Origin.01 カオスレッド

地球を救う最も効率的な方法

 荒岩あらいわ幸輔こうすけは普通の子供だった。そのはずだ。


 ただ、物心がつくかつかないか曖昧な頃、一つの確信を持つ。それは幼少期特有の妄想に過ぎなかったのかもしれない。

 自分は将来、地球を救う存在になる。そう確信していた。


 幸輔はそのことを両親に話す。母は信じた。父は信じた。仔犬のゴローも信じた。

 幼稚園でもその話をする。クラスメイトたちは信じた。担任の先生は信じた。園長の染谷先生も信じた。

 それが妄想だなどと誰も否定しない。幸輔の言葉は正しいものとして受け入れられ、誰もが地球は幸輔の手によって救われるのだと信じた。


 事体の重さを幸輔が実感したのは小学校に上がる前だったか、上がった後だったか。

 幸輔と出会った人々は、大人も子供も彼を尊重した。そして、地球を救ってくれることを期待する。

 高貴なるものには相応の責任が生じる。幸輔は人々をナチュラルに見下していたが、それと同時に自分には果たさなくてはならない使命があることも承知していた。

 ある時、その事実が空恐ろしくなる。自分が使命を果たさなくてはどうなるのだろうか。


 強くなる必要がある。そう直感した幸輔は近所の空手道場に出向いた。

 道場といっても公民館で有志が行っている活動である。彼の年齢であれば両親が申し込み、月謝を払って通うというのが筋だっただろう。もしかしたら、年齢が足りていなかったかもしれない。


「強くならなきゃいけない。空手を教えてくれ」


 年端もいかない少年がそんなことを言ってくるのだ。普通なら、どうあしらうべきか考えるのかもしれない。

 しかし、幸輔と会った道場の代表者は突如降って湧いた責任の重さに打ち震えた。のちに地球を救うことになる男を自分が育てなくてはならないのだ。


 その日から、幸輔の過酷な日々が始まった。師匠は道場主だけではない。幸輔と出会った格闘者たちは皆、自分の最高の技を教えようとする。自分に自信がなければ、自分の知る最強の者を幸輔に紹介した。

 最初のうちは特訓についていけず、泣きべそをかく場面すらあったものの、幸輔には使命がある。死に物狂いで課題を成し遂げていった。その迫力は実力者たちを唸らせる。

 いつしか、公民館の道場にはあらゆる格闘技の達人たちが詰めかけるようになった。


 空手であれば世界大会での優勝者、剣道であれば九段の老練の達人が訪れる。柔道のメダリストも押し掛けたし、ボクシングのチャンピオンも現れた。骨法や合気柔術といった他流派と競い合うことを嫌う者たちも、幸輔の話を聞けば飛んでくる。

 やがて、彼の評判は海を越えた。フランスからフェンシングの実力者が現れ、ギリシャからパンクラチオンの伝承者が尋ねてくる。インドからはヨガを極めた老僧が幸輔の指導を希望し、中国からは少林寺の重鎮が頭を下げてまで幸輔に秘技を伝えた。

 世界中の人々が幸輔に力を託そうとする。幸輔のサポートのために地球防衛隊が組織されたのもこの頃だ。


 世界中のあらゆる達人、猛者たちに揉まれ、幸輔はたくましく成長した。

 科学的にコントロールされた鍛錬であったが、師匠たちの要求は世界レベルのものだ。そのプレッシャーは相当なものであり、その期待に応えることができたのは並大抵の努力ではなし得なかったろう。

 地球を救うという使命に殉じて、下々のものたちを守らなくてはならない。そんな強い意志が幸輔にあったから成し遂げられたのである。


 中学生になる頃には彼を訪ねてくるどんな達人も、彼の相手にはならなくなっていた。

 それでも修行の日々は終わらない。今度は幸輔自らがまだ見ぬ達人を求めて旅を始める。アフリカの山奥で修行する呪術師、アマゾンで未知の技術を伝え続ける部族、シベリアの極寒の地で暮らす狩りの名手。あるいはアメリカの軍人、イギリスのエージェント、北欧の学者たち。まだまだ習得できていない技術はあった。

 それは単純な戦闘技能に留まらない。戦術、戦略、政治、捜査、追跡。あらゆる技術と知識を追い求めた。


 そんな日々を何年も過ごす。幸輔は立派な青年になっていた。

 ある時、考古学者や探検家たちを集めて、宣言する。


「古代アステカに超文明があった。そんな気がしてならない。探索に行こう」


 幸輔と仲間たちはメキシコに向かった。時に地元のマフィア組織と敵対したり、メキシコ政府の国家機密に抵触し追われることになったり、現地の恐ろしい怪物を呼び覚ましたり。さまざまな困難がありながらも、未発見のピラミッドを発見する。

 ピラミッドに踏み込んだ一行を待つのは、命を奪い取る気満々のトラップの数々、封じられた生ける亡者たち、そして古の神々の遺した呪い。それらをすべて突破した最奥には赤い燃え上がるような特殊服スーツがあった。そのヘルメットには第三の眼とも思える炎の紋章がある。


「俺が求めていたものはこれだ」


 幸輔はスーツに手を掛けた。吸い込まれるように、あるいは吸い込むかのように、幸輔はスーツと一体化する。

 身体が燃え上がるような感覚があった。圧倒的な熱量で身体が動く。力が有り余っているようだ。その圧倒的なパワーは圧倒的な排熱を齎す。熱い。あまりに熱いのだ。少し動くだけでも体が燃えるような、焦げるような、灼熱の感覚がある。

 だが、これを使いこなせなければ、この場所に来た意味がない。


「俺は今日まで耐えてきた。修行の日々を。下賤な者たちの期待とプレッシャーを。こんな熱さ程度で怯むものか!」


 うだるような熱に浮かされながらも、堂々と言い放つ。


 ピラミッドから外に出ると風を感じた。気流が自分を呼んでいる。いや、呼んでいるのは気流ではない。運命に呼ばれているのだ。

 幸輔は風に乗ると、激しい上昇気流に乗って成層圏へと飛び出る。だが、気流は止まない。その気流に導かれるままに、地上へと降りていく。

 そこは北海道。すでに戦場になっていた。多勢の兵士たちを相手取り、四人の戦士たちが善戦している。自分の手足となる戦士たちだろう。


「フッフッフッフッフ、よく持ちこたえた。我が配下のものどもよ。褒めて遣わそう」


 戦いの様子を見下ろしながら、幸輔は満足げに頷いた。そして、自身の燃え上がるような肉体を見つめ、自分の名乗るべき名を見つける。


「俺こそが運命に選ばれた最強の戦士、カオスレッド! 地球は俺が守る。貴様ら、尻尾を巻いて逃げるなら今のうちだ」


 名乗りとともに戦いは激しさを増す。

 カオスレッドを名乗った幸輔を狙い、凶刃が迫った。藁兵ストローマンと呼ばれる兵卒のものである。だが、過酷な鍛錬と数多の冒険を経たカオスレッドにとって、それはとるに足らない一撃だ。瞬時に剣を抜き、その一撃を受け止める。

 だが、違和感があった。兵士の嘆き、苦しみ、そして僅かな希望が伝わってくる。洗脳されていながらも、そんな感情に身を悶えさせ、それが剣撃に力を与えているのだろう。意外なことだったが、なぜか喜びがあった。

 カオスレッドは笑う。


「いい太刀筋だ」


 最強の戦士とただの戦闘員の出会いであったが、それが深い因縁を齎すことは両者ともに予感すらしていなかった。

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