【番外編・後日談】魔王殺しの英雄たち
階段を下りると同時に邪悪かつ強大な魔力が膨れ上がるのを感じた。
「みなさん、下がってください!」
押しのけるようにして前に出た巫女服姿の少女──エルが叫ぶと同時に聖なる防御結界を展開。
衝突した二つの力は拮抗、弾けるようにして消滅。がくん、と膝を折ったエルをすかさずハーフエルフの妹姉妹が後ろから支えた。
「いきなり攻撃なんて、ひどいんじゃないかな!?」
光の矢、火の粉、銀製の矢。
牽制のつもりで放った反撃は前方に立つたった一人によって難なく打ち消された。腕の一振り。殺すつもりの一撃ではなかったとはいえ、たったそれだけで。
返ってきたのは厳かな声。
「来たか、異界の戦士よ。……もう少しで邪神召喚の儀が完了するというのに、それほど、我の所業は看過できぬか」
敵は、魔王はまさに異形の姿をしていた。
体長は二メートルを優に超えている。
頭部は骸骨。人のものとは異なる複雑な骨格の奥に不気味な輝きが宿り、背中には二対の翼。尻尾は蠍、蛇、触手の三本。
左腕は鱗と鉤爪を備えた竜のそれ。右腕は無数の触手を束ねたもの。左足は獅子、右足は蹄を備えた馬のような形状。
自身の身体から生えた鎧で胴体を覆い、全身から強烈な魔力と威圧感を発する様はまさに最強の魔族。
「わたしたちが来るのを待ち構えていた、ってこと?」
「左様。貴様らの干渉を受けた時点で運命がズレたのは認識している。……否、囚われたのか? それとも今、こうして思考している我自体が貴様らの作り出した仮初か?」
「なんであろうと構いません。……無数の命を奪い、建物を壊し、大地を焦土と化した邪悪。破壊の象徴そのもの。私は聖女としてあなたを絶対に許しません!」
「聖女か。……まさか、この局面でこれほどの聖なる力と相対するとはな」
魔王は骸骨の口部分を大きく開くと「良かろう」と高らかに告げた。
「どの道、貴様らを倒さぬ限り我は死ぬのだろう! ならば全力で抗うだけのこと! 邪神召喚の儀はそれからでも遅くはない!」
巨人が数百は押しかけられそうな広大な広間に複数ある扉から無数の魔物が飛び出してくる。彼らの目には殺気。主である魔王の膝元において士気は最大。ここまで温存されていた戦力である以上、個々の能力もずば抜けているだろう。
レンは頷き、笑みを浮かべながら右手を持ち上げた。
「こっちだって本気で来てるんだ。簡単にはやられないよ……!」
戦いは熾烈を極めた。
シオンの生成した殺生石をメイが射出すれば、魔王はそれを竜の手で受け止め渾身の力で握りつぶす。
ハーフエルフ、ダークエルフ、風の精霊の生み出した暴風が魔物の群れを叩き、千切り、吹き飛ばす。その勢いにも負けず、仲間の屍を乗り越えるどころか仲間を盾にするようにして突っ込んでくる魔物たち。
ゴーレム母娘の撒き散らす爆弾が次々と爆風を撒き散らし、広間の中央付近に発生した階段を守るように背にした友人パーティ、ショウたち若手パーティが雑魚からレンたちを守るように展開。
エルの生み出す巨大な聖光が魔王の邪闇を相殺。
高速飛行しながら次々と連射するレンのマナボルトが触手の腕や三本の尾に弾かれ、あるいは一瞬吹き飛ばして再生を促す。
装飾のように飾られていた数々の魔剣がひとりでに浮いて次々に殺到。半数以上をかわしながら防ぎ切れない分は魔力を籠めた尻尾と両手で叩き、砕き折る。
竜の腕が手のひらの奥に隠されていた咢を開き、途方もない熱量を放てば、文字通り飛んできたフーリがレンの身体に溶けて烈風を生成、炎を切り裂くようにして吹き散らした。
「っ、はははっ! その程度で我は殺せぬぞ、異界の戦士!」
氷柱が、石畳の変化した槍が、思いもよらない方向からレンを襲う。九×九=八十一にまで達した妖狐の炎がそれらを焼き尽くし、さらに魔王を襲う。展開された防御結界が炎を防ぎ、一対の翼が極上の魔剣へと変化。
床を蹴って近接戦を狙ってきた魔王とレンは目まぐるしい舞いを演じた。
光と闇が飛び交い、巻き添えを喰らった魔物が冗談のように消し飛んでいく。二人分の魔法と両手、尻尾をもってしても決定打を掴めない地獄。切り札の深化吸精でさえも狙った瞬間に該当箇所を切り離されて大きな効果を発揮できない。それどころか切り離された箇所が爆発してダメージを与えてくる始末。
