Origin.03 イエローイレギュラー

ぼくの地球を守って

 イエローイレギュラー須賀すが瑞穂みずほには自分でも覚えていない記憶がある。


 あれは何歳のころだっただろうか。まだ、小学校には上がってはいなかった。

 両親と一緒に出掛け、そして、帰ってくる。家には空き巣が入っていた。間の悪いことに、家族が帰ってきたのは、空き巣が玄関から堂々と出てくるタイミングと被る。

 瑞穂の父と空き巣は対面した。そして、空き巣は逆上する。


 空き巣はナイフを持っていた。ナイフに突き刺され、瑞穂の父は血を流す。だが、そのナイフは父の身体からは離れない。血を流しながらも、ナイフの柄を握り、空き巣からナイフを奪っていた。

 瑞穂にとってヒーローの原風景とはこの父の姿であったかもしれない。身体を張り、大切なものを守り抜く。彼はまさにヒーローだった。

 瑞穂は空き巣の背後に回り込み、父のゴルフクラブを握って、空き巣をぶっ叩く。やるとなったら瑞穂は全力だ。あまりのことに気が動転したのか、空き巣はナイフも置いて逃げ出した。


 しかし、ヒーローとしてあるまじきことに、父は倒れる。そして、帰らぬ人となった。

 この記憶は瑞穂にはない。


 瑞穂の母はそれから気が狂った。もともと、小心な人だったのかもしれない。

 何か物音があると、いつかの空き巣が現れたのだと怯え、人が通ると、空き巣が自分の家を監視するためによこした監視だと慌てた。母は妄想に捕らわれていた。

 それは次第に悪化し、瑞穂のやることなすこと全てに怯えるようになる。瑞穂もまた、彼女のその行動に怯えていた。

 精神を病んだのだ。それ自体は何ら恥ずべきことではないが、子育てができる状態でないのも事実である。

 この記憶は瑞穂にはある。


 瑞穂は少しの間、施設に預けられた。その期間の出来事は彼女の心に大きな影を横たわらせている。

 北海道の祖父母が瑞穂を呼び寄せた。それにより、施設での暮らしは終わる。


 それからの瑞穂は大人から見ておとなしい子供だった。大人の言うことには従順で逆らうようなことはない。クラスでは中心になり、明るく活発な女の子だったが、担任の教師の目にさらされた瞬間にしゅんとなる。

 そんな日々が何年も続いた。


 ある時、瑞穂は運命の子の話を聞いた。何年後か、何十年後か、地球は未曽有の危機が訪れる。それを救うべく、運命に選ばれた子がいるのだという。

 忘れていた父の姿がよぎった。血まみれのその姿はなぜか燃え上がる姿として再生される。炎の戦士が脳裏に浮かんでいた。誰かを守るために、自分の命を懸けられる人だ。

 瑞穂はそれが父の記憶だとはわからない。自分が忠誠を誓うべき、運命の戦士の姿に思えた。そして、自分はその人のために命を投げだしてでも戦わなくてはならないと確信する。


 それからの瑞穂はひたすら勉学に励んだ。それだけでなく、あらゆるスポーツに挑戦し、そのたびに結果を残す。それは鬼気迫るほどの執念を感じさせた。やるとなったら瑞穂は全力だ。自分の使命に対して、強烈な執着心を抱いていた。

 やがて、国境を超越して、地球防衛組織が創設される。地球を守る運命の子の話は世界中に伝播しており、その存在に確信を抱いた人々が作り上げたのだ。

 地球防衛軍は運命の子をサポートするための戦士を募集する。世界規模の募集であり、その応募者は優に百万を超えていた。その中に瑞穂もいる。


 瑞穂は地球防衛軍の用意した難題に応え、試験をパスした。何百人もの合格者が集められた密室での試験も合格する。それは、積み重ねてきたものの勝利であった。

 しかし、試練はそれでは終わらない。運命の子とともに戦う戦士イエローイレギュラーとなるためには、全身を機械化する改造を行う必要があった。それは人間としての生を手放すことにほかならない。骨の一本一本が人工物に変わり、兵器を埋め込まれるも瑞穂の決意は揺るがない。やるとなったら瑞穂は全力だ。自分の運命は運命の子とともにあり、地球を守ることこそが自分の使命だと信じている。


 だが、実際に運命の子とともに戦えるかは運でしかない。運命の子とともに戦う戦士として選ばれたのは、瑞穂一人ではなかった。世界各地に地球防衛軍支部が置かれ、それぞれにイエローイレギュラーが配置される。運命の時と運命の地がどこに現れるかわからなかったからだ。


 もう一つの地球アナザーアースの侵略に対して、世界各地のイエローイレギュラーは抵抗を試み、そして死んだ。生き残ったのは僅かであり、その中に瑞穂もいた。

 彼女がなぜ生き残ったのか。それは単独で戦ったわけではなかったからだ。カジキの姿をした異海将校アウターマンに指揮された藁兵の群れに、三色の戦士たちが立ち向かっている。瑞穂の戦場にはすでに仲間がいた。


「須賀瑞穂、現着しました。すでに三人が交戦中です。はい、ブルー、ブラック、それにグレー……?」


 彼女の脳裏に焼き付けられた炎の戦士の姿はなかった。そのことに困惑する。


「そうです、レッドはまだ出現していません。私も抗戦を開始します」


 両腕のブレスレットを交差させ、イエローイレギュラーの力を解放した。黄色い光とともに、黄色と黒のラインが走る戦闘服スーツが装着される。黄色いマントを棚引かせると、敵に向かって駆けだした。

 瑞穂の、イエローイレギュラーの戦いが始まった。


 しかし、彼女の戦う理由は幻影にある。過去の父の幻の中に見た、レッドの姿こそが瑞穂の正義。自分の抱く正義感が幻に基づいたものであることに気づこうとしないまま、瑞穂は戦い続けている。

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