偉大なる父
「お前が無事でよかった」
父は最期の力を振り絞るように言葉を発する。
「この戦いに参加するため、全身を機械にしたが、それも、ここまでのようだ。
黙っていてすまなかった。だが、私は……」
すべてを言いきらないまま、カオスシャドー
拓磨の胸中に複雑なものが揺らめく。一族の恥だと蔑んだ相手なのだ。その男の献身を目の当たりにして心が揺れた。
だが、次の瞬間には溢れるように慟哭する。
「父さん! やっと会えたのに! 会いたかったのに! 何で……!」
それは幼いころに持っていた父への思慕だったのかしれない。ただ、この時の感傷として生み出したものに過ぎないのかもしれない。
それでも、泣き叫ばずにはいられなかった。
こんな状況は隙だらけだ。それを見逃す、イエローイレギュラーでは……。
「お父さん……だったの? お父さん……?」
イエローイレギュラーの正義感の原動力は亡き父の姿を知らずのうちに思慕してのものだった。この時、彼女は自分の記憶に封じられた父の姿と、目の前にいる拓磨の父、卓逸の姿を無意識に重ねていた。
こうなると、もう無力だ。イエローイレギュラーにはもはや拓磨が攻撃対象とは思えない。
とはいえ、これは一瞬の出来事であった。
「なんだか、よくわかりませんが、これはチャンスですね」
知らぬ間にカラーボールをぶつけられているニンギョウ参謀長がニタリと笑った。状況はわからないが、イエローイレギュラーが戦意喪失し、カオスシャドーが倒れている。カオスファイヤー拓磨もまたカオスシャドーに駆け寄り、戦闘のできる状態とは思えない。
ニンギョウ参謀長は両腕から機関銃を出し、滅多やたらに撃ち出した。それに追随し、藁兵に化けた人形たちも同じように銃撃を放つ。
ダダダダダダダダダダ
それを受けたのはグレーだった。次元の壁を作り、いくつかの銃弾を異次元に放り出してはいるものの、その多くはグレーの体そのものによって受け止められている。致命的なダメージを受けていた。
「くだらねぇな。こんな情にほだされちまった。
俺はお前が気に入らなかったよ。
だが、お前にも守るべきものが、お前にも守ろうとするものがいるんだな。今、それに気づけた。お前も俺の正義が守るべき相手だ。だから、守ったんだ」
そう言うと、グレーはぐでっと倒れた。
その成果に、ニンギョウ参謀長は喜色ばむ。
「結果は良し。これで二匹。次いで、もう二匹!」
しかし、ニンギョウ参謀長と藁兵たちが銃を向けるよりも早く、イエローイレギュラーの銃口が向いた。
「この人たちのお別れに、邪魔なんてさせないんだから!」
イエローイレギュラーの凛とした声が響く。
ニンギョウ参謀長は咄嗟に防御態勢を取った。藁兵に化けた人形たちが集合し、ニンギョウ参謀長を守る。イエローイレギュラーの銃弾を弾いた。
そこに、グレーが体を起こし、カットラスの鍔になっていたピストルの銃身をニンギョウ参謀長に向ける。そのまま、引き金を引いた。
ドゥシュゥー
ニンギョウ参謀長を庇う人形たちをすり抜け、砲撃が如き銃弾が走る。次元を超越し、ただニンギョウ参謀長自身のみを消し飛ばした。
「奥の手は取っておくものだぜ」
グレーはそう呟くと、再び倒れ込んだ。
「くぬぅ、ここまでか。所詮は人形どもよ。他人行儀に私の死を見守るだけだというのか」
ニンギョウ参謀長は爆散した。同時に、グレーもまた倒れる。カオスシャドーはもう助かりそうにない。
残ったのは、拓磨とイエローイレギュラーだが、イエローイレギュラーに戦意はなかった。
「戦士として君を見逃しちゃいけいないのはわかるけど、でも、私の戦士としての根幹が戦うべきでないと言ってる。この場は見逃す。どこか行っちゃって」
そうイエローイレギュラーが言う。拓磨としても、彼女を相手に命のやりとりをしている暇なんてない。
そう思った時、拓磨の身体はその場所から消えた。グレーの手によって転移させられたのだ。周囲の様子を見まわす。
頭上には巨大化したニンギョウ参謀長が暴れ始めているのが見えた。それを相手取っているのは、いまだ巨大化したままのブルーとカオスアビスことアビ教官だ。さらに、イエローイレギュラーが等身大のままながら攻撃を仕掛けていた。
皇帝居城の最奥を目指して拓磨は走る。そして、思う。
非戦を貫こうとした父の生き方は、ここに来て、肯定されたのだ。カオスイレギュラーズの二人との戦いを回避した。その功績は評されるべきだろう。
父の行動は偉大だった。
「けど、俺に同じことはできない。敵が現れたら、戦うまでだ」
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