ニ十階攻略(後編)

「……これで九回、か」


 回を追うごとに数が増え、個体の性能も増していく敵戦力にさすがのレンたちも苦戦を強いられた。

 棒立ちで魔法を使っていただけのレンですら肩にずっしりと疲労を感じる。すかさず飛んできた範囲回復魔法が物理的な疲れを癒してくれたものの、精神的なそれまではどうしようもない。その範囲回復だって九回目にやってきた敵をかなり強引に一掃したお陰で撃てたものだ。


「さすがにもうMPがきついよ。でも、次で最後なんだよね?」

「ああ。次でボスを含めた最大戦力が来るはずだ」


 レンの答えを聞いた魔法使いの少女は「しょうがない、とっておきを使いますか」とストレージから小瓶を取り出した。

 高価なMPポーション。一気飲みのあとふぅ、と息を吐いてから「ん」と片手を差し出してきて、


「レンちゃんもちょっとでも回復しときなよ」

「ああ、ならありがたく」


 しっかりと指を絡めて手を握る。接触相手が二人になったことでMP回復効率が上がり、ほんのちょっとではあるが余裕ができた。

 そうしている間に地響きのような足音が聞こえてきて、


「あれか」


 彼方から迫りくる敵の集団。

 もはや気が遠くなりそうな数。下手をしたら百近いのではないだろうか。

 ゴブリンキングやオーククイーンを含み、ゴブリンパラディンも複数確認できる。彼らの総大将となっているのはエンシェントゴブリン。希少かつ強力な古代種らしい。

 あんな敵、万全の状態でも戦いたくないのだが


「よし、あれを倒せば終わりなんだな? やってやろうぜ!」


 リーダーが元気のいい声で号令をかける。

 彼だって装備のあちこちを綻ばせ、顔にも疲労の色が見える。だというのにそれをまるで気にしていないかのような威勢の良さだ。

 格好いいな、と素直に思う。

 彼の勇気は仲間たちにも伝播していき、まずは相棒である盗賊の少年が、


「あれは飛び道具なんか使ってる場合じゃねえな。……フーリ、それ返せ」

「おっけ。後はナイフこっちで勝負ね」


 聖職者の少女は残るMPで前衛に補助魔法をかけていく。彼女も秘蔵のMPポーションを飲み、最後の激戦に備えた。回復魔法を飛ばしてもらえるのはあと一回か、二回か。


「ご主人様、後で土をいただいてもよろしいでしょうか」

「ああ。好きなだけ食べていいぞ」


 メイの相変わらずな様子がとても嬉しい。思わず笑いそうになりながら答えると、マリアベルも常と変わらない穏やかな声で言った。


「正念場です。ですが、一人も欠けずにここまで来られたのです。負けるわけがありません。勝ちましょう」

「ああ」


 向こうのリーダーが口火を切ったのだから、レンが締めないことには負けた気分になる。

 ばさっと音を立てて翼を羽ばたかせると、レンは大きく宣言した。


「いくらいようとゴブリンとオークには違いない。蹴散らすぞ!」


 おう、と、みんなの声が唱和して、仲間たちは本格的な迎撃態勢に入った。

 敵との距離はだいぶ詰まってきている。


「さて。ここは出し惜しみしている場合じゃないな」

「だね。レンちゃん、牽制お願いしていい?」

「ああ、任せろ」


 二人の攻撃魔法担当はある共通する魔法補助スキルを持っている。

 MP消費が激しいためにここまで温存してきたそれは、レンもついこの前取ったばかり。使いどころが難しい代わりにうまく使えば絶大な効果を発揮する。


 『二重魔法ダブルキャスト』。


 ブーストを受けた百を超える石の雨が敵集団に降り注ぎ、悲鳴と怒号を生み出す。そしてそれを追いかけるように本命が着弾。

 ファイアーボール×2。

 ほぼ同時に発生した爆炎が相乗効果により非常識なレベルの熱量と衝撃を生み出す。最前線にいたゴブリン数体がなすすべもなく蒸発し、続く敵たちにも大きな影響を与えていく。

 爆発が収まった後も敵の数は一割減っているか減っていないかだったが、それでも十分。

 ここまでさんざん荒しまくった土地の状態は最悪。地面がえぐれ石が散乱する直進路を無理やり超えようとする敵たちは減速を余儀なくされる。当然、時間をかければそれだけ飛び道具を多く放てる。


