Another.06 最強の異海将校

起死回生会議

 もはやカセイ参謀長だけが胃を痛める会議ではなくなっていた。それがいいことであるのかというと、確実に良くない事態であるといえる。


 もはや、アメリカ合衆国は息を吹き返し、もう一つの地球アナザーアースの世界帝国へ宣戦布告し、泥沼の消耗戦へと移行していた。だが、泥沼なのは世界帝国だけである。本来の地球オリジナルアースの人々にはカオスイレギュラーズという救いがある。彼らが現れれば状況は覆されるだろう。それを信じていれば未来への希望が持てるのだ。

 実に分の悪い戦いだとカセイ参謀長は思った。だが、勝利のための策を打たねばならない。それが彼の使命なのだ。


 幹部たちの前には三人の御子が現れていた。

 アイは幼いながらも体のラインが見えるベトナムの民族衣装、アオザイを纏っている。マイはふんわりしたスカートとエプロンが特徴的な、ビーズやレースで飾り付けられたスイスの民族衣装、トラハトに身を包んでいた。モコは細かい刺繍で彩られたトルコの民族衣装、アンカラを着こなしている。


「えぇ、今申した通り、北アメリカの戦況はこの状況です。

 続いて、南アメリカ、オセアニア、西欧、アフリカにおいては戦線を維持しており、統治に破綻はきたしておりません。ただ、反乱は以前より多くなっているのが実情です」


 さすがのゴリ将軍も汗を掻きながらの状況説明である。

 カオスイレギュラーズという綻び一つで、本来の地球オリジナルアース征服という目標が崩されているのだ。誰の責任かという問いかけは、もはやカセイ参謀長にはかからなくなっていた。代わりにゴリ将軍が一身に受けている。ただ、ゴリ将軍には擁護派が多く、責め立てる声以上に擁護する声が大きい。また、総統もゴリ将軍を推しているようである。

 この劣勢においても、ゴリ将軍の地位は揺るぎがないのは、そういう理由であった。


「ここまで持ち応えているのは立派です。あなたたちの貢献は世界帝国に多大な利益を上げていますよ」

「そうは言っても、手に入れた領地は減ってるんでしょ! 全然良くない! 起死回生の策はないの? このままじゃもう一つの地球アナザーアースで引きこもるしかないのよ!」

「アハハー、引き返せないとこに来てない? もう攻めなきゃなのよぉ」


 御子たちの言葉が響く。御子の言葉は総統の言葉でもある。

 その言葉を力強く返したのは、やはりゴリ将軍であった。


「こうなれば、総力戦あるのみ! 可能な限りの最大戦力を用意し、カオスイレギュラーズに当てます。

 力に対抗するのは知恵や工夫と考えていましたが、それは全て覆されました。ならば、もはや開き直るしかありますまい」


 そして、一枚のカードを差し出す。それはタロットカードの“塔”であった。


「この戦いをワンカードオラクルで占いました。児戯に過ぎないかもしれませんが、戦いの趨勢を言い当てているといえるでしょう。

 塔は大革命の暗示。その逆位置でした。問題は噴出、まさに正念場、されど勝利への一筋の道は残されている。我々とカオスイレギュラーズラーズ、塔の暗示がどちらに災厄を齎すのか、今こそ勝負の時です」


 勢いを取り戻したゴリ将軍の言葉に御子たちも目を見張る。


「英雄と呼ばれたゴリ将軍の手腕が見れるのですね。楽しみです」

「そんなこと言っても、どれだけの戦力が集められるっていうの。本来の地球オリジナルアースの軍隊だって侮れない! どこから戦力を捻出するのよ!」

「アハハー、これは楽しみじゃない。どれだけ身を切る判断ができるのかなぁ」


 ゴリ将軍は御子たちの声を受け、身を震わせる。彼ほどの男であっても、覚悟のいることなのだろう。


「最強の師団長といわれるペンチ師団長を出陣させます。そして、私も出ましょう」


 重々しい口調でゴリ将軍は言葉を発した。

 それに驚いたのか、シシ参謀総長が口を挟んだ。ライオンの頭部を持つ恐るべき異海将校アウターマンである。


「将帥自らが前線に立つというのか。愚かな! あなたは自身の命の価値というものを……。

 いや、相応しい姿か。私もあなたが前線に立つ姿を見たくて仕方がない。英雄と呼ばれた、その姿を……」


 いきり立ち発言したものの、自身の感情が納得せざるを得なかったようだ。

 ゴリ将軍というのはこういう男だ。いかにライバルと見做そうが、いかに嫉妬で胸を焦がそうが、彼の生き様には夢中にならざるを得ないものがある。

 カセイ参謀長はフッと自嘲気味に笑う。自分もまた彼に夢中になり、それが故の劣等感に苛まれているのだ。


「それに、カセイ参謀長。お前もともに戦ってくれる。そうだろう?」


 事前に打診されていたことではあるが、この場で言葉を聞くと、胸に来るものがある。カセイ参謀長の誇りと劣等感、それを同時にくすぐる言葉だった。


「ああ、私も力を尽くそう」


 カセイ参謀長はゴリ将軍の要請に同意した。自らの担当地区を失い、戦力のほとんどを失った男には、もはや選択肢はない。それなのに、礼儀を尽くし、カセイ参謀長を立てている。その気遣いが嬉しくも、腹立たしい。


「ゴリ将軍、あなたの英雄と称えられるその力、期待しています」

「過去の栄光はあくまで過去のものよ。本当の価値は今にしかないの。今もまだ価値あることを示しなさい」

「アハハー、最強の異海将校アウターマンが出陣するんだねー。楽しみー」


 御子たちの注目が集まる。

 だが、そんなことは関係ない。全力で策を練り、全力で戦う。もはや、それだけなのだ。

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