ぐだぐだ会議とメイ議長

「マジックアロー!」


 生み出された四十本の光の矢がゴブリンの群れに降り注ぐのを追いかけるように、ゴーレムの少女が敵の群れに向けて駆け出していく。

 メイの肩越しに飛んだアイリスの矢と魔法が前衛を牽制、メイは全く立ち止ることなくその脇をすり抜けると、最奥に立つゴブリンプリーストを無造作にぶん殴った!


「ギッ!?」


 悲鳴と共に吹き飛び、壁に叩きつけられるプリースト。

 乱暴にも程がある攻略法にむしろ敵へ同情したくなりつつも、レンは新スキル『属性変換』を用いて雷属性の単体攻撃魔法──ライトニングボルトを撃ち放った。

 範囲魔法とメイの強襲によって混乱し始めたゴブリンたちはそれを立て直すことができず、レンたちからの援護射撃をまともに喰らい、


「所詮はゴブリンですね。殴ってしまえば脆いものです」


 あれだけ苦労した九階のボスグループがあっさりと壊滅した。



   ◇    ◇    ◇



「あの、あなたが山を作ろうと動いているグループのリーダーの方……ですか?」

「ああ。俺が山の会──正確には『初日の出を見るための山と海の会』のリーダーだ」


 次の休日。

 レンたちは賢者から紹介された男の家をマリアベルを除く四人で尋ねた。

 男の職業は大工。長年の異世界生活によって与えられた立派な肉体に最低限の服だけを纏った中年男(同じ中年でも賢者とは印象がまるで違う)はさっぱりとした態度で出迎えてくれた。

 妻だという細身の女性が当然のようにお茶を出してくれるのもどこかの家とは大違いである。まともすぎて逆に意外に感じつつも手土産(フーリとアイリスの作った煮物)を差し出し、向かい合うように席に着く。

 まずはメイが口火を切って、


「先ほどの妙に長い名称はいったいなんなのでしょうか」


 歯に衣着せなさすぎである。

 うすうす気づいていたがこの少女、遠慮というものを知らないらしい。

 幸い大工の男は「確かに長いな」と笑って、


「でもその方がわかりやすいだろ。俺たちが悩んでる証みたいなもんだ」

「つまり、山か海かってこと──ことですか?」

「そうだ。初日の出を見るなら山だ、いや海だって意見が割れててな」


 日の出、日の入りというのは簡単に言うと太陽が地平線(水平線)から顔を出す(隠れる)現象である。

 高いところからだと見やすくなるし、逆に何もない低い位置に広がる水平線を用意しても日の出を綺麗に見ることができる。

 まあ、もちろんこの理論はこの異世界でも自転や公転などの仕組み、世界の形が同じである場合の話なのだが。

 地球人であるレンたちがあまり違和感なく生活できている時点で大きな差異はない──実はこの世界が平面だったりとかはしないだろう、というのが一般的な見解である。


「あー。まあ、山の上から海の向こうを見るのが一番いいんだろうけど……」

「それじゃあ欠片がいくらあっても足りませんよね」

「そうなんだよ」


 初日の出が見たい面々が街を拡張するのに必要な欠片を除いた趣味で使える欠片をこつこつ貯蓄したことでかなりの量の手持ちがあるものの、それを使っても地平線あるいは水平線を見られるようにするのはなかなかに大変である。