「よし、残りMPは大魔法ぎりぎり。もうここで撃ち尽くしちゃおう! レンちゃん、上に連れてって!」

「お、おう!」


 慌てて少女を抱え上げ、上空に浮かび上がる。

 少女は杖を構えたまま精神を集中させ、ありったけの魔力を消費して最後の魔法を発動させた。


「ブリザード!」


 撃ち降ろすようにして発生した冷気の嵐がもたもたしている敵たちを直撃。半数ほどのゴブリンはオークの巨体に隠れることでダメージを軽減したものの、残りは為すすべもなく飲み込まれた。生き残った者にしても火傷の後に凍傷まで喰らってひどい状態。

 ヒーラーやパラディンが回復魔法を唱えて治療を行うも、もはやそれは織り込み済み。

 高台に降りたレンは魔法使いの少女とふたたび手を繋ぎ、アイリスの足に尻尾を巻きつけながらさらなる石弾を連発した。アイリスの矢も的確に前衛をスナイプ。


「そんだけやってくれれば十分すぎる。後は任せろ!」


 ぼろぼろになりながら抜けてきた敵たちへ前衛が果敢に突進。ちぎっては投げる勢いで蹴散らしていく。

 これで、後は勢いを殺さず最後まで戦い抜けるかどうか。

 上位クラスのゴブリンやオークは一撃で倒すのが難しい。後ろから追いついてきた彼らによってメイたちは二対一、三対一の状況に追い込まれていく。

 さらには階段前、聖職者の少女にまで敵が迫り、


「ドレインボルト」

「えいっ!」


 レンの悪あがきを喰らい、生命力を減らしたそいつに聖杖が炸裂。なんとか消滅した。


「よし、俺も降りてくる」

「え、危ないよレンちゃん……!?」

「大丈夫。ここまで来たらタゲを取った方がこっちも狙いやすい」


 階段前にふわりと舞い降り、ドレインボルトとマナボルトを織り交ぜて応戦。なんだかんだ言って「術者のMPが回復する攻撃魔法」は役に立った。攻撃が間に合わない時はぶん殴ってでも隙を作り、敵の数を減らしていく。

 何度かもらった攻撃の痛みは範囲回復魔法が癒してくれて、


「これで、後はお前らだけだ」


 気づけば敵はたったの三体になっていた。

 ゴブリンキング。オーククイーン。エンシェントゴブリン。

 軍勢を滅ぼされた彼らは憎々しげにリーダーたちを睨み、残る力の全てをもって襲いかかってくる。


「頼んだぞ、みんな」


 キングの鎧をメイの振るう金属槌メイスが粉砕。クイーンの心臓をリーダーの剣が深々と貫き、エンシェントゴブリンの頭蓋をマリアベルの回し蹴りが見事に砕いた。

 最後の一体が倒れ伏し、しん、と静寂が満ちて数秒。


「……終わったん、ですよね?」


 半信半疑とアイリスの呟きに、レンはゆっくり頷いた。


「ああ、終わった。勝ったぞ、俺たち」


 しばらく待ってもなにもやってこない。代わりに一同の前にいくつもの宝箱が降ってくると、ようやく実感が湧いてきた。

 レンを含む半数以上がその場に崩れ落ち、しばらく動かなくなる。

 終わったら打ち上げ、などと始まる前は言っていたものの、終わってすぐの心境としては「今すぐ帰って寝たい」だった。

 そんな中、比較的元気なシーフ二人は片っ端から宝箱を開けて報酬を確認していってくれる。敢えて別々ではなく一緒に動いて中を覗き込んでいるのは着服防止だ。そんなことする相手ではないとわかってはいるが、だからこそなあなあにはせずお互いに証拠を残しておく。


「ちょっとレンー? ちょっと休んだらみんなにヒールかけてあげてくれないー?」

「無茶言うな。さすがにMPが空だっての」


 と、服の袖がくいくいと引かれ、


「だったら、その、私から持っていってください」

「私でもいいけど?」

「お前から取ったらあいつらがうるさいだろ。……じゃあ、アイリス」

「はい」


 魔法使いの少女が興味深そうに見てくるのを感じながら、唇を触れ合わせて緊急回復。回復したMPを使い、まずは自分にヒール。次いでみんなに回復をかけていくとお疲れムードもだいぶマシになった。


「宝の方はどんな感じだ?」

「さすがに凄いよー? まず欠片の数が馬鹿みたい」


 一人につきニ十個。マリアベルを除くと八人で、アイリスとメイは二人分扱いなのでちょうど二百個だ。これはメンバーの各々の取り分として分けることにする。

 残りの宝は二等分しようと前もって決めていた。

 一個しかないアイテムについては売却額を基に、もらわなかった側のパーティには金銭を多く分ければいい。


「倒すたびにドロップ品が落ちてたらごちゃごちゃになるから、最後にまとめて落ちてきたみたいだね。お金と宝石だけで見たことない量だよ」

「そりゃああれだけ倒せばなあ……。二百以上倒しただろ」


 目玉としては転職石が一個、それからスキルの振り直しが可能となるリセットストーンが一個。魔法の武器やポーションもあった。


「ポーションはちょうどいいな。使った分だけ補填しよう」

「だね。消耗品代は大変だからねー」


 山分けとは別に持って行っていいと言ったのだが「ちゃんと代金は払う」と主張されてしまったため、代金がわりに空いたストレージを荷物運びに使わせてもらうことにした。中に放り込むのは当然メイの食事(土と石と金属)である。