やっぱり、賢者とケントを連れてくるんだったか。
彼らは長期戦を見越して年齢退行を選んだばかり。魔王がこんなに早く──七十階で出てくるとは思いもしなかったものの、逆に言うとこの先にまだ大きな敵がいる可能性が高い。ここまで来て「七十階で終わり」なんて優しい結末があるとは思えない。
なら、このくらいはレンたちで乗り越えられなければ先はない。
ゴーレム母娘が光の刃を生成して割って入ると形勢は逆転。しかし、魔王は数度の交錯で母娘の剣筋を見切ると逆に魔剣でその四肢を切り裂いて見せた。
バターのように切り裂かれるゴーレムの身体。
痛ましい光景に一瞬息が詰まるも、すぐさまヒールを使用。エルの治癒魔法と重なって一瞬にして損傷が消えていく。
痛覚を持たないゴーレムたちは損傷もものともせず残った武装で魔王を狙い、追撃を許さない。徐々に魔王の身体へ傷が増えていき、
「ならば、これでどうだ!」
爆風のごときプレッシャーで吹き飛ばされるレンたち。
体勢を立て直して見やれば、そこには四体の巨大な魔物がいた。四天王。その後方には四肢をデーモンのような姿に変えた魔王の姿。
「驚いたか。四天王はもともと我が被造物。戦いの経験を得て成長した奴らよりは一段か二段劣るが、こうして同じものを生み出すことも──」
「なんだ、その程度か」
「何……?」
「四天王なら倒したよ。一度と言わず二度も三度も」
「このメンバーをここに集めるために頑張りましたからね」
聖炎──スキルによって威力強化・聖属性付与を施された狐火が乱舞し四天王の身を焼き尽くす。三百本の光の矢がさらにその身に穴を空け、飛来した銀の矢が風の加護を受けて心臓を正確に射貫いた。
「ドレインブレイド」
吸精の力を半物質化させたサキュバスの剣が魔王に迫る。魔剣で弾かれれば籠められた魔力の一部を奪ってレンの魔力へと変えていく。
「メテオストライク」
レンによってアレンジされた上位魔法は威力を減じた代わりに虚空から生み出され、普通の
「調子に乗るなよ……!!」
二度目の衝撃。
骨でできた巨竜が咆哮。肉を持たないとは思えない腕力で暴れまわりながら、竜は広間で生まれた『死』──部下の命を吸収してパワーアップしていく。
レンたちの攻撃によって骨が砕けたかと思えば飛び散った骨が武器と化して飛び、死角からの一撃を狙ってくる。やっとのことで半身を削り取ったかと思えば内部から特大の邪闇。エルが魔力を振り絞りながらそれを打ち消せば、魔王は残った骨を剣と鎧に変え、人間大の姿となって飛び出した。
レンと剣を交えるかと思えば前触れもなく瞬間転移。
あらかたの雑魚を倒し終え、遠巻きに戦いを見守っていた友人たちやショウたちが狂刃に倒れていく。すぐさま治癒が行われるも、次々転移しては刃を振るう魔王は被害をどんどん増やしていく。ダメージが生じれば生じるだけ魔王の力はアップして手が付けられなくなる。
いったい何度変身すれば気が済むのか。
魔王の名に恥じない力。下手をすれば彼一人でも世界を滅ぼせるかもしれない。
しかし、それでも、
「調子に乗るなはこっちの台詞!」
ディスペル。
転移魔法を打ち消された魔王の身体に吸精の剣が深く突き刺さった。ようやくの深化吸精。剣の引き抜かれてできた穴に殺生石が叩き込まれ、最上級のゴーレム製爆弾が三発まとめて魔王の身体を直撃する。
「まだだ……まだ、終わらぬ!」
まともな身体を維持できなくなった魔王はその身を触手に変え、広間を埋め尽くさんと身体を広げ始めた。
「それが、どうしたっていうの!?」
炎が触手を焼き、風が触手を切り刻む。MPポーションより高級なハイMPポーションを水のように飲み干しながらエルが片っ端から邪気を浄化し、再生を防ぐと共に魔王の力を削り取った。
やがて、姿を現した触手の中心。
触手の塊となったそれをレンの光の矢が削り取り、露出したのは赤黒く明滅する魔の宝石。
「こんなの吸収したらお腹痛くなりそう……!」
言いながら吸精の刃で思いっきり二つに断ち割れば、砕けた宝石は十を超える小さな宝石となって四方に散った。
