ダークエルフの姫
「……これは、なんとも興味深いな」
「おっさん、いまめちゃくちゃうずうずしてない?」
「当たり前だ。今までこんな状況は無かったからな」
捕らえたダークエルフの姫をレンたちは街に連れ帰り、そのまま賢者のところへ連れていった。
手足は拘束したまま、口には布を噛ませた状態である。魔法は詠唱がなくても使えるので万全とは言えないものの、複数人に囲まれた状態から抜け出すのは容易ではない。拘束とは別に胴体へくくりつけたロープの端をメイに持ってもらっている。
当然ながら、彼女の表情はかなり険しい。
自由になったら殺してやる、とばかりの剣幕でレンたちを睨みつけているものの、賢者は全く臆する様子を見せずしげしげと姫の全身を観察している。
「ね、賢者さん? 今まで捕まえようとか思わなかったの?」
「もちろん、思わなかったわけではない。実際、ダンジョンにいるエルフやダークエルフを捕らえたこともある。しかし、その時は階段へ足を踏み入れると同時に消滅してしまったのだ」
「賢者様? エルフにまでそんなことをしたんですか? 母に言いつけてもいいですよね?」
「仕方なかろう、異世界語の話者を用意できれば言語の解析が飛躍的に進む。無論、上手く連れ出せた暁にはきちんとした待遇を用意するつもりだった」
まあ、それにしたって「知らないところからいきなりやってきた侵略者に村から誘拐され、高圧的に協力を命じられた」ことになる。下手したらアイリスの母を完全に敵に回していてもおかしくない暴挙である。
「では、どうして今回はそのようにならなかったのでしょう?」
「彼女がボス──重要人物だから、なのかもしれん。さすがに『主役級』の人物をここまで連れ帰って来られたのはこれが初めてなのだ」
そもそも、ほとんどの階ではボスの撃破が勝利条件に含まれている。
倒さないと先に進めないので普通はそのまま倒す。姫の場合は倒さなくても進行可能だが、レンの足止めを買って出たように積極的に戦いへ参加してくるため、彼女だけを生け捕りにするのは困難だ。味方戦力を多く用意して安全に取り巻きを排除──などとやろうとすれば、勝ち目がないのを悟った敵が撤退を始めたり自害してしまう恐れもある。
「あるいは、何か特別な条件を満たしたのか」
「条件って言っても、レンはただこの子にえっちなことしただけだよね?」
「ご主人様、そこのところを詳しく」
「いや、MP回復のためだから。抱きしめてキスしただけでそれ以上はしてないし」
「戦闘中にそれだけやっていれば十分ですが」
マリアベルにまでジト目で言われてしまい、レンはさすがに気まずくなって目を逸らした。
こほん。
賢者がわざとらしく咳払い。
「それで、彼女をどうするつもりだ?」
「どう、って言われても。あんたが喜ぶかなと思って連れてきただけで」
「ふむ。では私の好きなようにしていいと?」
「……やっぱり連れて帰ろうかな」
動けない美少女に好き放題する中年男性。明らかに事案である。まあ、実際は姫のほうが年上だったりするかもしれないが。
「だいたい、話を聞くには口を自由にしないと。その辺の対策はあるの?」
「ある、と言えばある」
ごそごそと戸棚──これも一応、決まった者にしか開けられないマジックアイテムらしい──から取り出されたのは金属製のチョーカー、というか首輪。
「これは装着させた者にしか外せない呪いのアイテムだ。加えて、着用者の魔法攻撃力を大幅に落とす効果がある」
「まるっきりエロ漫画とかにでてくる『都合のいい無力化アイテム』なんだけど?」
「別に狙って作ったものではない。マジックアイテムのランダム生成でたまたま完成したものだ。こんなこともあろうかと取っておいた」
本当にピンポイントな「こんなこともあろうかと」である。いや、本来はベテランが街に反逆しようとした時用の備えか。
それにしても絵面がやばい、と思っていると、ぽんと首輪を投げ渡されて、
「レン、着けてやれ」
「え、わたし?」
「私がやるよりはいくらかマシだろう?」
「……まあ、確かに?」
捕まえたのがレンなのでどっちもどっちな気もする。
