カオスシャドーの正体

「けっ、今さらガラクタどもで俺たちを打ち取れると思ってやがんのか!」


 グレーが吠えた。そして、その言葉通りに藁兵ストローマンを蹂躙していく。グレーの前では藁兵など物の数ではない。そう思えた。

 だが、グレーのダガーを受け止める藁兵が現れる。それに驚いたグレーに斧での重い一撃を浴びせかけた。


「なっ、急に動きが変わった……」


 両手のダガーを重ねて威力を減じさせたものの、それでも無傷ではないようだ。それほどまでに強い藁兵だったのだろうか。


「おっと、申し遅れましたかな。私はニンギョウ参謀長。藁兵の中に特製の人形を紛れさせております」


 ニンギョウ参謀長はポーカーフェイスのまま、不敵に笑った。

 それに対し、グレーもまた笑う。


「それがわかれば、どうとでもなるぜ」


 グレーと藁兵の戦いは過熱した。得物をカットラスに変え、次元を超える力で的確に急所だけを貫いていく。圧倒的にグレーが強い。だが、消耗もまた大きいようだった。

 ニンギョウ参謀長はこの消耗を狙ったのだろうか。数の力が有利に働きつつあった。


「なんてね。私もいるのよ」


 ニンギョウ参謀長の背後にはイエローイレギュラーがいた。その言葉とともに、ニンギョウ参謀長をブレードで斬り裂く。

 勝負はあっけなく終わる。はずもない。

 それはニンギョウ参謀長の用意した人形であった。これがニンギョウ参謀長の能力。人形を自分と錯覚させる力があるのだ。


 とはいえ、なんてことない人形を本人と思い込ませるのだ。本体もまた近くにいる。イエローイレギュラーはそう踏んだ。


「こうなりゃ、片っ端から撃ちまくるだけよ」


 その宣言とともに、無闇矢鱈に銃弾が放たれる。


「フッ、我々ヲ死ンダト思ッテルナ。好都合ダ」


 藁兵たちの囲いの外で伏せながら、カオスシャドーが伏せながら、呟く。それを聞き、拓磨も頷いた。


「時ヲ止メ、ニンギョウ参謀長ノ本体ヲ探ス。オ前ハソレヲ知ッタ上デ、カオスイレギュラーズノドチラカヲ狙エ」


 主導権がいつの間にかカオスシャドーに移っているが、それはそれとして良い作戦に思えた。

 情報で上を行き、それを踏まえてカオスイレギュラーズの数を減らす。この状況に置いて的確な判断だ。ニンギョウ参謀長を倒しただけでは、元の膠着状況に戻るだけとなる。


 カオスシャドーは刀に手を掛け、構えた。居合に集中し、神経を研ぎ澄ませる。時間の流れが緩やかなものとなる。

 止まった時間の中で、カオスシャドーはニンギョウ参謀長の本体を見つけた。藁兵の中に紛れて、陣頭指揮を執っている藁兵がいる。その胸元には小さな人形な入っていた。ニンギョウ参謀長に間違いない。

 時の流れを遅いものに維持しつつ、カオスシャドーは達人の動きでカラーボールを投げつける。時の流れがゆるやかなため、空気の抵抗が強い。その中で、カラーボールを正確に投げるのは相当な技量である。

 ニンギョウ参謀長にピンク色のシミが広がった。


「拓磨、ピンクガニンギョウ参謀長ダ。行ケ」


 時間の流れが戻った。

 拓磨はカオスシャドーの言葉を受け、近くにいたグレーに向けて飛び掛かる。レプリカブレードが鞭状にしなり、グレーを襲った。


「な、何いっ!」


 これはさすがのグレーも予想外の攻撃だった。それでも、周囲に次元の歪みを出現させ、鞭状の斬撃を異次元へと散らす。

 だが、その隙を拓磨は逃さない。瞬時に駆け寄り、――かつて、自分がカオスレッドにやられたように――正拳をグレーの顔面に叩き込んだ。クリーンヒット。その一撃を受けて、グレーは吹っ飛んだ。

 確かな手応え。散々やられっ放しだったグレーに一撃を入れたことで、拓磨は気をよくする。だが、その快感により、一瞬の隙が生まれた。


「油断スルナ、拓磨」


 カオスシャドーの悲鳴のような機械音が響く。しかし、遅い。

 イエローイレギュラーの機関銃が回転し、拓磨を撃ち抜かんとする。


「ヌゥン」


 カオスシャドーは瞬時に刀を構える。静逸な瞬間が訪れた。時の流れが止まったのだ。そして、達人の跳躍で間合いを詰め、拓磨の前に立つ。だが、弾丸を弾く余裕はない。


 ダダダダダダダダ


 時の流れは戻った。イエローイレギュラーの銃弾の雨をもろに喰らい、カオスシャドーの鎧は亀裂が走る。

 拓磨はカオスシャドーに助けられたのだ。


「なんでだ!? なぜ俺を庇う?」


 拓磨の困惑した声が聞こえる。

 カオスシャドーはそれを聞いて安心していた。


「お前が無事でよかった……」


 カオスシャドーがか細い声を発する。もはや、機械音声ではなくなっていた。発声機械が壊れたのだ。

 それは拓磨にとって聞き覚えのある声だった。懐かしい声。


「ま、まさか、父さん?」


 黒い鉄兜にも亀裂が走っていた。運命のいたずらか、このタイミングで鉄兜が割れる。

 カオスシャドーの素顔が露わになった。果たして、その顔は拓磨の父、卓逸たくいつのものである。

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