本格化するダンジョン
二十六階。
出現する敵は相変わらずリザードマン。
敵の数、種類が増えてきたこともあって厄介ではあるものの、少しずつ相手の動きにも慣れてきた。範囲魔法や連射を駆使すれば対処自体は可能である。
ただし、新たに生じた厄介なポイントがひとつ。
いくつかの罠と敵を乗り越えたレンたちは、土の洞窟にひっそりと響く足音に気づいた。
「……来たかあ」
シオンの耳も小さくぴこぴこと揺れている。
今回は罠ではなく敵の襲来だ。ちなみに今、アラームは鳴っていない。単純に敵が自由行動を取っているのだ。
今までの敵は基本的に持ち場から離れず、互いが視界に入るまで戦闘行動を取らなかった。しかし、二十六階からの敵の一部はダンジョン内を歩き回り、物音を察知するなどすれば侵入者に向けて移動、突如として襲い掛かってくる。
足音は少しずつ大きくなり、やがて歩行音から走行音へと変わる。かちゃかちゃと響く金属音は装備のたてるものだろう。
レンたちは顔を見合わせ、立ち止まって敵を迎え撃った。
アイリスの矢が最前衛を牽制、盾を構えて矢を防いだところに本命のファイアボルトを直撃させて大きくHPを削り取る。
二体目の前衛がトップに躍り出たところでレンの二重マジックアロー(ブースト付き)が発動。さらに敵を足止めする。
光の矢が全て消え去ったタイミングでシオンの狐火が五発連続で殺到し、前衛二体を見事消滅。後衛へのけん制を行って。
すかさず前に出たマリアベルとメイが残る敵を順次叩き潰した。
「ふう、なんとかなったねー」
敵が抜けてきた場合に備えてナイフを構えていたフーリがほっと息を吐く。
迎撃の始まりを担ったアイリスも微笑と共に弓を下ろして、
「ずっと緊張を強いられるのは大変ですね。本当はそれが普通なんでしょうけど……」
「敵のいる場所が決まっているのが当たり前でしたからね。勝手が違うのは仕方ありません」
ワンダリングモンスターの行動パターンは大まかに決まっているものの、レンたちの行動──戦闘によって立てる音や話し声によっても変化する。大きな音を立てれば当然、それを聞きつけてこちらに向かってくるというわけだ。
ある意味ではアラームと似たようなものだが、一部の敵だけがそうしてくるというのが厄介である。
全部のワンダリングモンスターを倒しきらない限りは不意に襲われる可能性が否定できないし、三叉路や十字路の意味がこれまで以上に深くなる。現実的に背後からの奇襲が発生するようになるからだ。
「ここからの階層では全てを探索しようとせず、ボス到達だけを目指すのも一つの手です。複数回に分けて網羅するにせよ負担が大きいですから」
「こうなってくるとダンジョンの広さと復活する敵がものすごく厄介ですもんね……」
ある意味、二十五階までアラーム戦法が通用したのは「ここで十分稼いでおいてね」というダンジョン側の温情なのかもしれない。
いや、そんなゲームめいた狙いが本当にあるのかは不明だが。挑戦者たちに段階的に困難を強いる意図があることだけはここまでの経験からわかる。
「ですが、脅威度と同時に宝の価値も上がっています。無視するには惜しいかと」
「うん。じゃあ、やっぱりアイリスにアレをお願いしようかな」
水を向けられたアイリスはこくりと頷いて、
「ショートカットしちゃいましょう」
壁に手を当て、精神を集中して発動させるのは土属性の精霊魔法。
「トンネル」
アイリスが触れた箇所を中心に土が消失、ひと一人が余裕をもって通れるだけの穴が出現した。
攻略本によってマップは把握できている。今開けた穴は高額の宝が配置されているエリアへの大幅なショートカットルートだ。
「こういう時のために母から教わって練習していたんです」
「お見事です、アイリスさま。これなら時間短縮できますね」
シオンの素直な賛辞にアイリスは青い瞳を輝かせながら照れてみせ、それから真面目な顔になって言った。
「でも、気をつけてくださいね。敵もこの通路を利用してくる可能性がありますから」
「うん。この穴を通っている間に襲われるかもだしね」
幸いなのはアイリスの開けた穴には罠が絶対ないということ。
率先して穴に立ったメイは手にしていたメイスをいったんストレージに収納。
「狭い場所では素手の方が有用ですね」
遠心力で威力を増す武器であるメイスは狭い場所では不向き。マリアベルの蹴り技にしても回し蹴り系が使いづらいので、最後尾は耳が良く小回りの利くフーリが務めることになった。