ともあれ、レンは少女に首輪を嵌めた。一瞬、全体が輝いて効果の発動を教えてくれる。これで魔法を使われても大した威力にはならない。
顔を見合わせた後、賢者の「早くしろ」という視線を受けて姫の口に噛ませた布を外し、
「なんなのよ、ここは!? お前たちは何者なの!?」
口を開いたダークエルフの姫は、どういうわけか明瞭な日本語でレンたちへ問いかけてきた。
「………」
「………」
「ねえ、聞いているの!? 言葉が通じているんでしょう!? それについても一緒に説明しなさい!」
きゃんきゃんやかましい。
レンの周りにいる女性陣は明るくはあっても理性的な子ばかりなので新鮮な反応である。ゆくゆくはこういう子ともうまく付き合えるようにならなければ……と、それはともかく。
「あれ、どうして言葉が通じてるの?」
「翻訳機能が働いているのか? ……いや、ここと向こうは別世界、向こうに大規模な干渉はできないということか。あるいは、あの石碑はあらかじめ用意したメッセージを表示するだけ。対して、現在進行形の会話を全て翻訳するには処理能力が足りないのかもしれん」
「わけのわからないことばかり言わないで! 結局、ここはどこなの!?」
「んー……たぶん、異世界だよ。あなたたちが滅ぼした世界のなれの果て。わたしたちは別の世界から召喚されてきて世界を作り直している最中」
これには、さすがの姫もぽかんとした表情を浮かべた。
数秒をかけて意味を咀嚼し終えた彼女は信じられないというように、
「世界が滅んだ? じゃあ、私がさっきまでいた世界は?」
「『神殿』が再現した世界の記憶──だと、私は考えている。実際はどうなのかわからないがな。おそらくは似たようなものだろう」
「そんな、まさか。でも、ヒトの世界を滅ぼして世界を闇に包むのは『計画』のうちだった。魔王は最終的に邪神を呼び出そうとしていたはずだから……」
ぶつぶつと呟くような台詞には、これまでは求めても手に入らなかった核心に近い情報が多分に含まれていた。
「くっ、くくく! はははっ! ……よくやった、大手柄だぞ、レン! 今の一言だけでも十分過ぎる価値がある! これからの攻略が大きく変わるかもしれん!」
よほど興奮したのか、賢者は突然高笑いである。
姫はびくっと身を震わせて「な、なに? 大丈夫なのこいつ?」と正直な反応。レンたちでさえぶっちゃけドン引きである。念のため、姫を座らせる位置をちょっと賢者から遠ざけておく。
「えーっと、その、なんていうかさ。来ちゃったからにはいろいろ教えてくれないかな? 大人しくしていてくれれば痛いことはしないし、わたしたちは話を聞きたいだけだから」
「……それは」
相対的にまともだと判断されたのか、姫はレンを幾分か信頼するような表情で見て、
「って、騙されないわ! お前が私にしたことを忘れたわけじゃないんだから!」
「……あー」
それはそうだ、としか言いようがない。
どこの世界に「突然自軍を襲撃した挙句、キスしてきた女」に従う馬鹿がいるのか。強いて擁護できる点を挙げるなら男よりはマシだったんじゃないか、という程度である。
「それは本当にごめん。でも、こっちにも事情があったわけで」
「事情って、どんな事情よ!? お前はサキュバスで、そっちはハーフエルフでしょう? エルフとダークエルフに伝わる風習を知らないとは言わせないわ」
「え?」
「え?」
顔を見合わせ、首を傾げるレンとアイリス。
あいにくだが初耳である。
「いや、その。わたしは生粋のサキュバスじゃないんだ。この子の母親もそうなんだけど、わたしたちは異世界から来た人間で、不思議な力によって種族を変えられてしまった。だからエルフの伝統とかは知らないんだ」
「……な、なによそれ」
ぷるぷると震えて怒りを表す姫。
極上の絹糸のような白い髪とルビーのような赤い瞳。顔立ち自体も非常に整っているため、怒っていても美しい。
レンたちとしてはあまり刺激したいとも思わないためしばらく落ち着くのを待って、
「なんだ。じゃあ、あの件は無視してもいいわよね? 知らなかったんだもの。これからも知らなければなんの問題もないわ」
