Origin.04 グレー

地球から来た男

 グレーは正義を知らずに育った。


 彼の最初の記憶は母の温もりである。母はもう一つの地球アナザーアースにおいても純粋で温厚な人物であった。

 そのことが影響しているのだろう、グレーの幼少時代は穏やかなものであった。


 だが、グレーに物心がつくかどうかという頃、母は死んだ。父はあまりこだわらない性分だったのか、すぐに新たな妻を設ける。だが、この新妻はグレーの父の財産だけを狙っていた。この頃のことを思い出すと、そうとしか思えない。

 それでも、しばらくの間は平穏な日々が続いた。グレーの弟が継母の体内に宿るまでは。


 それからの日々は地獄であった。何か行動を起こすたびに継母の怒号が飛び、折檻を受ける。かといって、大人しくしていても、それはそれで癇に障るらしく、やはり折檻を受けた。

 だが、それも温情だったのだろう。弟が生まれると、継母の視線はより冷たいものとなった。

 やがて、下男に命じて、グレーを捨てさせた。雪の降る夜に、旅行という名目だけ与えられて、グレーは下男とともに家を出ていった。


 下男は何度かグレーを殺そうとした。だが、できなかった。そのことはグレーの脳裏にも刻まれている。

 やがて、悪徳の街に来ると、グレーを殺すことはせず、人買いに二束三文で売り渡した。

 それは、子供殺しをする度胸がなかっただけかもしれない、僅かな金銭に魅入られたのかもしれない。それでも、グレーにとっては、曖昧な記憶に残る母の温もりとともに、この下男の行動はその生き方の指標となっていく。


 悪徳の街。

 グレーはそこで育った。子供たちは盗みを生業とし、男たちは強盗と密輸、人身売買を堂々と行う。器量の良い女たちは男を騙し、器量の悪い女たちは女を騙した。

 誰もが、誰かを陥れる。誰もが、誰かを養分とする。

 そこはある意味では自然の摂理に則っていたのかもしれない。弱者がより弱いものを食いものにし、さらに強いものに踏み潰される。

 グレーはそんな人々を憎んで育った。彼らのそんな価値観が許せなかった。


 しかし、奴隷として扱き使われ、ろくな食料も与えられないまま衰弱死を待つだけになったグレーは、その家の有り金を盗んで逃走する。

 その後、彼は盗賊となるが、自分自身の矛盾を解決するためにルールを設けた。悪辣な儲けを行うものだけを狙い、過剰な稼ぎは貧しい人々に分け与えることにする。そうすることで、どうにか自分の中の葛藤に答えを見出していた。


 やがて、その怒りの矛先は世界帝国の中枢へと向かっていった。

 軍部を相手取り、最新鋭の兵装を盗み出し、それで武装することでさらに厳重な場所へと忍び込む。軍隊の小部隊であれば、正面から戦い、打ち倒すこともあった。

 そのうち、世界帝国が平行世界への次元移動し、侵略の火の手を広げようを計画していることを知る。その研究の中心地は極東の島国、日本にあった。グレーは日本に向かい旅立つ。


 北海道にあるその研究所に忍び込み、次元転移用の装甲服スーツを盗み出す。次に狙うのは、次元航行艦だ。

 しかし、その時にはすでにグレーの侵入はバレていた。軍部の機密を守らんと、次元航行艦の周囲に大量の藁兵ストローマンが配備される。忍び込もうとしたグレーであったが、ついには交戦となった。


 ここで装甲服の性能の高さに驚く。武器自体はかつて手に入れたカトラスや銃剣を使用しているのだが、その性能まで格段に上がっていた。カトラスの切れ味は藁兵をなます切りにし、銃剣の銃撃は砲撃のような威力がある。

 その性能を駆使し、藁兵を駆逐し、ついには次元航行艦のもとに辿り着いた。それは灰色のライオンの姿をしていた。ライオンの目が光り、グレーを照らした。


「起動。艦隊責任者を認証。所属と名前をお願いします」


 ライオンが音声を発した。一瞬、怯んだが、これは好都合だと判断する。

 なんという運命のいたずらか。ちょうど、次元航行艦の責任者の認証を行うところだったのだろう。グレーはほくそ笑みながら、返事をする。


「俺は盗賊……次元盗賊、グレー」

「認証しました。これより当艦は次元盗賊に所属、艦長はグレーです」

「よし、こんな場所からはとっととおさらばするぞ」


 グレーはライオン型の次元航行艦に乗り込むと、さっそく次元転送を行い、その場から去った。そして、次元の狭間にライオンを残して、新たな平行世界に飛び出す。グレーはもう一つの地球アナザーアースから本来の地球オリジナルアースへとやって来たのだ。

 そこに待ち受けていたのは、藁兵ストローマン一個師団がその地を制圧しようと乗り出す場面だった。


「けっ、冗談じゃねぇ」


 藁兵たちから逃れたと思ったら、また藁兵の群れだ。グレーはうんざりしながらも、その心に怒りの炎を灯す。世界帝国がここでも弱者を蹂躙し、幼いもの、貧しいものを虐げようとしているのだ。そんな光景は許せない。

 グレーは再び装甲服を纏い、藁兵たちに向かって戦いを挑んだ。


 戦いは四人の助太刀があり、勝利に終わる。平行世界の人々は彼ら四人とともにグレーを讃え、正義のヒーローと呼んだ。

 正義。それは耳慣れない言葉だったが、心地よい言葉でもあった。そして、それは今までの自分の心情を表す言葉でもあると思った。弱いものを踏みつけるものへの怒り、理不尽な境遇への不満、悪徳が支配する社会への憤り。それこそが正義であったのだ。


「そうか、俺が抱いていた感情は正義だった。俺こそが正義だ」


 グレーはその言葉を胸に沈め、正義であることを誓った。自分が正義などという思い上がりこそが、正義とは程遠いものだなどとは知らずに。

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