「じゃ、どうしても欲しい宝だけ取ったらボスを倒しに行くってことで」
「お、おー……」
いつもの癖で「おー!」とやりそうになった仲間たちは敵を呼び寄せないように小声で返事をしてくれた。
◇ ◇ ◇
「ふむ。では、二十六階も無事にクリアしたわけだな」
「うん。なんとか、って感じだけど。だんだん、みんなが苦労して攻略してきた意味がわかってきた」
飛行できるようになったおかげでレンの行動範囲は大きく広がった。
街を歩いていると人々(主に男)からの視線が気になるが、空を飛んで目的地に一直線ならその心配がない。視線が飛んでくるにしてもそれは「うわ、エロ」という意味ではなく「鳥か、飛行機か」といった好奇の意味合いである。
といっても、それで頻繁に買い物していては同じなので訪問先は限られるのだが。
アイリスの実家がある森や、女にうつつを抜かす気がないと態度で表明している賢者の家などは訪ねやすい場所といえる。
特に賢者は向こうからレンの家まで来られないのでこっちから行くことになる。
今回はシオンと一緒に二人で来た。
今まではみんなで来ることが多かったものの、パーティ人数も増えたしこれからはこういう訪問の仕方が多くなるかもしれない。
レンからの報告を聞いた賢者は「スムーズなのは良い事だ」と言った上で頷いて、
「君達が頼りにしている攻略本も元は先人が情報を集め、地図を描いて作り上げたものだ。新しい階層はそうして一つ一つ道を切り開いていかねばならない」
「気の遠くなる作業だと思うよ、ほんと」
ワンダリングモンスターやアラームを体験した今となってはしみじみと思う。
二十六階レベルでさえ一苦労だろうから、これが五十階クラスとなったらいったいどうなるのか。もし百階までたどり着かなければならないとしたらいったいどれだけの労力が必要なのか。
「あのさ。もしかしてだけど、攻略本の精度って先に進むほど落ちる?」
「無論だ。三十階までは問題なかろうが、その先からは未確認の情報もあるかもしれない。心して進むと共に、新たな発見があれば共有するようにしてくれ」
「わかった」
レンたちの戦いが後の挑戦者の助けになるかもしれない。そう考えると責任重大だ。
「でも、なんか少しずつ重要人物になってきた気分だよ」
「何を言う。君達が若手の代表だと前にも言っただろう。シオンにはその意味がよくわかるのではないか?」
「はい。レンさまたちの成してきたことは並大抵のことではありません」
「シオン。なんか恥ずかしくなってくるから止めよう」
「レンさまも、こちらへ来て半年程度で二十五階レベルまで導かれたらそう感じるのではないかと……」
「……苦労をかけてごめん」
抱き上げて撫でてやると、シオンは「問題ありません」と尻尾を振った。
レベルが上がってきてそこそこのサイズになってきたので抱き心地もよりいっそう増してきている。そろそろ「寝ている時に抱きしめすぎそうで怖い」といった心配もなさそうだ。
そんなレンたちの様子を賢者はじっと見つめ、しばらく間を置いてから口を開いた。
ひょっとしてシオンを撫でたかったのだろうか。
「ともかくだ。少なくとも君はあの住宅街のリーダーだろう? 相応の責任と信頼を集めていることを自覚しておいて欲しい」
「うん。……この歳で借金したうえにリーダーなんて責任重大すぎるけど」
「君はこれまでも変化を柔軟に受け入れてきた。それと同じ事だと思えばいい」
言われたレンは自身の姿を見下ろしてみる。
一年半前──ここに来たばかりの頃にはなかった豊かな胸。白く滑らかな肌もすっかり見慣れてしまい、男だった頃の肌がどんな感じだったか正確には思い出せない。
背中の翼と尻尾もかなり思い通りに動かせるようになったし、露出を気にしつつお洒落をするのも当たり前になってきている。
ちなみに今日は飛んでいる時に下着が見えないようにパンツルックだ。
「もしかして、今日の話って説教がメインだった?」
「いや。そろそろ君にも特権を与えておこうと思ってな」
言うと、賢者は席を立って外套を羽織り始めた。
「出るぞ。付いてくるといい」
言われるままシオンを抱き上げて外に出る。すると細身の中年男は小さく呪文を呟き、ふわりと空へ浮かび上がった。
魔法系のクラス、それも高レベルとなれば空くらいは飛べるか。あのポータルを作ったくらいだし不思議はない、とレンは後を追いかけつつ頷いた。
