賑やかなクリスマス

 リザードマンキングが倒れたのは、それから数分後のことだった。


「……しぶとすぎだって」


 護衛のエリート二体、それから生き残りのリザードマンたちがいたとはいえ、メイとマリアベルのツートップを相手にこれだけ持ちこたえたのだ。

 王の名を冠するだけのことはある。

 湾曲刀の一撃は鋭く、動きも早くて的確。何度も攻撃を喰らいながらも動き続け、崩れ落ちて光に変わる瞬間まで威圧感を発揮し続けた。

 レンやシオン、アイリスが取り巻きをさっさと片付けられなければ勝負はどうなっていたかわからない。


「ドロップ品だね」


 三十階の勝利条件はキングの撃破。

 生き残って隠れていたリザードマンも多少はいたかもしれないが、それらも戦闘終了と同時に消滅し、代わりにドロップ品が出現した。

 戦闘では出番が少なかったフーリが率先してそれらを回収しにかかり、みんなの疲れを吹き飛ばそうとするかのように歓声を上げた。


「わ、これすっごい豪華! ダンジョンってやっぱり儲かるよね」


 ドロップ品を整理して回収する間にHPの回復を行ったものの、さすがに仲間たちの疲労は濃く、すぐには動きたくない、という雰囲気が発散されていた。

 これ以上の戦闘がないのをいいことにしばらく休み、ついでに通常サイズに戻ったシオンを抱かせてもらってMPを回復する。フーリもアイリスも今は「ずるい」とは言ってこず、「私を抱いてくださっても構いませんが」と茶目っ気を出したのはメイ一人だった。

 それでも、十分もすれば動く気力は回復して。

 村を離れたレンたちは歩いて十分ほどの距離にある下り階段、および石碑へとたどり着いた。


『叶わなかった反撃を成し遂げ、我らの無念を晴らすために、子らへさらなる力を』


 内容を確認し、書き写し終わったアイリスとメイがステータスを確認。

 するとアイリスがすぐに歓声を上げた。


「種族の欄にレベルが増えてます!」


 メイ以外の全員が集まり、アイリスのウィンドウを覗き込む。すると確かにそこには「種族:ハーフエルフ レベル:1」の表示が。

 併せて経験値のカウントも始まっている。

 メイの方もゴーレムのレベルがカウントされるようになっていた。つまり、ここからはアイリスたちもレベルアップできるということだ。


「じゃあ、アイリスの魔法が一気に強くなるし──」

「メイちゃんもボディをどんどん改造できるようになる?」

「はい! 使いたかった魔法もどんどん覚えられそうです」

「長い道のりでしたが、母にドヤ顔される日々もこれで終わりにできるかもしれません」


 レベル1から始まるというのも朗報である。

 アイリスたちはすでに自前の努力によって複数のスキルを所持している。低レベルのうちはどんどんレベルアップできる──このあたりの階層ならモンスターを一体倒すだけでレベルが上がる勢いだろうから、スキルポイントはガンガン入る。

 レベル上昇によるステータスアップも含めればレンたちの能力に一気に近づき、一線級の実力を発揮できるようになるだろう。


「でも、叶わなかった反撃ってどういう意味でしょう?」


 首を傾げたアイリスにシオンが答えた。


「滅ぶ前のこの世界の方々の悲願──ということではないでしょうか」


 翌日、レンたちからの報告を聞いた賢者も同じような見解を示した。

(三十階をクリアしたから明日会いに行く、とメッセージを送ったら「今から来い」という勢いの返信があったものの「疲れたから無理」と返して待ってもらった)


