三十階の戦い

「……結局、正攻法が一番かな」


 レベル上げと資金調達に勤しむこと三週間余り。

 戦力を底上げしつつ作戦を練ったり、三十階攻略に関する聞き込みをしたレンたちだったが、結果はあまり芳しくなかった。

 以下が聞き込みの結果得られた情報の一例である。


『攻略法? うーん、メテオでも降らせられれば手っ取り早いんじゃない?』

『そんなもの、近くにいる奴を片っ端から斬り伏せていけばそのうち終わる』

『鉄球を撃って片っ端から建物を叩き壊した話は聞いたことがあるけど』


 参考にならないにもほどがある。

 三十階クラスとなると攻略経験のある者はなかなかのベテラン揃い。それぞれ個性豊かな能力を持っているため、容易に他の者には真似できない戦い方をしているのだ。

 レンたちのパーティは継戦能力が長所であって、派手な一発芸は持ち合わせていない。

 もう少しまともな方法があれば良かったのだが、あいにくリザードマンの集落は小技で攻略するには向いていないらしい。


「わたしとシオンが空から攻撃して、フーリたちには地上から敵をおびき出してもらう。アイリスがいれば敵の狙撃手も倒せるだろうから、一方的に不利にはならないと思う」

「普通だね」

「普通だけど、慣れた戦い方のほうが失敗しないし。相手が混乱しているうちに数を減らせればだいぶ楽になるはず」


 マリアベルがこれに頷いて、


「戦力もだいぶ増しましたし、ポーション類の調達も可能になりました。正面から挑むのも決して無謀ではないと思います。……ただ、レンさんたちは危険な立ち位置になるかと」

「わかってます。対空射撃が来るでしょうけど、わたしたちは空で自由に動けますから」


 レンは飛べるし、シオンは空中を飛び跳ねられる。

 気をつけていればそうそう当たることはない。攻略本によると飛行できる敵はいないため、下さえ見ていれば攻撃の有無は全てわかるのだ。

 メイも無表情のままに同意。


「私達は近づいてくる敵を叩けば良いのですね。単純明快です」

「狙撃手の撃墜……。責任重大ですね、頑張ります!」


 アイリスには弓に魔法にと大活躍してもらうことになる。元気よく応えてくれたのは嬉しい。


「わたくしはレンさまと共に行動すればよいのですね」

「私は今回、あんまり役に立てないかな。それとも潜入工作とかしてみる?」

「めちゃくちゃ危ないからフーリはみんなと一緒にして欲しい。メイとマリアさんだけじゃ手が足りなくなるかもしれないし」

「おっけ。じゃあ、それで行こっか」


 新しいスキルを取得し、ストレージにポーションを複数個用意。

 攻略本に描かれたマップをもとに動き方を話し合って──クリスマスが近づいてきたある日、レンたちは六人で三十階へと挑戦した。



   ◇    ◇    ◇



 三十階はダンジョン内ではあるものの、二十階同様に天井が高く屋外とあまり変わらない雰囲気となっている。

 辺りに漂っているのは湿り気のある空気。

 川の近くにある湿地帯に敵は集落を作っている。階段から出た先は集落から徒歩数分の距離にある木立ちの中だ。この中にいる分には即座に発見される心配はない。

 耳を澄ませたりして様子を窺う限り、情報にはない異常事態が起こっている様子もなし。


「じゃあ、予定通りに」

「了解」


 ワンダリングモンスターを警戒するようになってしばらく。小声で合図し合うのにも慣れてきた。

 レンはシオンと頷きあい、空中へと上がっていく。

 大人の狐に近いサイズになったシオンは抱いて運ぶには少々大きいため、自分で空を走ってもらう。四足歩行なのでスピードは十分に出る……というか、スピードに乗っていればレンよりも速い。

 十分な高度を保ちつつ進むと集落がどんどん近づいてくる。


 リザードマンの集落は土が主な素材だ。

 土を固めた壁で敵を阻み、同じく乾いた土製のやぐらから物見を行う。住居も土でできた大きめのかまくら、とでも言うべき代物だ。

 木材を使ってくれていれば「燃やす」という手もあったのだが、土では燃えない。多少の物理ダメージも防がれてしまうのでレンやシオンの魔法だと破壊をメインにするのは難しい。


 ただ、相手はレンたちによる襲撃があることを知らない。

 まして、空から来るとは思っていなかったためか、物見の兵に発見されることなくかなり近くまで行くことができた。


「マジックアロー!」

「風刃!」


 レンはおなじみ、二重魔法ダブルキャストによって生み出される百以上もの光の矢を。

 シオンは修得した属性魔法の中から風属性を選んで連続発動させる。妖狐が空を駆けるたびに揺れる尾は七本。連射数は加減しているので全開ではないものの、風の刃はやぐらの上のリザードマンに見事命中、その身体を切り裂いていく。

