Origin.02 ブルー
地球の歩き方
古代ギリシアの哲学者、エンペドクレスは、この世界の物質は土、水、風、火で構成されると説いた。この説は近代まで支持され、現代科学の礎となるが、原子の発見により否定されている。
しかし、ある意味でこの説は正しかったといっていいだろう。元素としては誤りだが、物質の状態を示すものとしては正鵠を射ていた。
物質の状態は主に固体、液体、気体の三つとされる。さらにプラズマが第四の状態とされる。これは、土、水、風、火で表されるのに相応しいものだ。
宇宙においてはその99%までがプラズマで占められるという。地球上においては固体と液体が混じり合い、生命となった。であるならば、プラズマに満ちた宇宙において、プラズマの集合体が生命となったとして、何の不思議があるだろうか。
後にブルーと呼ばれる存在もまた、そんなプラズマ生命体であった。
彼が誕生したのは、地球人類がシェダルと呼ぶ恒星のある星系である。シェダルはカシオペア座のα星として地球人類に知られる星だ。
その星系の星屑とでもいうべき小惑星で、彼は――あるいは彼らは知的生命としての自覚を得る。あくまで集合体であったが、一つの意識のもとに行動した。
地球生命の行うような食事はしなかったが、周囲に揺蕩うプラズマを吸収し、あるいは情報を伝播し、その存在を大きくしていく。やがて、吸収できるプラズマがなくなると、小惑星から外宇宙へと旅立つ決意をした。
彼は――あるいは彼らは宇宙を旅して回る。そこにあったのは好奇心、あるいは知識欲と呼ぶべきものだった。そのような欲求を得たことは偶然だったのだろう。だが、次第に知識が生存に優位なことを悟る。知識を得るごとに、彼――あるいは彼らは自身が強力な存在に成長していることを実感していった。
ある時はガス惑星に赴く。そこでは重力と気圧、それに伴う嵐という恐るべき存在があった。
嵐によって、彼は――あるいは彼らは霧散し、散り散りとなる。生き残ったものは少数であった。それでも、生き残ったことは幸運だったといえる。
その惑星には気体とプラズマの混じり合った生命があり、その生命と交流し、助けられることでどうにか惑星から脱出することができた。
僅かに残ったものたちだったが、宇宙に散らばるプラズマを集め、数を取り戻す。
以前の彼とは――あるいは彼らとは異なった存在になったようにも感じたが、収集した知識は何としても守りたい。そして、より多くの知識が欲しい。そのためには数が必要であった。
また、ある時、恒星に興味を持った。ガス惑星を探索した経験から恐怖が刻まれているが、それ以上に知識欲が勝つ。好奇心は猫をも殺すということわざが地球にはあるが、それでも知識を集めれば、最終的な生存につながると彼は――あるいは彼らは理解している。
しかし、そんな彼らの好奇心も強烈な熱波の前に頓挫しかけた。コロナと呼ばれる超高温の膜はとても通れそうにない。
そんな時、奇妙な宇宙生物が通りかかった。プラズマでも気体でもない。ダークマターで構成されているとしか言いようのない宇宙生物だった。
「おや、プラズマ生命体の皆さん、この恒星の内部に進みたいんですか? いいですよ、案内してあげましょう。
コロナにはね、強い場所と弱い場所もあるんです。中にはコロナゼロなんて場所もありまして。そこをダッシュで突き進んでしまえば、恒星の地表まであっという間なんですよ」
その宇宙生物は奇妙なことに言語という情報伝達手段を用いていた。プラズマ生命であれば発想もしない、迂遠な手段であるが、状況によっては使い勝手がいいのだろう。彼は――あるいは彼らはそれだけでも有意義な知識を得たと感じる。
「ああ、ワタシですか。いやいや、ナハハ、大したものじゃないんですけどね、宇宙店主と呼んでください。宇宙の中心で宇宙書店を営んでますので、近くに来たときは利用してくださいね」
宇宙店主の語る言葉の大多数は意味不明であったが、それは地球という岩石惑星の文化であるらしかった。
