サキュバスになったら仲間と居場所ができました
「うん、すっごく似合ってる。可愛い!」
「はい! 素敵です、レンさん!」
膝丈のシンプルな黒スカートに紺のニーハイソックス。長袖の白ブラウスに細いリボンを合わせた制服風コーデを少女たちに絶賛される。
鏡の前に立たされたレンは異国の女子高生のような自身の姿に思わず見惚れ、それからその可愛いが故の無防備さに苦笑した。
「やっぱり、スカートってめちゃくちゃ心細いんだな」
本格的に女子っぽい服へ身を包むのはこれが初めてである。
服を選んでくれたのは他でもない、フーリとアイリスの二人。どうせなら、とか言いながら制服っぽいチョイスになったのはおそらく悪ノリだ。
ちなみに下着の方もきっちりブラとショーツである。
パンツルックが当たり前だった身としてはなんとも落ち着かない。
「ふふっ。すぐに慣れますよ。今日はダンジョンへは行きませんからお洒落をしても問題ありませんし」
少し離れて様子を見守るマリアベルもどこか楽しげだ。
「男装には男装の良さがありますが、やはり女性の可愛らしさを引き立てるには女性用の服を着るのが一番です」
「確かに、体型には合ってますね」
答えて胸に手を置く。ブラの影響もあるとはいえ、はっきりと膨らみが存在している。
反対に下腹部はすっきりとなだらかになり、代わりにヒップサイズが上がった。身体にぴったりフィットするショーツの感触は思った以上に心地いい。
少女二人がちょん、と左右からブラウスをつまんで、
「これからはもっとお洒落しようね?」
「レンさんともおでかけしたいです」
「そうだな。たまには散歩もしないと」
頷けば歓声が二つ上がった。
「レン、女の子になってからノリ良くなったんじゃない?」
「むしろ俺、そんなにノリ悪かったか?」
「えー? 女の子の服着るのあれだけ避けてたじゃない」
「……そう言われると弱いな」
仲間と認識していてもどこか距離を取っていたのかもしれない。
「じゃあ、フーリたちに色々教えてもらうかな。服のこととか」
「お化粧のこととかね」
先日、レンはとうとう最後の境界線を踏み越え、女子──というかサキュバスへと完全に変化した。
『医者』というレアな職業についている女性に診てもらったところ「変化は完了している」とのお墨付き。
あれから結局用を足したくなる気配は全くなく、エナジードレインが足りていれば腹も減らない。翼も広げて歩いていると道で邪魔になりそうな程度に大きくなった。
男装をしても、もう人間の男には見えないだろう。
思うところはあるものの、悪いことばかりではない。悪さをする器官がなくなったのでフーリたちと素直に触れ合える。一人で女を何人も囲っている、なんて変な噂を立てられることもない。
「さて、出発しよっか。賢者様に報告しないとね」
「今回はお話することも多いですからね。なにしろ十階ですから」
◇ ◇ ◇
『魔法攻撃力強化』『発動速度短縮』。
2レベル上げた上で臨んだ十階ボス戦。過去最高となる九体との激戦の末、レンたちはひとつの区切りへと到達した。
手に入ったボス報酬、そして石碑の内容も今までより豪華なものであり、ダンジョンを作った何者かからも喜ばれていることがわかった。
さて。
「……そうか。これが十階の碑文か」
賢者の家にて向かい合い、最初の目標達成を告げる。
併せて提出した古代文字──その訳はこうだ。
『汝らは大いなる一歩を踏み出した。己を知り、敵を知り、これからも進み続けよ』
期待していたほど大きな情報はない。
ただ、
「十階という区切りが重要であるのは間違いないようだな」
「はい。その証拠に、アイリスに『お祝い』がありました」
「む?」
全員の視線を向けられた半妖精の少女はどこか照れくさそうにしつつ、とある単語を口にした。
「ステータス」
少女の指示によって光の窓が生み出されると、賢者──転移者全体のリーダーと言える男は目を見開いて立ち上がった。
「与えられたのか……!? 十階攻略の報酬として、君にも『祝福』が!?」
無理もない。
ネイティブ世代にはどうやっても使えなかった力だ。それをアイリスが操ったのだから、これはひとつの革命である。
これにアイリスはこくんと頷いて、
「はい。レンさんたちみたいにレベルアップとかはできないんですけど……」
「何?」