 光の矢もいくらかは敵に命中。空気の流れに影響されない代わりに物理的な攻撃力に乏しい矢は壁や建物には大したダメージを与えられないが、別にそれで構わない。最初から一撃で倒せるとは思っていないし、見張りを全部落とすのも諦めている。

 生き残った見張りの悲鳴。

 がんがん、と原始的な警報(金属製のバケツ的なものをぶっ叩いているだけ)が鳴らされ、集落内が一気に騒がしくなる。


 見下ろせば、子供とおぼしき小さなリザードマンが母親らしき者に連れられて住居の中に入っていくのが見えた。オスと思しきリザードマンたちは逆に住居から武器を持ち出して迅速に戦闘の準備を始めていく。


「うん。……ちょっと悪者になった気分だなあ」


 なにしろ生活拠点を襲撃しているわけで。

 敵の中には幼いリザードマンや母リザードマンも交じっているのだ。さすがに倒すのは少し可哀そうな気がするものの、オスだけを倒すなどと悠長なことを言っている余裕はない。

 母親だって戦う時は戦うのだろうし、子リザードマンも成長すれば戦士となって人を襲うはずだ。


「彼らは人とは相いれない敵同士。神殿やダンジョンを作った者からすれば報復のような気持ちだったのかもしれません」

「ん。手加減せず、思いっきり行こう」


 レンたちは集落の上空を移動しながら魔法をバラまいていく。

 狙いは絞らず、敢えて散らす。飛び道具を持っていないリザードマンはそれでも、避けられなければ喰らうしかない。

 弓やクロスボウを構えた者たちが撃ち落とそうと狙ってくるも、それはかわすか、あるいはシオンの「風刃」が作る空気の流れによって無力化していく。風の刃は地面や壁などに当たればはっきりとした痕を残し、地上のモンスターたちを脅かす。


「と、だんだん数が増えてきた」


 何度か魔法を放っているうちに飛び道具を手にした戦士が多くなってくる。

 さらには魔法使い系のリザードマンが混じり、炎や風を放ってくる。


「ウインドブラスト」


 シオンの風刃だけでは足りないと見たレンは魔法属性を風に変更。広範囲に影響する風の衝撃波は敵の飛び道具を散らし、敵にぶつかれば動きを止めたり転ばせたりする。

 それでも、あちこちから放たれる攻撃をすべてかわすのは神経を使う。

 レンが防衛を担当、合間にシオンが着実に一体~二体ずつ仕留めていくように努めるも、このペースではいつまでもつか。

 レベルアップでMP量が増えているし、スキルである程度は補えるようになったものの、シオンはまだまだ燃費が悪いのだ。


「ですが、そろそろみなさまが……!」


 変化が起きたのはシオンが言った直後だった。

 集落の外周からなにかが壊れるような大きな音。アイリスの行使した精霊魔法「ストーンブラスト」が壁を穿ったのだ。

 レンたちが陽動を行っている間に地上の仲間たちが到着したのだ。

 さらにはメイの振るうメイス、マリアベルの蹴り技までもが加わり、壁が本格的に壊され始めた。慌てたリザードマンたちは戦力の何割かを外へと向かわせ始める。ここまで、ほとんどの敵が空に注目してくれていたのは嬉しい誤算である。


