【番外編】三十二年目のとある転移者(後編)
サキュバスのレンは街から外れた「女だけの住宅地」に住んでいる。
神殿を中心に開拓、というか作成された場所しか存在していないこの狭い異世界でどうしてそんな事になったかと言えば、元々は去年転移してきた女子校の生徒が我が儘を言ったせいらしい。
女子校とか羨ましい。一度でいいから転入してみたい──ではなく、余計な事をしてくれたものだ。
件の住宅地は男が侵入することさえ許されていない。
お陰でレンを街で見かけるチャンスが激減だ。同じパーティの美少女たちまで一緒なのだから、これは重大な損失である。街に住む男の中にも同じ事を思っている人は結構いるようで、世間話のついでに尋ねると(女性の目がないことを気にしながら)内心を吐露してくれたりする。
「レンちゃんが挨拶してくれるだけでも、いや、その辺を歩いているだけでも『頑張ろう』って気になれるのになあ……」
「わかります」
美少女なうえにエロい身体をしているとか「視てください」と言っているようなものだ。
女子が聞いたら怒るだろうが、そもそも女子という存在自体がエロい。エロいと感じるのは男の本能だ。おかしいと言うならイケメンにきゃーきゃー言うのを止めてからにして欲しい。もちろん、面と向かって文句を言われたら「はい、すみません」と平謝りすることしかできないが。
「やっぱり、どうにかして調べるしかないな」
彼と仲間達は自然とその結論に達した。
彼がパーティを組んだのはクラスメートの中でもエロ方面への興味が強い二人の男子だった。クラスは
問題児と言っても暴れたり脅したりするわけではない。ただエロいだけだ。少人数なりにバランスはそこそこ良いのでダンジョン攻略はできているし、生活費+αくらいは十分稼げている。ただ、今のところ
欲求不満解消のためのエサが必要だった。
「俺としてはやっぱりお前の超能力だと思うんだ」
「そうですね。調査に役立つのは既にわかっているわけですし」
仲間二人が口を揃えて「お前が頼りだ」と言う。性癖は正反対な癖にこういう時は息が合う。
「レンさんは絶対ドSだからな。夜な夜な仲間の女子を性的にいじめて楽しんでいるに違いない。羨ましい、じゃなくてけしからん、でもなくて代わって欲しい」
「いえ、ああいう女性ほど支配者を求めているものです。拘束して一晩中いじめてやれば簡単に堕ちますよ。そうすれば従順な奴隷の出来上がりです」
ちなみに二人とも童貞なのでこれらはただの妄想だし、犯罪被害に遭った女子も存在しない。どうか安心していただきたい。
それはともかく。
「確かに。俺の超能力で透視自体はできたんだよな」
超能力者のクラスは「超能力っぽいことならだいたいなんでもできる」構成になっていた。火も出せるし物を動かすこともできるし、応用すれば空だって飛べる。その中には透視能力も含まれていた。
ただ、使ってみると意外に使い勝手が悪い。
持続している間中MPを消費するうえ、距離が離れれば離れるほど、透視する物が分厚ければ分厚いほどMP消費が高くなる。自宅にいながらにしてレンたちの夜の営みを観察するのはさすがに無理があった。
と、
「贅沢言うなよ。女子の服透かすくらいなら余裕なんだろ?」
「本当に羨ましいですね。それさえあれば視姦プレイが楽しみ放題です」
「いや、近くで女子を凝視してたら普通に通報案件だからな?」
透視ができるとかもはや関係ない。エロい目で見ていた、という時点でギルティである。本当にエロい目で見ているわけなので否定もしづらい。
「まあ、何回かは使ったけど」
「使ったんじゃねえかこの野郎」
そりゃ、使えるんだからチャンスがあれば使う。透視の度合いを調整して服だけ透かすようにすると特に興奮した。初めて使った時は思わず神に感謝したものだ。
ただ、まだレンたちパーティには使えていない。
「たまに見かけることはあるんだけど、すぐ視線に気づかれるんだよな」
「なかなか鋭いですね」
レンは皮膚感覚が鋭いのか自分が視られているとすぐ気づくし、アイリスとミーティアは自分の名前が出たりするとかなり遠くからでも反応してくる。
ふわふわもふもふの狐──シオンなどは目も合わせず音も立てず、ただ邪な事を考えているだけで「?」とこっちを見てきたりする。
シオンに関してはむしろエロい事関係なく抱っこして撫でまわしたいのだが、なかなかままならないものである。
「だから、俺としては念写とか、視覚を飛ばす方がいいと思うんだ」
「なるほどな。それなら遠くからでもいけるか」
検討の結果、より使いやすそうな視覚を飛ばすスキルを採用することにした。
「スキルポイントを3使って距離延長と効率上昇スキルも取れば実用できるな」
これなら遠距離からでも覗きができる代わり、本体が過剰集中状態になるので家からでないと使えない。また、その時に起こっている行為しか覗けないので決行は夜、人々が寝静まり始める頃とした。
