続・ダークエルフの姫

「なかなかいい品揃えじゃない。気に入ったわ」

「ありがとうございます。ぜひ今後ともご贔屓に」


 新しい服を身に纏い、くるりと回ってみせるミーティア。

 彼女の眼鏡に適う衣装は意外と身近なところにあった。以前、メイのメイド服を購入した店。その後も何度か利用させてもらっている、女店主が一人で営むコスプレショップである。

 メイド服を売っていたように、コスプレと言ってもキャラクターもの以外も置いている。要するに非日常的な衣装はぜんぶコスプレという扱いだ。デザインや縫製にもこだわっており、そのぶんお値段はお高めではあるものの、メイやアイリスのような美少女にはぶっちゃけ似合う。

 フリフリの白いロリータ衣装を纏ったダークエルフのお姫様も文句なしに可愛かった。

 濃い色の肌と白い衣装のコントラストが良い。地味に所作が整っているため、こういうドレス的な服を着ると本当にお姫様のようだ。


「でも、少し意外かも。エルフとかダークエルフってもっと動きやすい服が好きなのかと」


 レンが言うと、少女は「まあ、それはそうだけど」と肩を竦めた。


「王族はしょっちゅう森を駆け回ったりしないもの。必要な時は着替えればいいわけだしね」

「そっか。お姫様だもんね」

「メイドの一人もいないのは不満だけれど、まあ、そこは我慢してあげる」


 今回はレンが着替えを手伝ったものの、ミーティアは一人でも身支度ができるようだ。狩りや戦闘の際、自分のことが自分でできないようでは役割が務まらないのだとか。

 レンは他にもいくつかお姫様の気に入った服を購入。

 このさい値段については目をつぶることにして下着類もいくつか買い求めた。意外とちゃっかりしている女店主はこれ幸いにとミーティアにオーダーメイドの話まで持ちかけている。料金はお得意様価格で安くしてくれるそうなので、まあ悪い話ではない。


「さあ、レン。帰るわよ。私をきちんとエスコートしなさい」

「かしこまりました、お姫様。ではお手をどうぞ」


 荷物はストレージにしまい、少女をお姫様だっこして空に舞い上がる。

 飛行すれば家まではそれほど時間がかからない。


「こういうのも悪くないわね。自分の魔法だと制御に忙しくてゆっくり景色を見渡せないもの」

「それなら良かった。飛ぶだけならタダだからいつでも言って」

「ええ。あなたには私のご機嫌を取る義務があるものね」


 どうやらお姫様は上機嫌のようだ。呼び方も「お前」から「あなた」になっているし、少しは打ち解けてくれたらしい。

 しばし街の景色を上から眺めて、


「でも、不思議ね。さっきの店を見る限りだと腕前はともかく、文化的には私の世界とそう変わらないようにも見えるのだけれど」

「あー。わたしたちから見るとさっきの店の服は特殊な部類だから。普通はああいうの着ないんだよ」

「そうなのね」


 レンたちの日常がミーティアにとってはファンタジーであり、その逆もまたしかりというわけだ。


「じゃあ、レンの故郷はどんなところなのかしら?」

「んー……よくある表現だと、鋼鉄と歯車でできた馬が道を行きかったり、魔法を使わず空を飛ぶ乗り物があったりするところ、かな」

「鋼鉄の馬? 魔法を使わず空を? なんなのよそれは。そんなものに攻められたら勝てる気がしないわ」

「大丈夫。わたしたちの世界からは年に一度、少人数が召喚されてきているだけだから」


 道中でレンたちの事情を簡単に話してきかせると、少女はしばらく黙ってから「そう」と言った。


「あなたたちも苦労しているのね」

「まあね。だから、できれば故郷に帰りたいなって」

「故郷、ね」


 ミーティアは空の向こう──世界を断絶する闇を見つめて、


「私のいた世界が滅びたのだとして、いったいそれは何年何月の出来事だったのかしら」



   ◇    ◇    ◇



 ミーティアのいた世界──おそらく、滅びる前のこの世界とイコールだろう──は、人と魔が争いあう世界だったらしい。


 人間やエルフは人の側に。

 ダークエルフやサキュバスの魔の側に属していた。


 争いが激化したのは最近のことで、魔の陣営を統べる存在──すなわち魔王が即位したのがきっかけだった。

 魔族は混沌を尊び、破壊を喜びとする。先代の魔王は比較的穏健派で「破壊の前には創造が必要である」として人の存在を認めていたのだが、新しい魔王は無制限の破壊を求めた。