 地平線(水平線)とは現在地からずっと遠くを指すものであり、「行ったことのない場所」を深い闇が覆っているこの世界においては「作らなければ存在しない」ものだ。

 東に広い海を作ってさらに西に高い山を──なんて贅沢が過ぎる。


「そもそも海を作るのってめちゃくちゃ大変だろ? 海までの道を作るのもそうだけど広げる時が」

「あ、そうか。欠片を使わないといけないから……」


 いっぱんにばーっと作ってしまえるのならいいが、そうでない場合は世界の端まで行って念じなければならない。端が海上にある場合は当然船か何かが必要だ。


「で、山を作るにしても熊とか狼が人里に来る可能性は考えないといけない。面倒くさすぎてなかなか実行に移せないまま今に至るってわけだ」

「確かにそれは面倒くさいな……」

「海老やマグロを食べたいっていう海派の意見も根強いしな」

「うん。食べ物はぶっちゃけ海の方が美味しいよね」


 フーリの返答はかなり身もふたもないが、レンとしてもおおむね同意見である。

 山の高級食材というと代表例は松茸だが、味やコスパを重視する若い世代からすると「椎茸で良くないか?」となる。その椎茸は菌さえいれば丸太でも栽培可能である。


「むう。山菜の美味さは子供にはわからないか」

「失礼ですが、あなたも子供の頃に異世界に召喚されたのでは?」

「うちは親が大工だったからな。伝統を重んじる傾向が強くて和食が多かったからそういうのも食べ慣れていたんだ」


 だとすると余計に正月は大事だろう。


「ここのところ会への新規加入者が少なくてな。最近の若者にとって正月とは『お年玉をもらうイベント』でしかないらしい」

「あー」

「あはは。まあ、そうかも」


 顔を見合わせて苦笑するレンとフーリ。

 逆に異世界で生まれたメイやアイリスの方が「伝統行事は大事では?」「そうですよね?」という反応である。

 精霊がいて魔法があるこの世界ではゲン担ぎに対する心証も違ってくるのだろう。

 会のリーダーはテーブルの上で腕を組むと頷いて、


「お前達が湖を作り始めたと聞いて実は期待していたんだ。道を伸ばしやすくなったからな」

「森は街の南寄りですけど、大丈夫でしょうか?」

「問題ない。西に山を作るか東に海を作るかすればいいだけだ」


 海を作った場合は森の端から日の出が見られるし、山を作った場合は山の上から日の出が拝める。


「わざわざ山に登るのはなかなか大変だな……」

「年に一度の行事だぞ? 日本だとそのために富士山に登る者がいるくらいだ。我々の体力なら多少の登山くらいなんでもないだろう」

「確かにそうかもね」


 海には拡張問題がある。


「残念だけど、日の出を見るなら山の方が現実的かな。残念だけど」

「そうだな。海の幸が食べられないのは残念だけど」

「本当に残念そうだな……? まあ、俺も人の事は言えないが」


 リーダーはここで笑みを浮かべて、


「アイリスちゃんが協力しれくれれば話が一気に進むかもしれん」

「私ですか?」

「ご両親は森の管理者だろう? 二人は森周辺の拡張には否定的なんだよ。先々のために未確定のまま残しておきたい、というのは理解できるんだが、山を作るためにはそれだと困る」


 別にどうしても森から伸ばす必要はない。ただ、熊などの動物がいきなり街に来るのと森を経由して来るのでは討伐のスムーズさがだいぶ変わってくる。街の人間でも殺すだけならなんとかなるが、肉を取るために「なるべく傷つけず殺す」となると慣れた狩人の方が良い。


「湖まで川を繋げれば森の動物たちも喜ぶだろう? そのあたりの説得に協力してもらえないか?」

「はい。結果はお約束できませんが、協力させてください」

「本当か!? 助かる!」


 話をした帰りに森にも寄ってアイリスの両親に相談すると、意外とすんなりOKが出た。


「アイナたちも立派に狩りができるようになってきたし、頃合いなのでしょうね」

「もちろん、拡張の仕方については事前に打ち合わせて欲しいが、山に繋げる事自体は構わないよ」

「本当!? ありがとう、お父さん、お母さん!」


 リーダーの言っていた通り、娘から話を通したのが大きかったかもしれない。

 了承がもらえたので翌日、リーダーのところへ報告へ行った。いきなりの大進歩に彼はおおいに喜んでくれ、これで後は大人たちで進めてくれるかと思っていると、


「せっかくだからお前達も話し合いに参加しないか?」


 道を伸ばすには先に湖を完成させないといけない。それを考えると確かにアイリスがいた方が楽である。なんだか大事になってきたのを感じつつも了承すると、それから休みの度に『初日の出(以下略)の会』に呼び出されるようになった。

 話し合いと言っても要は「ああでもないこうでもない」と大人たちが言いたいことを言う場である。

 人によっては酒を手にしており、なんというか見るからにグダグダである。

 初回の話し合いに参加したアイリスの母は「方針が決まったら教えてください」と夫ともども早々に参加を打ち切り。


「……なんか、今まで山ができなかった理由がわかるな」

「うん。欠片だけが原因じゃないね、これ」


 船頭多くして船山に上る。

 日本でも公共事業の決定は役所等が行っていたわけで、この手のことが得意な人間なんてここにはいないのだ。

 しばらく待っても話が進みそうにないので、


「先に湖完成させて来ようか」

「そうですね」

「お? 湖を作るのか? それは興味深いな」


 レンたちが動き出したら何人かがついてきた。下見だという話だが、面白そうだから来ただけなのでは? という気もしないでもない。

 ともあれ、アイリスの両親にも声をかけた上で湖が完成。

 グラウンドを含めた中学校の敷地に匹敵する面積の水源。来年の夏には百人とかで水遊びができそうである。もちろん川の端っこも用意したのでここから山へと伸ばすことが可能。