「ほら、見てください賢者さん。アイリスちゃんのステータス画面にはレベル表示とかスキルポイントとかないんです」
種族は「ハーフエルフ」、職業は「弓使い」となっているもののレベルはない。0ではなくレベル自体が書かれていない状態だ。
正直、理解した時にはかなりがっかりした。直前に大喜びしただけに落差がすごい。
賢者も物凄く落胆したような表情になりつつ、椅子に座り直して。
「いや、しかし、確かに大きな一歩だ。お陰で新たな希望も見えてきた」
「というと?」
「十階ではステータス表示権限が与えられた。では、ニ十階では? ……と、そういう話だ」
「あ、確かに!」
レンたちと同じ機能が分割して与えられていくシステムかもしれない。
最終的に同じことができるようになるのだとすれば、ネイティブ世代が頑張る意義が大きく変わってくる。
「アイリスちゃんがレベルアップするようになったら私たちいらなくなるんじゃない?」
「ああ。今でもめちゃくちゃ強いもんな。これでレベル1なんだとしたらどこまで強くなるのか」
「お、おだてないでください! 私なんて、レンさんたちがいなかったらここまで来られなかったんですから……!」
三人の会話に賢者は大きく頷き、
「そういうことなのだろうな。我々が先達となり、この世界で生まれた子を導く。単なる道案内ではなく、子供達を鍛えて伸ばし、困難を乗り越えさせることで道が開けるのだ」
「俺たちもアイリスたちも両方必要、ってことか?」
「そうだ。……無論、転移者だけで無理やり攻略することもできるのだろうが、加速度的に上がっていく難易度を考えれば人手は多いほうがいい」
この件は年長者たちの会議にかける、と彼は宣言した。
ネイティブ世代に新たな可能性が与えられた以上、再び挑戦者を募ってもいいかもしれない。もちろん犠牲者が続出しても困るのでよく話し合って対応を決めなければならない。
「君達には引き続きアイリスを導いてやって欲しい。……おそらく『アレ』も手に入ったのだろう?」
「アレ、ってコレ?」
フーリがころん、と転がしたのは小さなクリスタルのようなものだ。
レンたちはこれを前に一度見ている。タクマたちが罰として握らされ、強制的に使わされたアイテム。すなわち、
「転職石。消耗品だが、職業の獲得もしくは変更が行える。君達の場合にはレンが使えば良かろう」
「うん。私が盗賊辞めちゃうとまずいし、レンは職業持ってないもんね」
「貴重なサキュバスのスキル枠をこれ以上攻撃魔法で埋めるのも心苦しい。是非早めに使って欲しいものだな」
賢者の発言はかなり個人の都合が混ざっているものの、彼の言うこともわかる。
普通の攻撃手段ならクラスからも得られる。サキュバスとしての固有スキル──攻撃魔法にしてもドレインボルトのような「ならでは」のものを取る方が将来のためだ。
どんなクラスを選ぶかはもう少し考えたいが。
「完全なサキュバス化もおめでとう。是非とも早いうちに子供を産んでくれ」
「うん。その件であんたの指図は受けない」
女になった以上、男同士の気安さはもう通用しない。完全にセクハラである。
◇ ◇ ◇
「十月かー。これからどんどん寒くなるんだろうな」
「夏が過ごしやすかった分、冬は不安だよね。……アイリスちゃん、こっちって雪積もるの?」
「降った時はどさっと積もりますよ。溶けにくいので困るんですよね、あれ」
「どさっと積もるのかあ……」
家周辺の道なんかは雪かきが必要かもしれない。
異世界に来たというのに庶民的な話だ。
「水風呂でも風邪ひかないし、寒いのは大丈夫そうだけど……冬場はダンジョンに行く人減っちゃいそうだね」
「そうですね……。大雪の後はお母さんも神殿周りの雪を溶かしに行ってます」
神殿までの道や四つの階段が通れないと行きたくても行けない。そういう時は熱や炎の魔法が使える人間の出番らしい。
「雪が解けた後の石畳や石の階段は滑るから気をつけてくださいね? 頭を打って死んじゃうなんて、絶対駄目ですからね?」
「気をつけます」
「うん、それはほんと洒落にならないね……」
この分だと雪の季節までもあっという間かもしれない。
冬が終わって春が来たら新しい転移者がやってくる日も近い。
さすがに気が早いとは思うものの「お前達がダンジョンクリアできなかったら俺達が呼ばれたんだ!」と言われる側に回る覚悟は今からでもしておいた方がいい。
