アビ教官

「ふーん、生命反応があるから来てみたけど、単に藁兵ストローマンが生き残っていただけか」


 紫のロングボブの女性――アビ教官が呟いた。その赤い瞳は彗佐せっさ拓磨たくまを完全に見下している。


「まあ、いいわ。殺すだけだから」


 そう言うと、袖のじっぱーが開いて下に仕込まれていたガス銃が剥き出しになった。ガス銃から黄色の気体が漏れ始める。

 拓磨は慌てた。アビ教官にどう見られるかも忘れて、大声を上げる。


「待て、待ってくれ、俺はまだ死ぬ気はない。俺にできることがあるなら何でもする。やめてくれ!」


 その声を聞いて、アビ教官はにんまりと笑った。ガスはいつの間にか止まり、黄色の気体も霧散する。

 その微笑みは不気味だった。笑顔は味方であるという意思表示だといわれることがあるが、それを意図的に行なっているなら警戒すべきだ。


「やっぱり、自我を取り戻していたのね。

 うふふ、ちょうどいい。頼みたいことがあったのよ」


 藁兵は洗脳され、ただ世界帝国に尽くす戦闘マシーンとして生きる宿命だ。自我を取り戻すだけで、反逆者と見做され、処分されるのが当然のことだった。

 それに対し、アビ教官は頼みごとをするという。何が目的なのか測りかねた。


「うんうん、不審に思っているのよね。大丈夫よ、私はあなたを売り渡したりしない。

 うーん、どうしたら信じてもらえるかしら」


 その言葉は拓磨にとっても救いになるものだったが、だからこそ、疑わしい。政府側の人間が自我を芽生えさせた強化人間ストロングマンを見逃すだろうか。


「何を考えている? あんたの立場なら、すぐに俺を政府の機関に明け渡すのが正しい判断のはず。何が目的なんだ?」


 それを聞いても、アビ教官は笑みを崩さなかった。

 人差し指を琢磨の唇に当てると、その話を遮る。


「目的なんて、あなたと一緒よ。不満があって、ぶち壊したい。ねっ、一緒でしょ。

 あなたは成り上がって、世界帝国を内部から変えたい。そう思っているんじゃないの。

 洗脳の解けた藁兵の考えることなんて決まってるわ。逃げるか復讐するか。あなたは逃げようとしてるように見えないのよね」


 拓磨の思惑をそっくり読み切っていた。これには拓磨もたじろいだ。

 だが、そんなことが可能なのか。拓磨自身が半信半疑だった。


「そう、その通りだよ。こんな国には不満ばかりだ。だから、俺は世界帝国の頂点に立って、全部ぶっ壊してやりたいんだ。

 だが、そんなこと、俺だって滑稽だと思う。所詮は藁兵ストローマンに過ぎない、一般戦闘員なんだ。荒唐無稽だよ。お前は嗤わないのか?」


 その言葉を聞いて、アビ教官は笑みを湛えたまま、答える。


「バカになんてしない。知っているのよ、そういう例は少ないけど、ないわけじゃない。

 戦闘員から冥府の将軍に成り上がった軍人だっている。戦闘員の集合体がデスゲームの支配人オーナーになった事例もあった。

 あなたの目論見は荒唐無稽なんかじゃない。十分に達成できる目標よ」


 その言葉の指す意味はよくわからなかったが、奇妙な確信があるように見受けられた。そして、真っ直ぐに瞳を向けてくる。これには拓磨が顔を逸らさずにはいられない。


「わかった。なんにせよ、あんたに従うしかないようだ。で、どうすればいい?」


 その言葉を受けて、アビ教官は思案する。


「そうねぇ、まずは場所を変えましょ。あなたの右腕、直さなきゃいけないでしょ」

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