「おそらく、二十階や三十階の戦いは滅ぶ前のこの世界において実際に行われた──あるいは、行われる可能性のあった戦いをなぞっているのだろうな」

「じゃあ、もっと下の階の戦いも?」

「ああ。節目の階においてはその傾向が顕著にある。我々は欠片による世界の構築と同時に、再現された敵勢力を打倒することによって世界の救済をさせられているのだ」


 もちろん、滅んでしまった世界が元に戻るわけではない。

 それでも、神殿やダンジョンを作った者たちはなにもせずにはいられなかった。


「ダンジョンを進み、最後の敵を討ち果たした時──我々は世界を脅かした敵に勝ったことになる。それでようやく本当の意味でこの世界は救われ、我々の使命が終わるわけだ」

「……それ、いったいどれだけ先の話になるわけ?」

「さあな。少なくとも五十階では終わらなかった」


 三十階の時点で「二百匹レベルの敵集落を壊滅せよ」と言われているわけだが。

 一パーティに命じるにはハードなミッションが続くのは世界一つを救わせるつもりだからなのか。ぶっちゃけそんなの英雄でもないと無理である。

 実際、英雄が足りなかったからこの世界は一度滅んだのだろうが。


「アイリスとメイが種族レベルを得たのも朗報だ」


 レンたちが黙ったのを見た賢者は話題を変えた。

 声も幾分か明るくなり、その顔には明らかな笑みが浮かぶ。


「君達の戦力はこれで大幅に上がるだろう。これからの活躍にも期待しているぞ」

「それはいいけど、また子供を投入しようとか無茶は言わない?」


 これまでのことを思い出しながら睨みつけると、賢者は「言わないさ」と首を振った。


「何しろ追加されたのが『種族レベル』だ。対応する人間があまりにも限られすぎる」


 この世界に住む多くの者は「種族:人間」である。その効果は基礎ステータスへの補正。クラス特性がより顕著になり、身体能力や魔法の威力が高くなる。

 おそらく人間が三十階をクリアした場合はこの効果が発揮されて地味に強くなるのだろうが、死ぬほど苦労して三十階までたどり着いて「地味なステータス強化です!」と言われても少々アレだ。

 どうせなら人間以外の者を送り込んでどーん! とスキルを強化してやりたいし、そうでないとさらに深く進ませるのは厳しいだろう。


「候補としてはアイリスやメイの妹等が挙がるが──数少ない異種族の子を危険にさらすのはリスクも伴う」


 それを言うならアイリスたちだって同じではある。ただ、一人目と二人目以降ではその意味合いや重要度が大きく変わってくる。

 アイリスたちに関してはレンたちが同行していることである程度の安全が確保できているという面もあるし、一概に同じようには考えられない。


「彼女達に関しては潜りたければ自分から言い出すだろう。そうでないのであれば結婚をして子供を儲けてくれればそれで良い」

「そうやって異種族の子供を増やして十年後、二十年後に期待するって?」

「そうだ。近い未来──五年程度のうちにダンジョンが攻略されるプランは別の者に託したからな」


 皆まで言わずとも、それがレンたちであることは察しがついた。

 レンはため息をついて、


「たぶん、しばらくはペースを落としてレベル上げを挟むと思う。下手したら三十五階をクリアするのは後半年かかるかもしれない」

「構わないさ。それでも我々よりはずっと速い。やはり君達を集めたのは間違っていなかった」


 サキュバス、ハーフエルフ、ゴーレム、妖狐。

 多様な種族とそのスキルがここまでレンたちを引っ張ってきた。もちろん、レンとしてはフーリとマリアベル──レンたちについてきてくれている人間二人が弱いとは思っていない。むしろ彼女たちがいなければここまで来られなかったと思っているが。

 アイリスとメイが強くなってくれればまたパーティの戦力は上がる。


「やれるだけのことはやるよ。わたしだって日本には帰りたいし」


 結局、レンはそう言ってこれからの戦いについて約束した。



   ◇    ◇    ◇



 二年目のクリスマスは近隣住民に加えてアイリスの家族、さらに娼館のお姉さんたちも呼んで盛大にお祝いすることにした。

 参加者は一人を除いて全員女子。

 ただ一人の男性となったアイリスの父は、普段は男子禁制である空間の隅のほうで若干、いやかなり居心地悪そうにしていた。彼の参加が許された主な理由は森の中でひっそり暮らしているというストイックなところと、未だ若い妻を差し置いて他の女に手を出すか?というところだ。

(高レベルのエルフであるアイリスの母を怒らせたら絶対怖い、というのもある)


「お父さん、すみません。無理を言って参加してもらって」


 近づいて話しかけると、アイリスの父は「君にお父さんと言われると変な気分だな」と呟いてから、


「いいんだ。子供達も喜んでいるし、妻にとっても良い息抜きになるだろう。君達が森の近くに引っ越してきてくれたのは本当によかったと思う」

「それなら良かったです」


 微笑んで、屋外で行われている宴に目をやる。

 シンプルなテーブルの上には各家から持ち寄られた料理がずらりと並んでいる。本職の料理店からテイクアウトしてきた品まである豪華なメニューであり、さらに酒の在庫もたっぷりだ。この住宅街ができてしばらく経ち、住民たちも気心が知れてきているせいか和やかなムードである。

 レンの手にも料理の盛られた皿と赤ワインの入ったグラスがある。

 冬の冷たい空気をどこか心地良く感じながら料理をつまんでいると、


「しかし、その格好はどうなんだ」

「? これ、可愛くないですか?」


 レンの格好は白と赤で構成された季節的コスチューム──要するにサンタ服である。

 あれから何度か通わせてもらっているコスプレ店(メイのメイド服を購入した店だ)が何着もセットで売り込んできたものを購入した。セットで買えば安くなるからとつられてしまった面はあるものの、もこもこしていてなかなかに暖かく、着心地も悪くない。