「五十五階とか中途半端な階で『おめでとう! これでダンジョンは終わりです!』ってなればいいのにな」
「そんな作りかけで諦めたゲームみたいになったら逆に大ブーイングじゃない?」
人によっては三十年もかけたのだ。少しくらいドラマチックに終わってくれないと「今までの苦労はなんだったんだ!?」となりかねない。
「まあ、少なくともあと何年かは我慢してもらうしかないな」
「次の子たちはタクマみたいなのが出てこないといいね」
「子たち、って言っても、次に召喚されてくるのが三年生だったら俺たちより年上だけどな……」
「受験生、っていうやつですよね? こっちに来ると『予定が全部狂った』って泣く人もいるらしいです」
さもありなん。
「年上でも後輩は後輩だよ。ダンジョン経験ではこっちが上なんだから助けてあげなくちゃ」
「っても基本、一緒に来た奴らでパーティ組むだろ。できることって少ないんだよな」
一番大きいのが金銭的支援だろうか。
転移してきてから一年間は初心者支援期間として各種お店で(可愛いからおまけ、というのとは別枠で)割引してもらえる。割引いた分は通常価格を高めに設定して補填しているらしいので、普通に買い物するだけでも初心者を助けることになる。
「そうだね。私たちは何か作る系のクラスでもないし。あ、レンが今からなってみる?」
「戦闘系以外はさすがに微妙じゃないか。自分たちで使う武器を自分で作るって手はあるかもしれないけど」
例えばアイリスの使う矢。これを生産できれば出費がかなり減らせる。
アリと言えばアリだが、レン自身が強くなれば使う矢の量も結果的に減るだろう。
「あの、できたら私みたいな子のことも助けてあげて欲しいです。きっと他にもダンジョンに行きたい人はいると思うので……」
「ああ、そうだな」
「なんか期待されちゃってるしね、レン」
十階を(まともに)攻略したネイティブ世代はアイリスが初めてだ。つまり、レンたちはこの分野では最前線にいる。
賢者があの件を広めれば注目度はさらに高まるだろう。
「でも、仲間に入れるのは女の子だけだぞ。男は別のパーティを紹介する」
「仲間に入れて好きになっちゃうと困るから?」
「それも困るけど、そうじゃなくて、フーリたちになにかあると困るだろ」
そう答えると、フーリとアイリスはなにやら顔を見合わせ始めた。
また「レンだって気をつけないとだめだよ」とか言われるのかと思ったら、
「そうだね。レンがそれでいいならいいんじゃない?」
「その分、女の子を助けてあげましょう!」
二人はにこにこ笑ってそんなことを言った。
優しすぎて若干怖い。何か企んでいるのか、それともレンが女性化したのが嬉しいのか。
「ま、でも、女子のことは助けてやりたいよな」
タクマたちの一件はもちろん、それ以外にもこの異世界で女子が苦労している点はたくさんある。
服。風呂。食事。妊娠や出産もそうだろう。
男子が苦労していないと言うつもりはないが、男子なら適当に済ませられる点でも女子には必要になったりする。生活する上でのコストはどうしたって余分にかかるし、その原因の一端は男子にある。
……と、元男子が言って説得力があるかは謎だが。
元男子だからこそわかることもある。娼館経営に携わるマリアベルやアイリス一家、洋食店の店主などさまざまな方面の女性とも面識のあるレンたちはなかなか便利な立ち位置にいるはずだ。
今でも女性同士の繋がりにより助け合いはもちろんある。
レンたちもそのコミュニティの手助けができればいいかもしれない。
「これからもやることいっぱいだね?」
明るく微笑む少女。
思えばフーリとは転移前からの付き合いだ。あの頃は「妙に付きまとわれるな」くらいの認識だったのだが、ひょっとすると当時から好意を寄せていてくれたのだろうか。
「お手伝いさせてくださいね、レンさん」
穏やかに微笑む少女。
アイリスももうパーティに欠かせない人材になっている。両親との約束だけでなく、レン自身の想いとしても「この子を守ってあげたい」と思う。
目指すは、彼女らと一緒にダンジョンをクリアすること。
日本に帰れるようになるまでは、この翼や尻尾にも役立ってもらおう。
「これからも頑張ろうな」
自然と笑顔を浮かべながら言えば、元気のいい返事がすぐにやってきた。
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