 長い膠着状態の間に人の勢力が拡大していたこともあり、魔の陣営は新魔王の方針を歓迎した。ミーティアたちの一族もそうだった。


「私たちは別に世界そのものの破壊を望んでいたわけじゃない。ダークエルフは秩序を破壊し、弱肉強食の理念に則って人の上に立ちたかっただけ」


 本当に人の陣営を根絶やしにできるなどとは、おそらく多くの者が思っていなかった。

 魔王が邪神降臨を企てているという話も耳にはしていたが、ミーティアは成功するとは考えていなかった。


「人と魔の争いの歴史は長いわ。どうせ今回も人の側から英雄が現れて痛み分けで終わる。そう思っていたのよ」

「でも、そうじゃなかった?」

「おそらくは、ね。私がエルフの集落をひとつ滅ぼしたくらいで歴史が大きく動いたとは思わないけど」


 小さな勝利の積み重ねが徐々に人の陣営を脅かしていったのだろう。

 世界が滅びるまでにどれだけの時間がかかったのかはわからない。もしかしたら数十年、百年経っていたかもしれない。


「でもまあ、きっと私の生きている間だったでしょうね。世界の記憶とやらに詳細が残っているんだもの」


 ダークエルフの寿命は長い。

 果たして、本当に世界が滅びるとわかった時、この少女はどう思ったのか。


「あのまま行ったら世界ごと滅んでいた──なんて言われても、正直実感は湧かないわ。あなたたちの推測がおそらく、そう外れてはいないとわかっていても、ね」


 少女の語った内容は文章として記録し、賢者に渡すことにした。

 滅ぶ前の世界についてわかったところでダンジョン攻略にどれだけ役立つか、レンとしては疑問だったりもするのだが、賢者ならなにかしらのアイデアを思いつくだろう。


「ミーちゃん、こうやって生きながらえちゃったからには長生きしようね?」

「そうね。そうさせてもらう……って、なによそのミーちゃんって」

「え? ミーティアちゃんだと長いからミーちゃん。だめ?」


 首を傾げて問うフーリ。

 レンとしては可愛いと思うのだが、お姫様はお気に召さなかったのか微妙な顔をして「なんなのこの子」と囁いてきた。


「ああ、フーリはちょっと悪戯好きだから。でも、仲良くなりたいだけで悪気はないと思う」

「それはまあわかるけれど……。私たちはある意味敵というか、ライバル同士じゃない。そんな風にすり寄られても調子が狂うわ」

「敵とかライバルとか堅苦しく考えなくてもよくない? 同じ人を好きになったんだから友達ってことで。ね?」

「そういうものかしら……って、私はしきたりで結婚を決めただけで、レンのことを好きになったわけじゃないんだからね!?」

「はいはいツンデレツンデレ」

「ちょっと、私の知らない言葉を使うのは止めなさい!」


 さすがに翻訳機能を用いても相手の知らない概念を伝えるのは難しいらしい。


「ところで、レンさま、ミーティアさま。ミーティアさまは現状、翻訳によってわたくしたちと会話をしている状態だと思うのですが」

「うん」

「ええ」

「もし、ミーティアさまにダンジョンへ同行していただいた場合、やはり会話は通じなくなるのでしょうか。……それから、三十五階にもう一度赴いたとして、そこにミーティアさまは存在しているのでしょうか」

「………」


 レンとしても考えていなかったわけではない。

 ダンジョンの障害が利用のたびに自動生成される、MMORPGなどで言うところのインスタンスダンジョンのようなものだとすれば、もう一度挑んでも普通にミーティアがそこにいて、しかも頑張れば捕縛可能だったりする可能性はある。

 ユニークNPCの増殖。

 もし起こったとしたらあまりにもゲーム的だ。絶対にないとも言い切れないが、


「たぶん、三十五階にはもうミーティアは現れないんじゃないかな。少なくともわたしたちの行く三十五階には」


 ゲーム的に考えても「ミーティアを連れ帰る」というフラグが立っている状態なわけで。

 この状態でダンジョンに行ってミーティアが現れるのはなんというか作りこみが甘いと言わざるをえない。

 これに当の少女はため息を吐いて、


「そうでしょうね。……というか、そうでないと困るわ。最悪、私が私と会話するようなことだって起こりえるじゃない」

「自己同一性が保てなくなって発狂しそうですね」

「いや、本気でやばいやつだからそれ」

「私たちゴーレムは同性能の個体がいたとしても『そういうもの』で済ませられるのですが」


 そうは言っても、さすがのメイも記憶まで同じ個体が登場したら狼狽えるのではないだろうか。


「ねえ、その三十五階とやらが私のいた戦場なのよね? また行くの?」

「行くよ。エルフの村を守らないと三十六階に進めないから」

「そう。……つまり、私たちが悪者なのね」

「わたしたちは滅んだ世界を作り直す側だからね。守ろうとしていた側の味方になるのは仕方ないよ」


 ミーティアにとっては部下が殺されるのを見過ごすことになる。いい気分じゃないに決まってる。もちろん、あの階に彼女を連れて行く気はないが、それでもだ。

 レンの内心を察したのか、少女は「勘違いしないでよね」と睨むような表情を浮かべて、


「私だって世界に滅んで欲しかったわけじゃない。魔王が本気で邪神降臨に踏み切ったら敵に回ったかもしれない。……まして、あなたたちの行く場所はかりそめの作り物に過ぎないんでしょう? 必要以上に感情移入しても仕方ないのはわかっている」

