Origin.06 彗佐拓磨
太陽がいっぱい
「おい、まだ話は終わってないぞ!」
家に帰ると、祖父の怒号を背にしながら、父さんが飛び出してきた。黒いスーツに赤いネクタイ、白いシャツ。働く男の姿である。
父さんは拓磨に気づくと、身体を屈め、彼の視線に合わせる。
「無事に帰ってきたか。けど、もうこの辺りも危ない。一人で出掛けちゃいけないぞ」
そう言うと、父さんは一人で出掛けていった。それが拓磨が見た父の最後の姿だ。
家に入ると、カリカリした様子の祖父が待っていた。拓磨に気が付くと、いつもの優し気な表情に戻る。
「少し汗を流そう。付き合ってくれ」
それは日課の稽古だった。家の裏手は道場になっている。曜日によっては門下生たちがやって来るが、今日はその日ではない。
稽古はいつも以上に激しかった。拓磨を痛めつけるようなものではなかったが、息が上がる。祖父の心に昂ぶりがあるのが、幼いながらに理解できた。
パコーン
疲れてボーっとしたタイミングで、拓磨の頭がポーンと叩かれる。インパクトの瞬間に竹刀は止まっており、音が聞こえるほどの衝撃はない。
「気を抜くでない。隙を見せたものに明日は来ないぞ」
その言葉に、拓磨以上に祖父自身がハッとなる。絶望的な表情で顔を曇らせていた。
「そうだ、もう明日はない。なぜ、そのことがわからないのか」
この当時、もはやその名を残していない拓磨の生まれた国は、世界帝国によって侵略を受けている。徹底抗戦が叫ばれる中で、彼我の戦力差を悟り、和平のために動くものもいた。
拓磨の父もその一人だ。父は沿岸に位置する地方都市の市長であった。降伏と引き換えに自治を認めることを要求して交渉に向かい、そして、行方不明となる。それと同時に都市は世界帝国の電撃的な強襲を受け、瞬く間に世界帝国の支配下となった。
世界帝国の圧政を受け、人々は拓磨の父を呪う。その中には父の行動に賛成していたものもいたはずだ。そして、拓磨自身もまた父の話題が出るたびに「一族の恥だ」と蔑むようになっていた。
周囲の子供たちが減っていったのも、この頃だ。
今となっては顔も名前も曖昧となった幼馴染の少女も、結局は守るどころか、気づくこともできないままに誘拐されて消えてしまった。それが父の齎したことと考えると、やり切れなくなる。その血を受け継いだ自分も、薄汚れた、呪われた存在だと思えてならない。
幼馴染の少女には、自分が強くなって総統に成り代わることを誓った。ならば、せめて本当に強くならなくては。そう思って、祖父とともに剣を振るう。一族に伝わる聖徳太子流の剣術は受け継がなくてはと必死で鍛錬した。
「一人で出掛けちゃいけない」
その父の言葉を実感したのは、真夏の暑い日だった。灼熱のような太陽が降り注いでいる。
何人もの藁兵に囲まれては、生身の拓磨ではどうにもならない。稽古用の竹刀で斬りかかるが、そんなものを一太刀浴びせたところで藁兵はビクともしない。そのまま藁兵に捕まり、拉致されてしまう。
薬物に漬けられ、拓磨の意識は朦朧とする。そんな状態で、身体の各部を機械に置き換えられ、薬で無理やり筋肉を補強される。拓磨もまた藁兵と化していた。
朦朧としながらも、絶望する。自分もこれから世界帝国の一員として、子供たちを拉致したり、無辜の者たちを虐げなくてはならないのだ。
曖昧になっていく意識の中、それでも一つの誓いを立てる。世界帝国の総統、そいつを見つけたら必ずこの手で討ち果たすのだ。それは幼いころに、自分と少女に誓った約束。薄れていく感覚の中で一つだけ持ち続けた執念の正体であった。
拓磨は
やがて、
太陽はいくつもあった。一つ、二つ、三つ、四つ……いっぱいだ。
一瞬だが、隙が見えた。その最も強大な輝きに拓磨はがむしゃらに向かっていく。
的確にその首を狙う。
「いい太刀筋だ」
攻撃は弾かれたが、輝きから言葉が返ってきた。そして、拓磨は我に返る。自分を取り戻した。曖昧だった意識がはっきりしたのだ。
意識が戻ると迷いも戻る。自分が戦うべきは誰なのか迷った。俺は総統の首を狙っていたんじゃないのか。
「その目、面白いな」
それは拓磨の迷いを肯定する言葉だった。だが、その剣圧によって、拓磨の目も耳も、そして全身が破壊されていく。その薄れゆく意識の中で戦いの行方を見守ることしかできない。
だが、彼はすでに希望を見出していた。カオスレッド。その名を持つ戦士こそが彼の理想であり、希望である。
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