華やかだし、惚れるのには十分すぎる。
ただ、美人すぎて少し気おくれしてしまう。その点、レンは、
「レンさんなら少しくらい無茶言っても『仕方ないなあ』で許してくれそうじゃん」
「わかる。今は女の人にしか見えないけど、元男だからなんだろうね」
狭い街だ。近所に住んでいる歳の近い女子とはだいたい知り合いだが、彼女たちは成長するにつれてショウたちを邪険に扱うようになった。
だんだんと膨らんできた胸や柔らかさを増していく肌をエロいとか不思議に思うのは当たり前だし、見てしまうのは仕方ないだろうに。視線に気づくと「最低」だのと言って睨んでくる。いや、そんなエロい身体している方が悪いのではないか。
「頼んだら胸、触らせてくれるかなあ、レンさん」
「焦ったら駄目だよ、ショウ。ちゃんと仲良くなってからお願いしないと」
「わかってるって。女をその気にさせるテクニック、ってやつだろ」
しかし、想像したら興奮してきてしまった。
今晩はなかなか寝付けないかもしれない。女と親しくなるチャンスのなかったショウたちが急にあんな美人と話せるようになったのだ。少しくらい情緒不安定になってしまっても仕方のない話。
どうせ同室にいるのはケンだし、他の部屋に聞こえない程度に騒がせてもらおう。
「でもさ、その気にさせるってどのくらいその気にさせたらいいんだろうな?」
「え? えーっと……レンさんの方から『触っていいよ』って言ってくれるまで、とか?」
「そんなのいつになるかわからないじゃないか」
街には「子供は近寄らないように」と言われているエリアがあって、そこには「お金を払えばエロいことのできる店」があるらしい。
小遣いを貯めて行くのでは格好がつかなかったが、これからは頑張れば自分たちで稼げる。
レンと仲良くなるのももちろんとして、我慢できなくなったらそこへ行ってみるという手もあるかもしれない。
「ああでも、デートっていくらかかるんだろうな? プレゼントとかもいるんだろ?」
「なんか、デートの時は男が全部払うのが常識らしいよ」
「マジかよ。結婚したらどうせ財布まとめるんだから誰が払っても同じじゃね?」
「でも、レンさんだって貧乏な男よりお金持ちの男の方がいいはず」
「じゃあ無駄遣いもできないじゃねえか。……くそ。でもレンさんだもんな。男なんて選び放題だよな絶対」
財布の中身を数え直しながら悶々とする少年二人。
彼らの夜、そして冒険はまだ始まったばかりである。
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