向かった先はなんということはなく、神殿。
ただし、彼が下りたのは内部ではなく外周。それも四方にある階段を避けて外壁の傍だ。
しかし、よく見るとそこには小さな宝石が埋まっている。
「これは?」
「神器の収められた宝物庫への入り口だ」
「え」
賢者と共に宝石へ触れると小さな輝き。これでレンも利用者として登録されたらしい。
「登録するのはレンだけだ。だがまあ、シオンを連れて入るくらいは構わないだろう」
「わたしも今みたいに登録者を増やせるわけ?」
「いや。新規登録の権限はない。同行者を連れていくこともできない。ユーザー権限と管理者権限の違いと言えばわかるか?」
シオンであれば抱き上げたままで連れていけるらしい。動物扱いというか荷物扱いな気がするが、色んな意味で気まずいのでツッコむのは止めておいた。
「どうやって入れば?」
「宝石に触れて『入りたい』と念じればいい」
言われた通りにすると、ポータルに入った時と似たような感覚。
中は石造りの小部屋になっていて、そこにいくつかのアイテムが置かれている。マジックユーザーとしてのレンの感覚はそれが非常識なほどハイレベルな品物であることを感じ取った。
見た目はコインを入れる穴の開いた箱だったり、ただの本だったり、ゴミ箱のような何かだったりとだいぶアレなのだが。
「これが、神器?」
後から入ってきた賢者が「そうだ」と教えてくれる。
「これを使えばドロップ品を直接換金することも、ポーション類を好きなだけ購入することもできる。収集物を君一人で持ち込むのは骨が折れるかもしれないが、多少は収入増加に繋がるだろう」
「うん」
それこそシオンを連れてくればストレージが二倍になるので大助かりだ。
「まさか、噂の神器にこれほど早くお目にかかれるとは思いませんでした……」
「君達は特別だ。フーリたちの入室を制限したのも極力、入れる人数を少なくするためだと思ってくれ」
「じゃあ、どうしてわたしに許可を?」
「言っただろう。君にはいずれ街の中心に関わってもらうと。その下準備のようなものだよ」
責任を負わせ、それを全うできているかをチェックする。
信頼に足る人物だと判断できたら上層部の会議にも呼んで意見を求める。
「先に会議のほうが良かったんじゃ? ほら、壊されたり盗まれたりしたらいけないらしいし」
「呼んで欲しかったのか?」
「いや、できれば一生いらない」
賢者は笑って「そういう事を言える者は悪さなどしないさ」と言った。
「ここはシオンの『聖域』に似たスキルで守られている。歯に衣着せずに言えば、君達程度の力では破壊はおろか移動さえできないだろう」
「そんなに厳重だったんだ……」
「無理もない措置でしょう。一つしかない品物なのですから代えがききません」
とはいえ、これらの神器でできることには限りがある。
ポーションを多用するパーティ、例えば付き合いのある彼らであれば大喜びするだろうが、レンたちにはそれこそ「収入がちょっとアップする」程度が関の山ではあるまいか。
「……お神酒なんかの代わりにポーションを売ってみるとか」
「初詣客を見込む程度なら構わないぞ。面白がって買う者もいるかもしれないし、価格が見合わないと思えば買わなければいいだけだ」
「あ、許可出るんだ?」
まあ、いざという時のためにポーションを常備しておくのは悪くない。
在庫切れを心配せず購入できるのは助かるし、神器の中には固定効果のマジックアイテムを生成する自販機的なもの(代わりに買える種類は限られる)もあるようなので、吟味すればなにかしらいい使い方があるかもしれない。
レンは笑って「ありがとう」と礼を言った。
「ここを使わせてもらう代わりにダンジョン攻略を頑張る……ってことでいいのかな?」
「ああ。わかってくれたようでなによりだ」
今日は金もアイテムもろくに持ってきていないので使うのはまた後日にする。
レンは入り口の方へと移動しながら冗談めかして、
「ここなら誰も来ないから、とか言いながら襲われなくて良かったよ」
「ここまで勝ち取ってきた信用をいまさら投げ捨てる気はないさ」
レンとしても、もし襲われたらフーリあたりにメッセージを送ってから死ぬ気で抵抗するつもりだったので、そうならなくて本当によかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます