いざ、四十一階へ

 年末年始は昨年以上の大忙しになった。

 男子禁制の住宅地に入らず神社へ行ける、通称「男道」が整備されたことで参拝客が増え、おみくじやお神酒の補充が頻繁に要るように。

 初詣も大繁盛が予想されるため、そのための準備にも追われることになった。

 人手確保も重要になったが、新たな仲間であるミーティアはというと、


「なんで私が下々の者のために働かないといけないのかしら?」


 と、食べ物飲み物を配る仕事にはきっぱり「ノー」を宣言。


「本来、主人はどっしり構えて客が来るのを待っているものでしょう」

「んー……まあ、この場合、神社の主人はシオンであってわたしたちじゃないし」


 結局「客の話し相手になるだけなら」ということで協力を取り付けた。お姫様だけあって挨拶回りに対応するのには慣れているらしい。

 ただ、それだけだと手が足りないのでアイリスの妹たち、それからこの間会ったメイの妹にも手伝ってもらうことにした。

 用意した食材・甘酒は去年よりもだいぶ多め。

 奮発して今年は清酒も用意した。その代わり、クリスマスと大晦日の夜は多いにみんなで飲み食いして盛り上がった。


 初日の出は家の屋根の上で見た。

 アイリスとミーティアが主導で作り上げた山は見事に完成し、街の人の中から二十人以上が「いざ日の出を見に行かん」と登山+宴会を決行していたが、レンたちは例によって「寒いし明日早いし」ということで一行と森の入り口あたりで挨拶し、それ以上は関わらなかった。

 そうして大盛況の一月一日を乗り切り、年明け初のダンジョンは、


『さ、四十一階だ』


 入り口を抜けると、そこはどこかの砦の中だった。

 物置かなにかなのか、木箱などが雑然と積まれた部屋。その奥にぽっかりと階段が口を開けている。例によってレンたち以外にはこの階段は知覚できないはずだ。

 外に出ると当然のごとく通路が伸びている。

 砦は石造りで、人間なら二、三人が並んで歩ける程度の広さ。この時点で大型の魔物が棲んでいるわけではないことがわかるが、それもそのはず。

 ここは魔物ではなく『人間』の砦だ。


『さて、どっちに行きましょうか』


 左右に伸びる通路を見回しながらミーティアがテレパシーを発する。その眉は若干顰められており「風情がないわね。これだから人間の建築物は」とでも思っていそうだ。


『とりあえず、人の多そうな方かな』


 四十一階以降の攻略本情報は不確かなものが抜けが多く、完全には信用できない。それでも入り口付近からの鉄板ルートくらいは整備されているので、レンたちはそれに従うことにした。

 砦の中は静かだ。

 なにかが起こっているという様子ではない。人の気配もあり、その証拠にしばらく歩くと剣を腰に下げた男二人と出くわした。

 彼らはレンたちの姿を確認すると「え?」とばかりに二度見してきた後、


「何者だ!?」


 という意味だと思われる異世界語を発してきた。

 剣を手にかけ身構える彼らの前にミーティアが進み出る。なにも持っていないことを示してから両手を組み、胸の上に置いて「戦う気がない」ことを表明。

 会話の内容は異世界語を勉強中のレンたちには断片的にしかわからなかったため、後からミーティアに聞いたものだが、


「落ち着きなさい。私たちは敵じゃないわ。お前たちに警告と協力をするために来たの」

「協力だと?」

「ダークエルフが何を言う! それに後ろにいるのは悪魔だろう!?」

「なら、精霊とハーフエルフがいるのもわかるでしょう。私たちは魔の軍勢には属していない。むしろ敵対している者よ」


 男たち──砦に所属する兵士たちは半信半疑といった様子ではあったものの、レンたちが一行に敵意を見せないこともあってある程度の理解は示してくれた。


「それで、用件は何だ? どうやってこの砦に侵入した?」

「侵入方法は悪いけど言えない。用件はさっきも言った通り警告よ。もうすぐこの砦は多くの魔物に襲われる。このままだと全員殺されるわ」


 四十一階から続く砦のダンジョンはクリア条件が「防衛の成功」。

 区切りの階で繰り広げてきたような戦いをごくごく普通の階で求められるのがこの先の戦いだと、攻略本にはどこか憤りを感じるタッチで綴られていた。



   ◇    ◇    ◇



 兵士たちは仲間を呼んだうえ、レンたちを取り囲んだ状態で責任者の元へと連行した。


『さっさと警備を強化して欲しいのだけれど、面倒なものね』

『まあまあミーちゃん。ミーちゃんのおかげで戦いにならなかっただけありがたいよ』


 レンたちは異世界人と会話が通じない。

 文字はある程度解読できているものの、なにしろ話者が一人もいなかった。今までの攻略者たちは砦の兵士と意思疎通がほぼできない状態で対処しなければならなかった。

 ダークエルフやサキュバスのいるレンたちと違って人間だけのパーティならすぐさま敵とは見做されないとはいえ、いつの間にか砦に入り込んでいた言葉の通じない者たちだ。当然警戒されることになり──最初の頃は砦の兵士も蹴散らしつつ敵に対処するのがデフォルトだったらしい。

 賢者が異世界文字をある程度解析した後はあらかじめ用件を書いた手紙を用意してそれを提示、なんとか「敵ではないが味方でもない」くらいの立ち位置を獲得して戦いを開始していた。


 なので、すんなりと責任者に会いに行けたのはレンたちが初めてかもしれない。


「貴様らが協力者だと? 俄かには信じがたいが」


 話を聞いた中年の大柄な男性は腕組みをしてしかめ面を浮かべ、


「虚偽だとすれば危険を冒してまでこの砦に乗り込んできた意図がわからん。敵意があるのならさっさと行動に移るしているだろうしな。それを思えば──」


 瞬間、金属を叩くような騒がしい音が砦中に鳴り響いた。


「敵襲! 敵襲! 魔物の群れが砦へ向けて接近中! 方角は北、北東、北西! 数はそれぞれ五十、百──た、大群です!」

「信じないわけにはいかなくなったか。……敵を倒すまでは協力できる、と考えて良いのだな?」

「ええ。お前たちを害するつもりはないから安心しなさい。それより、早く動かないとまずいわよ」

「そのようだ」


 ミーティアは相手方に自由行動の許可を取ると証明書代わりの腕章を人数分受け取り、


『さ、行きましょうか』


 と、レンたちを促した。

 適当な物見塔まで飛んで見渡すと、確かに三方向から魔物の群れらしきものがこちらへ向かってきている。到着までにはあと十分もないだろう。

 周辺警戒にあたっていた兵が偶然見つけて知らせてくれたため、比較的準備の時間が取れた。まあ、この数にこれだけ近づかれてしまった時点で壊滅的被害は免れないのだが。

 他の街や砦に伝令を出したり兵を集めたりは砦の者たちがやってくれるはずなので、レンたちは敵を倒すことに集中する。


『二手に分かれようか。わたしとフーリで右に、シオンとアイリス、ミーティアで左に。メイはゆっくり中央の敵を迎え撃ってくれる?』

『メイちゃん一人で真ん中?』

『左右が攻撃されてるのを無視されたらきついかもだけど、砦の兵士もいるはずだし』


 応援を送りたくなるくらいレンたちが頑張ればいい、という話。


『おっけ。じゃあ、私はレンに運んでもらおうかな』

『あ、アレやるんだ?』

『うん』


 パートナーの意向を確認したレンは、直立したフーリを後ろから抱きしめた。

 すると、少女の身体が溶けるようにして形を失っていく。非実体化とも少し異なる状態となった彼女はそのまま、後ろにいるレンの身体へと吸い込まれていく。

 手が、足が、顔が重なり、レンが動くとそれに応じてフーリも動く状態に。

 「精霊憑依」。

 誰かに乗り移ることで相手に力を与えるフーリのスキルだ。この状態なら二人で一人、一人で二人なので思いっきり力が出せる。


『みんな、十分気をつけて』

『わかっているわ。あなたこそ、下手を踏まないようにね』

『こちらはお任せください、レンさま』

『では、私はのんびり待ち構えさせていただきます』


 メイは砦の外までシオンに運んでもらうことにした。

 その間にレンは翼を広げ、空へ。


《んー、気持ちいい!》


 フーリの声がテレパシーではなく、まるで自分が考えたことのように頭に響く。憑依状態だとこうしてノータイムで意思疎通が可能だ。

 加えて、レンの身体には風の魔力が漲っている。

 飛行のスピードは通常状態よりも明らかに速く、接敵するまでにそう時間はかからない。


 敵は大群だ。


 二十階のボス戦と変わらないか、むしろ多いくらいの数。

 構成はゴブリンにオーク、リザードマンにオーガ。さらにダークエルフまでいる。明らかに突発的な攻撃ではなく、組織だった軍勢による攻撃だ。

 彼らもさすがにレンたちに気づいていて攻撃態勢を取ってくる。しかし、動いたのはレンの方が速い。 


「ウインドブラスト!」


 ブースト付き、風の精霊の力によって威力を強化された突風はもはや目に見えない超巨大な鈍器で殴りつけているようなものだ。

 二重魔法ダブルキャストによって威力はさらに倍。

 軽いゴブリンやリザードマン、ダークエルフはこれに耐えきれず吹き飛ばされていき、オークやオーガもさすがに動きが止まる。

 そこへ、


《ウインドブラスト!》


 駄目押しの

 憑依状態だとレンはフーリのスキルを全て使用できる。また、フーリのほうもレンの風属性スキルを利用可能なのだ。

 魔法攻撃力も二人のうち高いほう──この場合はレンのものが採用されるため、


《これ、二回行動してるようなものだよね?》

《うん。わたし、ちょっと大魔王になった気分》


 立て続けに放たれた三発の風槌に敵軍は大混乱。

 最も身体が大きく耐久力もあるオーガが真っ先に立ち直って投石を仕掛けてくるも、レンたちは攻撃しながらも動きを止めてはいない。ちょっとした岩ほどもある石が次々と狙いを逸れてどこかへと飛んでいく。

 投石器代わりに砦の壁に投げつけるつもりだったのだろうから、石の数を減らすことができただけでもなかなかの戦果だ。

 もちろん、位置を変えながら魔法攻撃は続行。


 四発目からゴブリンを筆頭に体力の低い者、魔法が直撃した者が消滅し始めた。レンの風魔法は殺傷能力が低めだったのだが、この域まで達してくれれば防御と攻撃両方を兼ねられる。


《レンのMPが使えるから魔法撃ち放題だね》

《いや、さすがにえんえん撃ってたらわたしのMPも尽きるからね?》


 とは言え、仲間たちからのエナジードレインもあるしフーリのMPを使うことももちろんできる。

 レベルアップに加え、暇を見てはスキルで最大値を増やし続けているレンのMPはもはや非常識。それこそ魔王クラスなのではないかという有様であり、


《レン、ダークエルフ隊が離れようとしてる》

《ほんとだ。じゃあ、周り込みながら風を叩き込んで、っと》


 気を抜くことはできないものの、敵軍の三分の一を二人で食い止めることに成功した。要は風から逃れようとする敵にさえ気をつければ風で足止めができるのである。

 と、レンの視界に別方向から飛行してくるダークエルフの一団が入った。


《あれ、真ん中の部隊じゃない?》

《だね。これはさすがにやっかいかな》


 作戦変更。位置取りを変え、新たにやってきた敵と今までいた敵を両方狙えるようにしながらフルパワーの「マジックアロー」を降らせていく。

 防御はフーリが「ウインドブラスト」で担当。


《これはこれでラッキーかも。中央の敵が減ってくれれば》

《メイちゃんの負担も減るし、砦の人たちも楽になるよね》


 ダークエルフ隊の後方からは数体のオーガまでやってきた。

 さすがに楽な戦いではないものの、こういう戦いのためにレンたちは時間をかけて準備をしてきた。

 四十階で手こずった時と同じ強さではないし、なによりこのフィールドなら飛び回れるだけの空間がある。

 あっという間に殲滅、とまでは行かずとも着実に敵を削っていき、辺りに敵がいなくなった頃には、


《やってるね》

《うん。でも、あれくらいならなんとかなりそう》


 砦の兵士たちと(数を減らした)砦の中央部隊との戦いが始まっていた。

 兵士たちに交じって最前線にはメイの姿。彼女は左右の腕につけた砲門(!)から火球を撃ち放って敵を撃墜していた。

 えぐい。

 あれは何か月かかけて掘り出し物を探したものの「これ!」という武器がなかったことから代わりに用意した攻撃手段だ。

 高いお金を出して火の精霊石──火の精霊が宿ると言われるマジックアイテムを購入。メイはこれを内部に組み込むことで火の属性を操れるようになった。これで以前苦労した体温問題も解決したのだがそれはともかく、


『これでメイさんもファイアボルトが撃てるようになったんですよね?』

『そうなのですが、このまま撃つと私の活動エネルギーを削りながら放つことになるので、さらに一工夫します』


 あらかじめ炎のつぶてを発生させる特殊な弾丸を作成、戦闘ではそれを発射することでエネルギーの消耗タイミングを分散、弾の在庫という問題はあるものの活動停止にならずに戦えるようになった。

 なお、武器を買えなかったぶん、接近戦が弱いのではないかといえば、人に比べてはるかに硬質な両手で補っている。

 結局、メイがスキルで強化することにした武器種別は「打撃武器」だ。


《実は素手も打撃武器なんだよね》

《うん。メイが特別みたいだけど》


 ゴーレムの腕は生身ではないので鈍器として扱われる、という話。もちろん蹴りも同様なので、戦士のスキルをある程度網羅できたらマリアベルに弟子入りして蹴術師になるという選択肢も出てきた。


《よし、わたしたちは後ろから攻撃しよう》

《おっけー!》


 ほどなくシオンたちも合流してきて、結果的に砦は損害軽微。死傷者僅か。砦の責任者に言わせれば「奇跡的な大勝利」で幕を下ろしたのだった。

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