研究所にて

 暗い闇の中、意識だけがぼんやりと覚醒を始めていた。

 何が起きたのか判然としない中、拓磨はただ声を聞いていた。


「その藁兵ストローマンの傷は深いのですか?」

「藁兵ごときの容体なんか気にしたくもないけど、計画に必要なんでしょ? 助かってもらわないと困るのよ」

「アハハー、拓磨くんなら大丈夫だよ」


 この声は御子たちだろうか。なぜ御子たちがここに?

 ここはアビ教官の研究所じゃないのか。


「もちろんです、御子よ。藁兵は改造兵。この程度の負傷、パーツを入れ替えればどうにかなります。ね、トケイ技官長?」


 アビ教官の声が聞こえる。なら、やはり研究所なのだろう。

 しかし、なぜ御子が? それに、トケイ技官長といえば、世界帝国の中枢に位置する大幹部の一人のはずだ。なぜ、こんなところに?


「クロックック、その通りだよ、アビ教官。藁兵の利点は高い汎用性にある。改造を進めた+4だとしても、パーツの交換さえすれば、すぐに復元可能なのだ」


 神経質そうな男性の声が響いた。これがトケイ技官長の声だろうか。


「しかし、御子よ。私どもの用意した祭壇は機能しなかったのでしょうか。かつて、初代皇帝の築いたものを完全に再現したつもりでしたが……」


 トケイ技官長は今度は巫女に問いかけたようだ。神経質な口調が媚びを売るような口調に変わった。

 アビ教官も興味深そうに疑問を口に出す。


もう一つの地球アナザーアースへの分岐を生み出した異海の力ですよね。カオスイレギュラーズの総力と対してならまだしも、一戦士に後れを取るような存在とは思えません」


 皇帝? 異海の力? 聞きなれない言葉が続く。拓磨たちのいる地球がもう一つの地球アナザーアースであることは知ってはいたが、その分岐点になるような存在や出来事があったというのだろうか。


「確かにおかしなことです。ですが、トケイ技官長、あなたたちの仕事はよくできていましたよ」

「でも、召喚できたのが、あれじゃあ、しょうがないんじゃないの? というか、あのカオスバイオレンスとかいうの、舐めてない? 力を抜いてるみたいだった!」

「アハハー、だよねー。富士の火口が異海の門になってるって言うから、せっかく呼び出してあげたのに。感じ悪っ!」


 カオスバイオレンスはそもそも何なのだろうか。異海の支配者アウターゴッドという呼び名は聞いた気がする。だとすると、異海の力もカオスバイオレンスから来ているものなのか? だとすると、異海将校アウターマンとは?


「そういえば、グレーも異能戦士アウターマンになったらしいですが、そんなことはあるんですか? 彼は軍人ではなかったようですけど」


 これはアビ教官の声だ。拓磨はその質問を聞いて忸怩たる思いだった。

 グレーになれて、自分がなれないとは……。


もう一つの地球アナザーアースに分岐した時点で、全人類に異海の力は宿っているようだ。だから、もう一つの地球アナザーアース出身のグレーが異海戦士アウターマンとして目覚めても不思議はないのだよ」


 トケイ技官長が指摘する。そして、そのまま言葉を続けた。


「それにしても、敗北したとはいえ、グレーの武器が突き刺さったまま帰ってきてくれたのはよかった。いつもながら、拓磨くんは大手柄だ。

 だが、この痛めつけ方は何だろうね。嗜虐心をそそられたのか。それとも、攻撃はするが、殺したくはなかったか。だとしたら、正義の戦士としての甘さが出たな」


 それにアビ教官が答える。


「それは私たちではわかりかねますね。

 けれど、拓磨も異海将校として目覚めてくれれば良かったのですが、どうやら才能がないようです。発破を掛けたのですが、無意味でした。

 とはいえ、この計画さえ進めば、必要のないことでしょう」


 無意味? 必要ない? どういうことだ。俺には無理なのか? 才能がないのか?


「そうですね。本当、拓磨には感謝してもしきれません。彼はこの計画のかなめです」

「ここまで来たら役に立ってもらうしかないじゃない。適正は拓磨にしかないんでしょ」

「アハハー、これこそ運命だよねー。この計画が進めば……」


 麻酔がぶり返してきた。急速に意識が遠のいていく。

 周囲の言葉はこれ以上は聞こえなかった。

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