「でも、完全に割り切れる?」

「難しいかもしれないわね」


 当然だ。レンは少し考えてから「すぐに行く必要はないから」と言った。


「ずっとは無理だけど、一か月くらいなら伸ばせる。その間は他の階の攻略でもするよ」

「ちなみにその階には何が出るのかしら?」

「ゴブリンとか、オークとか、リザードマンとか」

「ああ、まあ、それならいいわ。あいつら好戦的過ぎて話が合わないし」

「ダークエルフも人のことは言えない気がするんですけど」

「アイリスちゃん、ちょっとだけ我慢して。私もわりとそう思うけど」

「聞こえてるわよそこの二人。……まったくもう。ここにいると退屈しなさそうね」


 苦笑気味の呟きは良い意味なのか悪い意味なのか。

 いずれにせよ、ある程度割り切ったらしいお姫様はレンに視線を向けて。


「今夜、付き合いなさい。酒とつまみを用意して待っていること」


 そんなことを言ってきた。



    ◆    ◆    ◆



 好きになったわけじゃない。

 フーリに答えたのは嘘ではない。出会って数日。しかも出会い方は最悪だった。突然現れて攻撃したきたサキュバスに一対一で負け、唇まで奪われたのだから。

 けれど。

 そのサキュバス──レンは、悔しいくらいに強く美しかった。力を象徴するかのように大きな翼、どこか艶めかしく揺れる尻尾。蠱惑的な光を宿す瞳。近づけば嫌味のない、それでいて甘い香りが鼻をくすぐる。一般的な攻撃魔法を信じられない威力と精度で操り、ダークエルフの中ではかなり腕が立つはずのミーティアでさえ足止めするのがやっとだった。


 だから。


 自由を奪われ、深くて長いキスをされたあの出来事は心に深く刻み込まれた。


「ちゃんと酒とつまみは用意したかしら?」


 昼間とは別の、深い青を基調としたドレスを纏い部屋に赴くと、レンは背中の大きく開いた部屋着姿で出迎えてくれた。

 彼女はミーティアを見て目を丸くして、


「夜だから下着姿とかで来るかと思った」

「まさか。そんな安売りはしないわ。私を誰だと思っているの」


 夜這いだとでも思っていたのだろうか。しかし、それにしてはしっかりと要望のものは用意されていた。


「ミーティアは果実酒のほうが好きなのかな? ワインの他に日本酒もあるんだけど」

「ニホンシュ?」

「米のお酒だね。すっきりした味がして美味しいよ」

「じゃあ、それも飲んでみようかしら」


 ベッドに座ろうとしたレンを引き留め、テーブルを挟んで向かい合う。

 グラスに注がれた日本酒とやらは透き通った見た目で、まるで水のようだった。水だと思って一気に飲むと大変なことになる、と警告されたので少量を口に含めば──。


「これは、ワインとは別物ね」

「口に合わなかった?」

「いいえ、美味しいと思うわ。余計な香りも苦みもないから飲みやすい」

「じゃあ、ウイスキーとかエールはだめなのかな」

「そうね。人間やドワーフが好んでいる、と聞いて、似たようなものを飲んだことはあるけれど」


 つまみはチーズと、オーク肉を乾燥させたもの。塩漬けにしたうえで燻製にしてあるらしく、なんとも酒の進む一品である。


「あなたって何歳なの? なかなかに飲みなれているように見えるのだけれど」

「まだ十七歳だよ。慣れているように見えるとしたら、先輩方がいろいろ教えてくれるせいかな」

「ふうん。まあ、人間の十七なら成人だものね。ある程度精神が出来上がってからサキュバスに変化した──珍しい事例だけれど、それならこうもなるか」

「ちなみにミーティアは何歳なのかな?」

「レディに歳を尋ねるものじゃないわ」


 なんとなくそう言って窘めたものの、ミーティアもそれほど歳を取っているわけではない。ダークエルフとしては若者である。二人とも長寿の種族であるのを考えれば、年齢差も微々たるものと言っていい。


「……一緒に飲める相手がいるというのも悪くないものね」

「えっと、じゃあ今までは?」

「同格の相手なんてほとんどいなかったもの。まして、酒を飲むなんて、弱みを見せるようなものじゃない」


 ここは敵地だ。

 それを考えれば気を緩めるのは良くないのだろうが、レンたちが自分を害さないことだけはなぜか確信できた。既に英雄級に近い実力を持っているくせにお人好し過ぎる。

 だからこそ、こうして絆されてしまったのかもしれない。


「せっかくだから、どちらが先に潰れるか勝負しましょうか」

「そういうくらいだからけっこう飲めるんだよね? ……お財布も考えるとあんまり無茶はしたくないんだけど」

「タダで、とは言わないわ。私が負けたら後は好きにして構わない」


 レンは結局、この誘いに乗ってきた。

 結果については敢えて語らないが、一言だけ言うのであれば──サキュバスがこれほど酒豪だとは知らなかった。

 ミーティアは翌朝、ベッドの上でそれをしみじみと実感したのだった。

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