 みんなから引っ張りだこの扱いを受けているマスコット役のシオンも頭には動物用のサンタハットをつけており、なんだか縁起の良さそうな装いだ。

 しかし、アイリス父の表情はどこか硬く、


「まあ、なんだ。ここに男がいなくて良かったと心から思うよ」


 そこまで言われればさすがにレンも「あー」と気づいた。

 コスチュームの一部を膨らませている自身の胸と、ミニスカ気味のスカートを見下ろして、


「やっぱり男ってこういうの好きなんですね」

「君だって自分に当てはめてみればわかるだろう」

「いや。わたしは彼女もいませんでしたし、コスプレしてもらう妄想まではさすがに」


 制服姿の彼女とデートするだけでも十分に夢だったのである。

 女の子とそういう仲になったのはこっちに来てからなので結局、その手の妄想は実現していない。

 ……いや、制服自体はストレージに残っているのでフーリに着てもらうことは可能なのか。想像してみたところ、なし崩しにレンが着せられる様が浮かんだ。

 軽く首を振ってから「男には目に毒か」と思う。なにか羽織ろうにもレンの身体は重ね着に向いていない。仕方ないので身体を抱きしめて身を縮めるようにして気休め程度の効果を狙った。


「奥さんにこういうの着て欲しいとか思いますか?」

「いや。……ここだけの話、昔着てもらったことがある。彼女の姿は今でもあの頃のままだから、今でも容易に思い出せるよ」

「それはそれは」


 頻繁に腰を痛めているらしいメイの父親ほどではないにせよ、彼もなかなか男性らしいところがあるらしい。男とは誰しも若い頃はそういうものなのだが。

 レンはどうかというと、男のそういう切羽詰まった感はもうない。

 依然として「そういうこと」への興味というか欲求は強いのだが、定期的に相手をしてくれる人がいるので「我慢できない」という感覚は味わったことがない。

 たぶん、数日くらいお預けを喰らうと大変なことになるのだろう。

 そうなったらどうなるのか、少し想像してみたところすごいことになったので中止。


「……わたしも、すっかり『女の子』になってるってことですね」

「君は魅力的な女の子だよ。自信を持っていい」

「ありがとうございます」


 レンは微笑んで答え、そっとその場から身を離した。

 一人きりになっているアイリスの父に少しでも楽しんでもらおうと声をかけたものの、レンではもう「男同士で気楽な話」にはならないらしい。少し寂しくもあり、同時に今の自分を楽しめているという事実に少し嬉しくもあった。

 ちょうど挨拶回りなどを終えたアイリスの母がこちらに向かってくるところだったのでちょうどいい。会釈をしてすれ違い、仲間たちのところへ向かう。

 と、少し酔った様子のアイリスに腕を取られた。


「お父さんとなにを話していたんですか、レンさん?」

「ん。クリスマスっぽい服装だよね、っていう話だよ」


 アイリスもレンと同じくサンタ衣装である。ただし、レンのものがロングスリーブなのに対し、アイリスの衣装は動きやすそうなノースリーブ。会の中央ではたき火も行われているので寒くはないだろうが、こうして見るとなかなかに煽情的である。

 とはいえ、そんな風に感じるのはレンくらいなものらしく。

 普段着に帽子を被ったアイリスの妹たち二人は姉の格好を気にした様子もなくレンたちに駆け寄ってきた。


「お姉ちゃん、これもう食べた?」

「レンさん。お酒、お注ぎしましょうか?」


 アイリスと顔を見合わせてふっと笑いあう。


「ずいぶん賑やかになったね」

「はい! 賑やかで楽しいです!」


 転移からこれで一年半。

 思えば早いものである。あっという間だった一年半の間にいくつもの出会いがあった。自分の居場所もできて、目標もまだまだ残っている。

 突然始まったこの生活だけど、良い感じに進めている気がする。


「これからもよろしく」


 人の輪の中に入っていって、近くにいたフーリに声をかけると、彼女は「なに、あらたまって」と笑った。


「どっちかが死んだりしない限り、私たちは一緒だよ。でしょ?」

「確かに」


 相棒と笑いあっていたら誰かに後ろから抱きつかれた。

 柔らかな感触。


「いかがですか、ご主人様。試作品です」

「んー。柔らかいけど、ちょっと違和感があるかな」

「改良の余地ありですか、残念です」


 いつも通り淡々としたメイの様子にまた笑った。

 やっぱり退屈できそうにない。

 これからも、この仲間たちと一緒に戦いを続けていこう。レンはあらためてそう思った。

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