「細かく二等分するのけっこう面倒だけど、どうする? 帰ってから後日にするか?」

「後からわかるように内容記録しておく方が面倒だろ。ここで分けようぜ。ある程度、値段はざっくりでもいいだろ」


 転職石は余りがあるので向こうのパーティに譲り、リセットストーンをもらった。

 区切りの階ということもあって二等分でもひと財産である。これだけあればしばらくはなにもしなくても生活費に困らないだろう。


「次の召喚があったら割引してもらえなくなるもんねー。今のうちにお金貯めておかないと」

「その割にお前ら金持ってそうだよな……。どうやって貯めてるんだ、一体?」

「別に特殊なことはしてないぞ。俺とメイの分の食費が浮くのが大きいんじゃないか?」

「燃費の良いのが一番の自慢ですので」


 市場価格で考えると「燃費がいい」は絶対嘘だが、まあ、ダンジョンに行けばタダで手に入るという意味では間違っていない。

 なお、レンに至ってはエナジードレインをうまく活用すると食費ゼロどころかマイナスである。やらないが。

 それから結構大量にあったオーク肉はレンたちの方で引きとっておく。ポークジャーキーが地味に評判いいのでごっそり加工して色々なところに配ればいい。


「さて。後は石碑の確認だな」

「向こうまで歩くのか。面倒くせえな……」


 荒れた地面を迂回し、数キロ先にある下り階段付近まで歩くのは正直「なんの遠足かな?」という感じもあったものの、ちゃんと確認しておかないと賢者から文句を言われそうだし、アイリスたちに新たな力が芽生えたかどうかもよくわからない。

 結果、石碑にはレンたち向けとアイリスたち向けの二つの文言が書かれていた。


『汝らが滅ぼした軍勢は敵の尖兵に過ぎない。真の敵はより強大である』

『己の実力を知り、学び励む事で道は開ける。先達へと教えを乞い、努力を重ねよ』


 新しく与えられた祝福は「スキル一覧の表示機能」だった。

 アイリスとメイ、それぞれが持っている魔法や能力がスキルという形で表示される。スキルポイントが増えたわけでもクラスレベルが追加されたわけでもないものの、なぜか未取得スキルが表示されていた。

 どういうことかは試しにアイリスに「ファイアボルト」を使ってもらうとわかった。


 生み出された炎が今までよりも明らかに大きくなっていたのだ。


「スキルレベルの補正が乗るようになった……ってことか?」

「たぶん、そうだと思います。ちょっとお母さんの魔法に近づけたような気がするので」


 スキルのレベルはよく使っているファイアボルトが高く、覚えているけどあまり使っていない魔法は1レベルのままだった。

 とはいえ、レンなんてほとんどのスキルが1レベルである。


「なるほど。アイリスさんやメイさんは本来、我々よりもよほど才能や実力を備えた存在なのですね」


 アイリスの場合は母親から教えを受ければ、メイの場合はいっぱい食べて機能を拡張すればポイントなしでスキルを獲得・強化できる。

 これからはそこにスキルレベルが乗るわけで、レンたちほど手軽ではないというだけで将来的に見れば彼女たちの方がずっと強い。


「ショウたちもか。……っても、あいつらにここを攻略させるのは気が引けるけどな」

「うん。ここは軽々しく来るところじゃないよ」

「あまりにも修羅場すぎたからな……」


 全員があと5レベルくらい上がって鼻歌交じりに引率できるようになったら来てもいいかもしれない。

 いや、5レベルじゃ鼻歌交じりは無理か。10レベル欲しい。


「ですがご主人様。理論上は未経験者を一人ずつここへ連れてくれば転職石やリセットストーンを量産できるわけですよね?」

「メイ。それは完全に生け贄だぞ」


 やり直しのきくゲームでならやってもいいが、リアルでやるなら絶対勝てる保証をつかないとやりたくない。


「っていうか、まず十六階から十九階をクリアしてもらうのがめちゃくちゃ大変だよね」

「ああ。ニ十階の祝福が欲しいな」


 ニ十階に到達するためにニ十階でもらえる特典が必要とはどういうことなのか。

 さすがにそれは無理としても、ショウたちには最低あと二年くらいかけてここに来て欲しい。アイリスとメイはつくづく規格外である。

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