Epilogue

もう一つの地球

 永劫の闇から目覚めた。そんな感覚がある。


 自分は今まで何をしていたのだろうか。記憶を手繰る。

 そうだ、ゴリ将軍と死闘を繰り広げていたのだ。手刀による一撃でゴリ将軍の首を両断しようとした。しかし、躊躇してしまう。逆に返り討ちに遭い、死んでしまったのだ。人はゴリラに殴られると死ぬ。


 ならば、なぜ目が覚めたのか。目の前の扉を開ける。

 見知った顔があった。トケイ技官長に、ゴリ将軍。それに、彗佐せっさ拓磨たくまと御子が出迎えていた。


「あなたは拓磨くん。いや、総統と呼ぶべきでしょうか」


 カセイ参謀長はこの状況を考えた。自分は死に、それを蘇らせるものは誰か。

 かつての総統であれば、カセイ参謀長を生き返らせることはない。御子の声による洗脳があったとはいえ、謀反に参加したものに機会は与えないだろう。

 だが、何者かが総統を討ったとすればどうか。御子やアビ教官であれば、やはりカセイ参謀長を信用しない。緊急手段とはいえ、洗脳を手段としたのだ。不信感を抱いている可能性を考えるだろう。


 ならば、拓磨だ。拓磨であれば、何の疑念もなく、カセイ参謀長を復活させる。そう感じさせる、呆気らかんとした雰囲気が彼にはあった。それは慎重さを欠く態度であるかもしれないが、好感を持てる雰囲気を持っていた。


「一応、俺が総統になった。カセイ参謀長、本当は礼を尽くして依頼すべきだろうが、立場というものがある。上からの言葉として受け取って欲しい。

 彗佐拓磨は総統となった。忠誠を求める。俺は総統としてまだ未熟だ。お前の知力と武力、その両方があれば心強い」


 拓磨は敢えて偉ぶった態度で、それでいて誠意を示しながら、話してくれた。カセイ参謀長はその行動に好意を抱く。


「幾度となく死んだ身だ。力になるのはやぶさかではない。

 しかしな、拓磨くん、いや総統。死者を蘇らせるようなやり方は死を冒涜するに等しい。ろくな死に方はしないぞ」


 その言葉に、拓磨はにやりと笑った。


「世界帝国は人道にもとることを繰り返してきた。人体改造を行い、子供たちや兵士を洗脳し、異海外なるものに人の心を明け渡す。それに比べれば、死者の蘇生程度、物の数には入りますまい」


 そう言うと、拓磨は笑った、カセイ参謀長も笑う。ゴリ将軍やトケイ技官長も笑っていた。

 トケイ技官長は拓磨に追随して、言葉を発する。


「死者蘇生は先端技術です。ですが、オカルトや魔術とは違いますぞ。人間も機械も電気によって動いていることに変わりはない。ならば、死者の臓器をクローンで補い、適切な電流を流せば、容易く蘇るのです。

 まさしく投瓜得瓊とうかとっけい、少ない労力で有用な結果をもたらす素晴らしい技術といえましょう」


 満足げに語るトケイ技官長に一瞥をくれると、カセイ参謀長はいまだ黙っているもう一人の男に目を向けた。


「ゴリ将軍、あなたも蘇ったか? いや、当時の総統の洗脳を振り切り、拓磨殿に与したか? あなたなら、やりそうだ」


 カセイ参謀長がそう言うと、ゴリ将軍の笑みが止まる。


「いや、なに。俺も同じく蘇生されたのよ。再生怪人は弱い。そんなジンクスを思わせぬよう、互いに精進しなければならんな」


 ゴリ将軍も神妙な顔をしつつ、忠告を口にした。言い終わると、盛大に大笑いする。

 それを受けて、トケイ技官長が心外そうな言葉を上げた。


「我々、技術官の技術に不備はありません。蘇生されたからとて、弱体化するような不具合はありませんぞ」


 神経質そうに、そんな言葉を捲くし立てる。

 ゴリ将軍の言わんとしたことをまるで理解していなかった。世界帝国最高の頭脳であろうと、ある種の冗談は解さないのだ。


「ふっ、俺には能力がない。知力もなければ、政治の知識もない。トケイ技官長にもわからないことがあるのは救いとなる」


 拓磨は自嘲気味に笑った。だが、そこには深い自信を窺わせるものがある。


「ふふ、拓磨さんも頼もしくなりました。それに、幹部たちも蘇った。順風満帆ですね」

「はあ? どこがよ!? 反乱は止まないし、新体制は固まらないし、問題は山積みよ!」

「アハハー、いいんじゃない、割拠させてけば。これからは世界帝国も規模を収めて、小さな政府でやっていけばいいでしょ」


 御子たちは相変わらずだが、為政者としての経験があるため、拓磨にとっては心強い味方だ。

 そして、拓磨のもとには異海将校アウターマンたちが集まってきた。


「ほう、カセイ参謀長も蘇生されましたな。これは百人力というべきですな、ゲロゲロ」

「ふん、私の爆発力であれば、カセイ参謀長など物ともしない成果を上げますぞ!」

「ふふ。これだけの精鋭がいれば、すぐに世界帝国の反乱は治められるんじゃない……」

「カッチッチッチッチ、我らの力を一つにし、もう一つの地球アナザーアースを統合しようぞ」


 拓磨の脳裏にはカオスレッドの言葉がリフレインするように響く。政治の経験、勉強がなければ、結局は政治などできない。

 拓磨は自分にできる最善を打とうと、勉強を繰り返していた。その上で、自分は政治に向いていないと思っている。だが、世界帝国の中枢を掴まなければ、そのスタートラインにも立つことができない。

 かつての故郷のような民主制度を導入することも考えるが、まずは自分の権力基盤を固めなくては、それもままならない。それは民主的な政治体制とは相反することであり、自分がどこに向かっているかわからなくなる。


 それでも、前に進むしかないんだ。


「てやんでぃ! 今日の世界帝国の空も日本晴れに晴れ渡ってやがるぜぃ!」


 浮世絵から抜け出てきたような、歌舞伎役者の如きジッテ師団長の爽やかな声が響き渡っていた。

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