「これはいいな。新しい土地を見るのはわくわくする」

「……まあ、ここじゃ旅もできないですもんね」


 悪い人じゃないのだろうが、リーダーも若干、いや相当に決断力が足りていない。

 対立意見を出している双方が十分な戦闘力を持っているだけに下手に強行できないというのもわかるのだが。


 主要メンバー+レンたちが話し合いの会場に戻ると酒盛りが始まっていた。


 会の構成員全てが参加しているわけではないものの、結構な賑わいである。ひょっとするとメンバーの半分くらいは忘年会的なノリで顔を出しているだけなのかもしれない。


「これじゃ決まらないだろ、そりゃ」

「お、レンちゃんだっけか? お帰り。ほら、こっちに来て一緒に飲もう」

「ついでに酒を注いでくれよ」

「そんなこと誰がするか!」


 何人かからの視線に邪なものを感じてつい声を荒げる。念のため肌を隠す服装にしてきたが、どうやら正解だったらしい。

 レンは手近な酔っ払いから酒瓶を取り上げると、仲間を振り返って、


「メイ。もうお前が仕切ってくれないか?」


 騒ぎを見ながら「非効率的です」とか呟いていた少女は真顔のまま、しかし普段よりも素早く顔を上げて、


「よろしいのですか?」

「ああ。このままじゃ埒が明かない」

「かしこまりました。それでは……」


 参加者が連れてきた子供を除けば最年少のメイは良い意味で空気を読まず、堂々とみんなの前に出て行くと宣言した。


「湖もできたことですので、『山を作る』ところまでは合意とみなします。その上で、山までの道、および山の形をデザインする者を決めましょう」

「ど、どうやって決めるんだ?」


 あまりにもきっぱりと宣言したのでみんな黙ってしまった。

 注目が集まる中で誰かが尋ねて、


「この場にいる者全員で無記名の投票を行います。任せたい相手の名前を一つだけ書いてください」

「今日参加してないメンバーもいるんだが」

「全員揃う機会を待っていたら永遠に決められません。不参加者は参加者に決定を委任しているものと判断していいでしょう」

「もっといい方法があるんじゃないのか?」

「ではこの場で提案を。適当と思われる方法であれば採用します」


 全員が黙った。

 メイに任せたレンでさえ予想外の活躍ぶりである。


「……すごいな。どこで覚えたんだ、こんなの」

「ラブロマンスの中に宮廷ものか、浮気男が裁判で負ける話でも交ざってたんじゃない?」

「人生、何が役に立つかわかりませんね……?」


 投票用紙の作成、配布、集計はレンたちが手伝った。

 用紙にはアイリスの持っていた余りの紙を流用した。用意がいい……と言っても湖のデザイン画を運んできたついでなのだが。

 なんだか誰が選ばれるか予想できる気がする。

 思いながらレンはアイリスの名前を書いた。


「──では、デザイン画は最多の指名を受けたアイリスさんにお願いします」


 拍手が巻き起こる中、アイリスだけが「また私なんですか……!?」と悲鳴じみた声を上げた。


「だって前例があるし」

「湖の絵もめちゃくちゃ上手かったもんな」

「あ、もしかしてお二人も私に投票したんですね!?」

「ちなみに私も投票しました」


 仲間から三票も入っていた。

 みんなから期待された少女は「ひどいです……!」と憤慨しつつ「賢者様に図鑑を見せていただかないと」と早くも具体的なプランを考え始めていた。

 こういう真面目な子だから期待されるのである。


「では、次回の会合はアイリスさんが絵を完成させてから、ということで。完成の催促は禁止とします。よろしいですね?」

「異議なし」


 ぐだぐだが嘘のようにスムーズに終わり、ぞろぞろと解散していく一同。

 何人かから「頑張れよ」と声をかけられたアイリスは緊張した様子だったが、メイがそんな少女の傍に立って、


「逆に考えてください。これで絵が出来上がるまで呼び出される心配はありません」

「でも、新年まで一か月もないんだよ?」

「年明けでも来年の年末でも構いません。何年も待ってきた人たちが後一年くらい待てないはずないでしょう」


 先に「催促はなし」という言質も取っている。

 こうして山作成の作戦会議はなんとか平和に終わったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る