(なお、日本にいた頃ならまだまだ寝る時間ではない。彼は余裕でゲームとかしていた)
今日一日、MPをなるべく使わないようにしていたので余力は十分。
「じゃ、始めるぞ」
「おう」
「はい」
邪魔しないように、と、仲間達は静かに答えて先を促してくれる。そんな頼れる二人に頷き返してから、彼はスキルを起動した。
結論から言うと、希望したシーンを覗くのにはしばらく悪戦苦闘する必要があった。
視線を飛ばすスキル自体が感度の極端なドローンを操っている感覚で使いづらかったことと、家の中に視点を移動させるのが大変だったこと、レンたちが「始める」まで待たなければならなかったことなどが理由だ。
しかし、
「……うわ、エロ」
望みの光景を目にした彼は「待った甲斐があった」と心から思った。興奮しすぎてスキルが中断してしまったのも無理はないと思う。
「おい、何が見えたんだ!?」
「ちゃんと説明してください!」
「ああ、レンさんとフーリさんが下着姿でキスしてた」
フーリは見た目通りスレンダーで、レンは対照的に巨乳。その二人が頬を赤らめて身体を押し付け合いながら舌を絡める様はエロいにもほどがあった。これはもう一生覚えていられるのではないか。下手なAVでは興奮できなくなりそうだ。
「で、その先は!?」
「いや、集中が切れたから見られたのはそこだけだけど」
二人から思いっきりぶん殴られた。
暗黒神官はともかく剣闘士の拳は普通に痛かったので、翌日同じくらいの時間に再挑戦した。
そんな事を数日繰り返した結果、
「なんと、レンさんは毎日、相手日替わりでエロい事をしているらしい」
「マジかよ」
「最高ですね。……いえ、ある意味残念過ぎますが」
最初の日はフーリ、次の日はミーティア。その次はメイだった。ローテーションが決まっているのか、それともその日の気分次第なのかはもっと調査が必要だろう。それから、三人以上でベッドを共にする日があるのかも気になるところだ。
MPが切れたり集中が途切れたりで一部始終を見られたわけではないものの、プレイは基本的にレンが責めの模様(剣闘士がガッツポーズしていた)。ただ、流れ次第で受けに回るとレンも恍惚の表情を浮かべてされるがままになっていた(暗黒神官が天を仰いだ)。
「プレイ内容についてももっと調査しないとな。あと音が聞こえないのが残念過ぎる」
「俺達が見られないのもな」
「念写か何かと組み合わせて、見たものを出力できないでしょうか」
まだまだ試行錯誤の余地はありそうだ。彼らは頷きあうと、今日の分の調査に入った。
彼のMPを節約するために肝心のダンジョン探索の方がスローペースになっているのはまあ、エロの探求のためには仕方のない事だろう。
「今日は誰だろうな」
「順番的にはアイリスさんかシオンさんでしょうか」
「お、来た。……シオンさんだな」
人型モードのシオンはレアである。剣闘士はジト目で睨んで欲しいと妄想し、暗黒神官は麻縄で縛ってやりたいと息を荒げる。
彼としても狐耳美少女は大好物。その巫女服っぽい衣装がはだけられる様は是非とも見たいところで──。
「ん?」
「どうした?」
「いや、なんかこっちを見られたというか」
「気のせいじゃないのか?」
確かに、普通に考えたら気のせいだ。今は視覚を飛ばしている状態、空中に目玉が浮いているわけでもなんでもなく、気づかれるはずがない。
なのに、シオンは彼から目を離さないまま一直線に歩き始める。レンも伴い、そのまま現在の視点を「通り過ぎて」。
「あ、これ、やばいかも」
「どうしたんです?」
「俺の視線を辿ってこっちを追って来てる、かも」
「馬鹿、だったらさっさとスキルを切れ!」
慌ててスキルを中断し、家の明かりを全て消した。まるで泥棒を警戒するのかのように息を鎮めてしばし様子を見ていると、
「……来ないな」
「気のせいだったのでしょうか」
「こんばんは」
「ひいっ、出たっ!?」
「出たとはなんですか、人聞きの悪い。……それよりも、伺いたいことがあるのですが」
シオンは妖狐姿。その後ろにいるレンは寝間着に一枚羽織っただけでなんとも眼福だったが、窓の外、月を背にして浮かばれるとむしろ「あ、死ぬのかな?」という気分になる。
「勘違いであれば申し訳ありません。ですが、もしなにかお心当たりがあるのであれば早めに申し出てください。でないと、なにがどうなるか──」
「本当に申し訳ありませんでした」
三人は覗きの罪を負い、神殿前で半日土下座させられた。そのうえ彼は一週間にわたって目隠し生活、首からは「私は覗き魔です」という札を下げさせられた。
殺されなかっただけマシと言えばマシだし、刑期が開けたらみんな表面上は許してくれたが、
「レンたちが寛大で良かったわね。……私が決めていたらお前たち今頃、本気で後悔していたでしょうね」
女子の怒りというのは本当に恐ろしいと、あらためて思い知った三人だった。
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