なんだか妙な結論を出し始めた。
まあ、その風習とやらがなんなのか知らなければ確かに追及のしようもないのだが。
「伝統的な風習を破ることに呵責がないのであれば構わないのではないでしょうか」
「シオン」
「ぐっ!? この獣、ずいぶん偉そうじゃない!? ……っていうか、もしかしてそいつ、狐? この地方にはいないはずなのに」
ここが彼女のいた場所とは違う証拠が積み上がっていく。
ついでに良心の呵責に堪えきれなくなったらしい姫はしばし口ごもると、俯いて言った。
「私たちにとって、口づけを交わす相手は将来を誓い合った相手だけなの。……初めてだったのに! 私はお前に大切なものを奪われたの!」
「───」
しん、と、部屋が静まり返った。
大喜びしていた賢者でさえもいたたまれない表情を浮かべてレンを見つめてくる。
事あるごとにいろんな人へ子作りを薦めているくせに。いや、経験がないからこそ潔癖なところがあるのだろうが。
「いや、初めてを奪ったは人聞きが悪くない!?」
「同じようなものでしょう!? 風習に従うなら私はお前の妻になるしかないんだもの!」
「女同士で結婚すること自体は大丈夫なの?」
「他者との性行為は認められているから、子供は作ろうと思えば作れるわ。実際、王族の中にはそういう人もいたし」
「ご主人様の場合は女性同士でも子づくり可能ですから余計に問題ありませんね」
「っ!?」
姫は真っ赤になって俯いてしまった。
純潔の重要性が低そうなわりには初心な反応である。王族だけに大切に育てられてきたのか──って、それはともかく。
姫は捨てられた子犬のような目でレンを見上げて、
「……それに、きっと私はもう、あの場所に戻れないんでしょう?」
「……うん。ごめん。たぶんその通りだと思う」
ダンジョンの状態は攻略中のメンバーが全て脱出した時点でリセットされる。残るのは「何階まで攻略したか」などの一部の情報だけだ。
だから、姫を連れて戻ってもあの場にはもう戻れない。
逆に森を襲撃する以前の部隊に戻ることは可能かもしれないが──それが彼女のいるべき場所なのかどうかはなんとも言えない。
「私は作戦に失敗したわ。お前たちがいなければ成功していたでしょうけど……兵を失い、エルフの殲滅も成し得なかった以上、戻ったところで待っているのは糾弾よ。なら、サキュバスと契って子を成すのも良いかもしれない」
「ダークエルフなんかとレンさんが結婚する必要もないと思いますけど」
「ふん。ハーフでもしっかりエルフなのね。これだから肌の白い奴らは。お高く留まっているくせに敵には残酷なくらい攻撃的」
アイリスとにらみ合い始めた姫だったが、その表情にもどこか力がない。
「……ごめん」
レンは、ここに来てようやく本当の意味で彼女の状況を思いやった。
「わたしは、あなたから帰る場所を奪った」
これに姫は意外そうな顔をして「別に」と答えた。
「単なる利害の相違でしょう。私たちに力が足りなかったから負けただけ。……それに、あそこが魔力によって作られた仮初の世界だったっていうのなら、あのままあそこにいても私は消えるだけだったのでしょう?」
「ほう。理解力が素晴らしいな。やはり我々に比べて深い魔法の知識が──」
「賢者さんはちょっと黙っててくださいねー」
余計なことを言う男が黙ったところで、姫はつんと顔を上げて、
「私は仮にもダークエルフの姫よ? あなたには私を相応に遇する気はあるかしら?」
「……そうだね」
気丈な彼女に甘えて、レンは笑顔で答えることにした。
「お気に召すかはわからないけど、せいいっぱいお世話させていただきます。……あ。そう言えば自己紹介もまだだったっけ」
レンが名乗り、仲間たちもそれぞれに自己紹介を口にすると、最後に褐色の少女が名乗った。
「私はミーティア。姓は必要ないでしょう? まあ、別に期待はしていないけれど、お手並み拝見と行かせてもらうわ」
こうして、レンたちの家に一人、新たな住人が増えることになった。
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