あるいは、力の残滓から復活するつもりなのか。
「そうはさせません……!」
仲間たちの力がその一つ一つを砕いて消滅させ、
『おのれ、おのれ……! こんなところで、我が野望が潰えるというのか……!』
怨嗟の声が広間に大きく木霊した。
『邪神を召喚し、世界の全てを破壊する! 大地も空も海も、そうしてこそ真の安寧が訪れるというのに!』
「そんなことをしたって、残るのは虚無だけだよ。夜の闇とは違う、本物の闇。全てを飲み込んでなにもなくなるだけ」
『素晴らしいではないか。そんな破壊を我が成し遂げたのなら、それは──』
声の消え去った後、静まり返った大広間に大量のドロップ品が降り注いだ。
持ち切れるか心配になる程の貨幣に宝石。数々のマジックアイテムに、世界の欠片も通常の十倍に相当する大盤振る舞い。転生石やリセットストーンすらも多数含んだそのラインナップに、最近盗賊としての役割がご無沙汰気味のフーリが歓声を上げ、
「……やりました。聖女様、陛下。みんな。私は、私たちは、魔王を討ち果たしました」
広間の最奥、魔王が死してもなお光を放ち続ける不気味な魔法陣へとエルがゆっくりと近づいていく。
「本物の闇が素晴らしい、ね。……やっぱり、世界を滅ぼしたのは邪神なんでしょうね」
「だね。最初は邪神自体が闇を広げたのかと思ってたけど」
ミーティアの呟きに頷いて答える。
レンたちはここまでの戦いの中で人類側の魔法都市を守り、そこに住む賢者(あのおっさんとは当然別人である)と話す機会があった。
彼の見解によれば、世界に根本的な滅びを齎すのは邪神の力ではなく世界の綻び。例えるなら腫瘍のようなそれがどんどん広がって世界を飲み込むのではないか、ということだった。
確かにそれならば納得がいく。
レンたちが召喚された神殿は闇に呑み込まれた世界に唯一残された場所。闇の浸食を防ぎながら世界の欠片を生み出し、綻びを修繕していくための場所なのだろう。
レンは、残りのポーションを使いながら必死に魔法陣を浄化するエルをじっと見つめた。
「もしかすると、わたしたちの故郷もいつかそういう闇に呑まれるのかな」
ここで魔王を倒したことに大局的な意味はない。
邪神召喚を止めたところで元の世界が救われるわけではない。なんなら魔法陣を取り除く必要すらない。あれはエルの自己満足だ。
それでも、きっとすべてが無駄ではない。ここでやれることをすべてやることで彼女の心には一つの区切りがつくだろうし、次なる戦いへと赴く心の準備もできる。
元の世界では邪神が召喚されたはず。
ならば、次のボスはまず間違いなくそいつだ。下手したら次の階ではしれっと召喚されていて、そいつの配下と戦わされる羽目になる。
「さあね。世界を滅ぼしかねないような無茶をすれば、世界の死期が早まることもあるんじゃないかしら」
「……あー。心当たりはあるなあ」
「あるの? あなたたちの世界もなかなかに無茶をするのね」
辺り一帯を吹き飛ばしたうえ、生き残った者や大地にまで悪影響を残す悪魔の兵器。その爪痕はレンもよく知っているし、それを除いたとしても恐ろしいバイオ兵器やら無人兵器が秘密裡に開発されている、なんていう話もある。
環境問題なんてもう何十年も騒がれていたはずだし、決して他人事ではないかもしれない。
「やっぱり、帰る方法も並行して用意しないとね」
ダンジョンをクリアしたら、なんて悠長なことは言っていられない。
最終的にクリアするにしても、先に地球に帰れれば精神的な安心感が違う。帰りたい者を帰すことができればじっくり攻略することもできるのだから、戦いはずっと楽になるだろう。
するとミーティアは深くため息をついて、
「あなたなら本当にやってしまいそうね」
「やるでしょ。だってレンだし」
憑依を解いたフーリが笑ってそれに答えた。
レンも二人に向けて微笑んでから、ストレージから残っていた自分のポーションを取り出して、
「エル。ポーションが足りなければまだあるよ」
とても頑張ってくれた頼もしい仲間へと声をかけたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます