本来の地球

荒岩あらいわ幸輔こうすけだな。我が部族の母、ノンゴクワの予言により参った。貴様に我が部族に伝わる槍術の秘技を伝授しよう。相手をしろ」


 突如、ジムに現れたのは身長2メートルは悠に超えているであろう、巨漢であった。顔には眼鏡が掛かっており、淡いブルーのスーツを着こなしている。ビジネスマン然とした風体と黒い肌は調和が取れており、それでいて槍を持つ所作が自然で違和感がない。その佇まいだけでも、只者ではないことがわかった。

 幸輔――かつてのカオスレッドはサンドバッグを叩く拳を止め、振り返って彼の姿を見る。


「いいだろう。まだ、お前のようなものが現れるのだな。地球とは広いものだ」


 巨漢は槍を手に身構える。対して、幸輔は得物として棒を選んだ。武道の世界では杖と呼ぶべき武器である。杖には柄もなければ刃先もない。つまり、持つ場所が決まっていない。それ故に千変万化の技を持つとされ、非常に多彩な技があるのだ。


「ふっ、それが貴様の答えか。先祖が作り上げ、我が鍛え抜いた技。それで見切れるというのか!」


 黒い男が吠える。それとともに怒涛の如き技が幸輔を襲った。そのすべてを幸輔は見切り、杖によって受け切っていく。それはまるで舞踏を見ているようであり、殺陣を観戦しているようでもあった。両者の闘いは芸術といってよい。

 だが、あくまでも戦いである。やがて雌雄が決した。巨漢が倒れ、幸輔はそれを悠然と見下ろす。誰が勝者かは一目瞭然であった。


「いい技だ。勉強になった」


 幸輔は感心したように声を発し、その手を倒れた巨漢に向ける。巨漢はその手を取り、立ち上がった。


「その言葉だけで光栄だ。とは言えないな。我が部族の磨いた技、まだ足りないようだ。次にまみえる時は貴様を打ち破る技を見せよう」


 そう言うと、乱れたシャツとネクタイを調え、巨漢はジムを去っていく。幸輔はそれを少し寂し気に見送った。


――パチパチパチ


 拍手が鳴り響いた。手を鳴らしたのは、幸輔にとって見知った女性であった。黄色いライダースーツを身に纏い、黒いロングヘアをなびかせる。かつてイエローイレギュラーであった須賀すが瑞穂みずほだ。


「さすが、カオスレッドじゃない。あれほどの達人をほぼ完封だったでしょ」


 瑞穂は悪戯めいた表情でそんな言葉を口にする。


「それはしょうがない。俺の闘いには地球上のさまざまな部族の知恵と工夫が乗っている。一つの部族の研鑽に負けては、それこそ彼らの先祖の努力を蔑ろにするようなものだ」


 幸輔は真面目な表情で瑞穂の軽口に返した。「ふふっ」と瑞穂は笑い声を上げる。


「久しぶりだけど、変わらないね。あの、カオスバイオレンスとアビ教官の融合体を倒して以来だけどさ」


 それを聞き、幸輔もまた笑った。


「あれから一年か。月日の流れは速いものだ」


 その言葉は瑞穂の胸に突き刺さるものがあったが、それ以上に感慨が深い。


「グレーはどうしてるの? まだ、ここに来る?」


 瑞穂が尋ねる。かつて、グレーは身寄りも住処もなく、幸輔の持ち家であるジムに入り浸って、生活していた。

 その言葉に幸輔は懐かし気に表情を緩ませる。


「いや、あれから見ていない。世界を見て回ると言っていたのだ。あいつなりに、どこか、安住できる場所を探しているのだろう」


 グレーは決戦の後、旅立っていた。本来の地球オリジナルアースに自分の居場所を求めたのだろうか。それとも、もう一つの地球アナザーアースに帰ったのだろうか。あるいは、また別の次元で自分のいるべき場所を探しているのかもしれない。

 そのことを思うと、幸輔は憧れを抱く。グレーは自分の夢に生きているのだ。


「ふふ、でも、そのうち、また帰ってくるかもしれないよ」


 その感傷に水を差すかのように、瑞穂が口を挟む。


「そうだな。そうなってもおかしくない」


 しかし、それも悪くない未来だと幸輔は思う。もう一つの地球アナザーアースに可能性を奪われてなお、未来は無限に近い可能性が広がっている。どうなってもおかしくはない。


「じゃあさ、ブラックはどうなの? あの人、今は何してるんだろう」


 瑞穂の口からブラックの名が出た。だが、その問いは意味をなさないものだ。


「今、か。ブラックはそんな概念に縛られない。あのまま、未来に進んだのかもしれない。過去に戻ったのかも。あるいは、別の選択もあるのかもな。

 けど、再び危機があれば、必ず現れるだろう。それだけは、はっきりしている」


 ブラックは頼もしい男だった。いや、武士もののふというべきだろうか。

 その行方はようとして知れないが、それでもいいと思わせる。ブラックは時間などに縛られないのだ。


「だよねー。でも、幕末の志士と友達になれるなんて、思いもしなかったなー」


 瑞穂もまたブラックの行く末に希望を抱いているようだった。

 しかし、気を取り直して、もう一人のことを尋ねる。


「それでさ、ブルーだよ。あの人。人? どこいっちゃったのよ。まさか宇宙?」


 瑞穂は口に出しつつ、自分の考えに疑問符がつく。そもそも、ブルーは人間であるかも定かではなかった。いや、確実に人ではないのだろう。

 そこに立ち入るか、瑞穂には躊躇があった。しかし、そこにズケズケと近づくものもいる。それが、幸輔だ。


「その通りだな。ブルーは宇宙に帰っていった」


 幸輔は瑞穂の疑問をそのまま受け止めていた。

 その通りであった。ブルーはプラズマに満ちた宇宙で生まれ、知性を持った光の生命体プラズマせいめいたいである。彼が地球に滞在する理由を失ったなら、宇宙に飛び立ち、人間の寿命では二度と会うことはないであろう。


「心配するな、ブルーとはテレパシーで繋がっている。俺たちの危機にはあいつも来る」


 その言葉に、瑞穂は安堵とともに疑問を抱いたようだ。


「それがわからないのよ。私たちの地球で危機は去ったようで去っていない。もう一つの地球アナザーアースはまだ健在だし。

 このことに、地球の救世主であるあなたはどう思っているの?」


 それを聞くと、幸輔は笑いだした。


「それは以前にも話した通りだ。俺はもう一つの地球アナザーアースを代表する総統に敗れた。だから、どうすることもできん。できるのは警戒することだけだ」


 はあぁーと瑞穂はため息をついた。


「そうだよね、そう言うと思ったよ。でも、それだけじゃ、普通は生きていけない。行き詰まるはず。幸輔、あなたは何を知っているの?」


 矢継ぎ早に幸輔に詰め寄る。しかし、幸輔は肩をすぼめるだけだった。


「何も知らないよ。これから何が起きるかも知らない。

 ただ、人々の暮らしを眺めるだけだ。極端に傷つけられるなら、俺が動く。俺はそれだけの存在なんだ。

 地球を守る、なんて言われているが、それもその延長というだけだ」


 幸輔は独自の正義感で動く。それは以前からわかっていたことだ。

 瑞穂は思う。願わくば、彼と敵対しないことを。


「今はニュースを見ていても、“絆”だとか“仲間”だとか、前向きな言葉ばかり出るよね。これは、いいことなのかな?」


 そんな疑問を幸輔は笑い飛ばした。


「そんなことは知らん。人は艱難は共にできても、富貴は共にできぬという。

 苦痛だからこそ、耐えきれないからこそ、人は一体になる。贅沢を覚えれば、また分かれるだろう」


 瑞穂はリングを交差し、変身した。イエローイレギュラーへと姿を変える。


「だからだよ! こんな世界は変えたい。幸輔、いや、カオスレッド。あなたには力がある。私でもがんばっているんだよ。

 戦災地の復興はまだまだだし、見つかってない行方不明者だっている。世界帝国との小競り合いが起きることもある。

 あなたはもう戦わないの?」


 そういうと、ガラガラと窓を開けて、両脚とバックパックからジェット噴射を吐き出すと、大空へと消えていった。残された幸輔には感慨だけが残される。


「俺にあるのは破壊の力だけ。破壊するだけでは、何かを止められても、誰かを救うことはできない」


 幸輔は独り、その言葉を口にした。だからこそ、誰かを救おうとした男に賭けた。藁兵ストローマンでありながら、懸命に戦おうとしたあの男に。

 そして、彼は気づかない。拓磨との戦いを経て、自分もまた拓磨を救っていたことに。

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ただの戦闘員が悪の総統に成り上がるというお話 ニャルさま @nyar-sama

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