ともあれ、宇宙店主の案内で恒星の地表に到達する。コロナの超高温に対して、彼にとって――あるいは彼らにとって過ごしやすい場所であった。宇宙店主は「サウナにちょうどいいでしょ」という文化の異なる言葉を発している。
とはいえ、宇宙は広い。彼の――あるいは彼らの冒険を語れるだけ語ると、この物語の本義と離れることになるだろう。
気の遠くなるような旅を経て、彼は――あるいは彼らは宇宙警備機構とでもいうべき存在になる。困難に見舞われた生命を救ううちに、そのような呼ばれ方をするようになっていた。
そんな中、太陽系と呼ばれる星域を訪れた。ここで彼は――あるいは彼らは不思議な声を耳にする。
――地球に危機が訪れています。救いを求めます。助けてください。
それは嘆きの声であった。
その声の正体は何だったのだろう。侵略を受ける地球の知的生命の悲痛な叫びだろうか。あるいは、地球に住むプラズマ生命体が危機を、彼に――あるいは彼らに伝えたのかもしれない。それとも、宇宙の意志がその使命を彼に――あるいは彼らに託したのだろうか。
いずれにしても、捨ておくことのできない悲痛な叫びとして受け取った。彼は――あるいは彼らは、その悲痛を自身の悲痛として学習する。この悲しみは止めなくてはならない。
彼は――あるいは彼らは岩石と水の惑星である地球に降り立つことにした。そんな経験はいまだにない。危険な行為であった。
それでも、やらないわけにはいかない。
二手に分かれることになった。宇宙空間で失ったプラズマを補充することを優先するもの。そして、地球へと進み、大気圏へと突入するもの。
突入するものが地球へ向かう。青い、美しい惑星であると感じる。そのまま、重力と大気に飲み込まれた。気圧というプレッシャーにより、身体が破壊される。
――このままでは、プラズマが霧散する。集合体を維持できない。
重力が圧倒的な力で、彼――あるいは彼らを引き寄せる。大気が圧倒的な質量で、彼――あるいは彼らを引き剥がす。
これが地球という惑星の洗礼であった。プラズマ生命体はそのままではいられない。
――身体を冷却する。プラズマを気体に。気体を液体に。そして、液体を固体に。個になるしかないが、生き残るにはそれしかない。
集合体であった、彼――もはや彼でいい――は一つとなった。そして、光輝く姿のまま地表に降り立つ。
そう、立つという行為も初めてのことだった。その足を大地から離し、前に進め、また大地に戻す。それが地球の歩き方だ。彼にとって初めての経験だった。
だが、降り立った場所は戦場だ。灰色の戦士と黒い鎧の侍が戦いを繰り広げている。
「地球の人々の嘆きを受信した。我ら、宇宙警備機構、地球を守ることを使命とする戦士を派遣しよう」
地球の人々は言語を使う。彼の聴覚は大気を振動して伝わってくる言葉を拾い、分析し、理解していた。それと同時に、ともに戦う戦士たちの思念を感じ取る。
彼らはそれぞれ名乗りを上げ、戦いに挑んでいた。それが地球の流儀ならば、則るべきなのだろう。
彼は自分が名乗るべき名前を考える。大気圏に突入する前に目にした地球の姿が目に浮かんだ。名乗るべき名はそれしかないと思った。
地球の言葉で、それは――。
「私は……ブルー……。この星を守るため、やってきた……」
そう宣言したものの、まだ肉体の感覚には馴染めない。プラズマだった時と比べて、どれだけ自由が制限されることか。敵を殴るたび、敵に殴られるたび、信じがたいほどの痛みを伴う。ブルーは肉体を持つことの恐怖を実感し始めていた。
だが、それでも受信した嘆きにより、その悲痛がブルーと一体になっている。その悲痛を解消しなくてはならないという衝動に駆られていた。
ブルーは正義のために戦う。だが、それは他者による悲痛な嘆きを学習したことに由来する。それは何者の悲しみだったのだろうか。彼の正義の根拠は正体が不明であった。
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