「マジックアロー!」

「狐火!」


 攻撃の手が緩んだ今がチャンス。二人はここぞとばかりに攻勢に出ると、我に返った敵からの反撃をかわすために上へと逃れた。


「シオン、今のうちにポーションを」

「はい!」


 レンは散発的にウインドブラストを放って下を牽制しつつ、シオンの取り出したポーションの蓋を開けてやる。


「お手数おかけいたします」

「気にしなくていいって」


 狐の手では蓋を開けるのはさすがに難儀するのだ。ただ、開けてしまえば飲むほうはなんとかなる。その間、敵を引きつける役目はレンが担った。

 フーリたちの方は大丈夫か。

 壁を壊す音が止まったので敵との交戦に入ったのだろう。となると、レンたちがサボりすぎれば向こうがきつくなる。

 念のため、片手間に自分もポーションを開けて一本分を飲み干すと、シオンが回復したのを見計らって高度を下げる。


 シオンが狐火で敵を狙い、反撃はレンが風で吹き散らす。

 正確な数を数えるのは難しいと言われていた通り、いったい何体倒したのか。あと何体残っているのかがよくわからない。

 数は減っているはずなのだが、メスのリザードマンが参戦してきているのか後から敵が湧いてくるような感覚さえある。

 MPを温存したい気持ちと一気にいきたい気持ち。ペース配分を間違えれば最後までもたなくなる。

 とはいえ地道に減らしていては時間がかかりすぎるような気も、


「むう」


 レンはうなった後、思い切った手に出ることにした。


「よし、ちょっと一気に敵を減らそう」


 ポーションは多めに持ってきた。

 しかもHPはレンが治せるので、レンとシオンのポーションはすべてMP回復用だ。節約を考えなければまだまだ魔法は使える。

 シオンが頷いて防御に回ってくれるのに目でお礼を言いながら、複数のスキルを発動。

 二重魔法、魔法増幅、そして新スキル「追尾魔法ホーミング」。

 レンのレベルアップによって百八十本まで増えた光の矢が、まるで複数の敵をロックオンするかのように降り注いで突き刺さっていく。十体以上に命中し、半分以上が光となって消滅した。


「お、さすがにいい感じ」

「はい。このまま続けてお願いします──と申し上げたいのですが、消耗が激しいのですよね?」

「いくつも補助スキルを重ねてるからさすがにね」


 特に追尾魔法が重い。なんと消費MPで言ったら二重魔法に匹敵するのだ。しかも二重魔法と併用する場合、二回分のマジックアローにかけなければならない。いくらレンがMPお化けと言っても考えなしにぽんぽん使うのは難しい。

 と言いつつ、勢いでもう一度同じ攻撃を繰り返して、


「ん、やっぱりこのまま押し通すのはちょっと怖いな」

「では、わたくしと接触していただいた方がいいですね」

「お願いできる?」

「お任せください」


 答えたシオンも新しいスキルを使用。

 「巨大化」。

 と言っても一回りか二回り程度大きくなるだけ、巨大怪獣と呼べるようなサイズではないのだが。みるみるうちにサイズが大きくなって頼もしい姿になる。


「乗ってください、レンさま」

「うん!」


 これだけ大きくなればシオンに跨ることができる。

 身体が大きくなった分だけ的は大きくなってしまうものの、レンとペースを合わせる必要がなくなる分、空を思う存分駆けられる。

 サイズアップによって身体能力は上がっているため、レンとしては自動操縦のバイクにノーハンドで跨って全力で飛ばしているような気分になる。


「これ、シートベルトが欲しい……!」

「が、がんばってつかまってください!」


 しがみつくだけで必死になる有様だったが、おかげでエナジードレインができるようになった。追尾できるならちゃんと狙いをつけなくても問題ない、と、さらにフルセットでマジックアローを連発。いくつもの悲鳴が重なりあい、集落の中から動くものが減っていく。

 そろそろ大きな脅威はなくなったか、と、動きを緩める頃にはレンのMPはほぼ底を尽いていた。


「後はドレインボルトでなんとか……っていうのは甘いかな。一応、もう一本飲んでおこうか」

「はい。その方がよろしいかと。……なにやら強敵らしき者も出てまいりました」


 数少なくなったリザードマンを押しのけるようにして現れたのは一回りか二回りは大きく、しかも豪華な装備を纏った個体。

 傍には上位種──リザードマンエリートを二体従えており、体色もどこか厳かだ。


「キング、か」

「はい。三十階のボスですね」


 精鋭兵を従えたまま、本格的にヤバくなるまで静観しているとかそれでも王か、とツッコミたい。いや、ボスにささと出て来られても微妙な気分になるだろうし、優秀な個体とメスが何匹か残っていれば立て直しは可能、みたいな理屈があるのかもしれないが。

 ともあれ。

 キングは上空にいるレンたちを睨みつけると、そのあたりに落ちていた斧を拾い上げて──。


「きゃっ!?」

「シオン!?」

「大丈夫です、命中はしませんでした。でも……」


 投擲された斧はものすごい勢いでレンたちの付近を通過していった。

 さすがに強い。

 ドレインボルトや狐火で応戦してみるも、単発ではあっさりとかわされてしまう。同時にキングはさらに斧を拾って、


「させません!」

「アイリス!」


 キングの肩に突き刺さった矢が行動を制止した。

 アイリス、フーリ、メイ、マリアベル。仲間たちが集落の入り口から駆けつけてくる。全員大きな怪我はなく無事だ。

 リザードマンたちも残った戦力をかき集めて応戦してくるも、


「ここまで来れば負ける気はしないな」


 レンは急いでポーションを飲み干すと、シオンと共に降下。

 地面に近い位置で止まって仲間たちとキングを挟み撃ちにすると、追尾付きのマナボルトを放った。

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