幼稚園バス

 彗佐せっさ拓磨たくまは暗闇の中で目を覚ました。

 ゴツゴツした硬い感触が寝苦しい。一体、どこで眠っていたんだ。暗闇ではあるが、強化された視力により、周囲を見回すことができる。だが、暗視モードを使用しても視界は完全にはっきりはしない。よほど暗いのか、どこか装置にガタが来ているのか。

 それでも辺り一面にガラクタが敷き詰められていることがわかる。拓磨もまた、そのガラクタに埋まりかかっていた。


 この場所はジャンクの溜まり場だ。

 ガラクタの下ではローラーが動いており、それによってゆっくりと運ばれていた。ロボットアームがパーツの選別と分解を行っている。再利用できる部品は選り分けられ、再利用できない部品は燃料に利用される。

 それすらにもならない本当のガラクタはマグマの中に埋め立てられるのだ。


 こうしてはいられない。このままスクラップにされるわけにはいかないんだ。

 拓磨は流れに逆らって走り始めた。


 ドテン


 幾度となく転び、それでもなお立ち上がって、その場から逃れようとする。

 どうもおかしい。なぜ、こんなにも何度も転ぶんだ?

 違和感に気づく。音が聞こえないんだ。耳が聞こえなくなっている。三半規管にも影響が出てるのだろう。まるでバランスが取れない。

 あのカオスレッドとの戦いの衝撃でダメージを負い、故障してしまったのだろうか。一太刀を交わし、そのままやられてしまったというのに、どれだけ破壊力のある一撃だったのだろう。

 それだけではない。片目も見えていなかった。利き腕の感覚もおかしい。


 どうにかしなくては。このままじゃ、ジャンクの流れから抜け出ることもできない。

 拓磨は近くに自分以外の藁兵ストローマンを見つけると、駆け寄った。絶命しているのを確認し、黄土色のヘルメットを脱がせる。強化人間ストロングマンとしての筋肉強化は顔にまで及んでおり、醜く膨らんでいる。

 拓磨はふふっと自嘲的に笑った。自分もまた彼と同じような顔をしているのだろう。

 目は潰れているようだが、耳は健在のようだ。拓磨は死んだ藁兵の耳を掴むと、力任せに取り外す。そして、自分自身の耳も同じように外して、藁兵の耳と取り替えた。

 ローラーの起動音、遠くで崩れ落ちるジャンクの落下音、それに風の音。片方の耳が聞こえるようになった。だが、もう一つの耳は壊れて使いものになりそうにない。

 再度、別の藁兵を探すと、耳を取り外し、入れ替える。今度は両耳とも聞こえるようになった。


 次は目だ。琢磨が辺りを見渡すと、青い巨体が流れてきていた。流線形の肉体に細長い錐のような鼻。カジキ師団長の死体だ。

 カジキ師団長に近づき、眼球を抉る。自分の左目も同じように抉って、カジキ師団長のものに入れ替えた。


「な、なんだ!?」


 思わず声が出た。クラッとした感覚とともに、視界が一気に広がる。だが、距離感がつきづらい。これが魚眼というものだろうか。

 贅沢は言っていられない。拓磨はその場から走りだして、大急ぎでジャンクの流れから抜けた。


 ガランガランガラン


 転がるように、ジャンクの山を駆け降りる。

 ジャンクの流れから抜け出ると、そこには同じように流れから零れ落ちたガラクタが転がっている。まるで、そこはジャンクの街のようだった。


「痛っ」


 利き腕に痛みが走る。少し落ち着いたせいか、痛みをはっきりと自覚し始めていた。

 腕は生身のままだったのだ。目や耳と違い、簡単に換装することはできない。

 せめて、どこかで休みたかった。拓磨は周囲を見渡し、一際目立つ車両を目にすると、そこで休憩することにする。


 それは、黄色い車体に動物を模した顔や模様が描かれた、可愛らしい乗り物だった。

 幼稚園バスと呼ばれるものだが、もう一つの地球アナザーアース出身の拓磨はそんなことは知らない。だが、それがどのような用途のものかは容易に想像がついた。

 この乗り物には子供たちが乗っていたのだろう。そして、それを世界帝国の工作員が攫った。


 世界帝国は侵略の前後にしばしば子供を拉致する。

 それは、単純に労働力として利用されることもあったし、臓器だけを抜き取ってそのまま放置することもあった。見込みのあるものは将校として英才教育という名の洗脳を受けることもある。人身売買で特殊な趣味を持つ好事家に引き渡されることもあろう。

 急激な成長を促して兵士へと仕立て、弾除けのための盾代わりにされることもあった。あるいは人質や見せしめとして、その体を少しずつ刻まれ、泣きわめく様子を恐怖支配の象徴として放送することも。

 そのすべてが幼い子供たちに施されるのだ。子供たちの恐怖と苦悩はどれだけのものだっただろう。そして、子供を失い、晒しものにされる両親や家族の悲しみは……。


 それは拓磨にも覚えのあることだ。

 幼いころ、近所の子供たちが次々に攫われていた。なんという名前だったか、もう思い出せないが、幼馴染の女の子が泣いていたのを覚えている。

「ノリちゃんもいなくなっちゃったよ。もう近所の子供はタッくんと私しか……」

 拓磨も不安で仕方なかったが、もう一人が泣いていると、自分がしっかりしなくてはという気持ちになるものだ。


「大丈夫。俺、強いんだ。誘拐犯が来たら、俺がやってやるよ!」


 思いっきり強気なことを口走っていた。それでも言葉にしてみると、実際にできる。そんな実感が湧いてきていた。


「そんでさ、大きくなったらさ。世界帝国の奴らの誰よりも強くなって、俺が世界帝国の総統になるんだ。そしたらさ、嫌なこととかつらいこととか、全部なくなるよ」


 そう言うと、女の子はキョトンとしたかと思うと、プッと吹き出して笑った。自分でも幼稚でバカな発言だと恥ずかしくなる。

 それでも、笑ってくれるのなら嬉しい。そして、これをただの法螺話にしてなるものか、そう思い始めていた。


 そう、自分はその時、あの子と自分自身に誓ったんだ。


 だというのに、結局、世界帝国のマインドコントロールを受け、曖昧な意識のまま、侵略の尖兵として戦わされていたのだ。

 腕の傷がジクジクと痛む。それと同時に後悔の念が押し寄せてきた。

 それにあの少女はどうなったのだろうか。記憶をたぐろうとするが、思い出せることはなかった。


 だが、落ち込んでいても仕方がない。


「よし、なんにせよ、俺は目覚めた! これからだ。やってやるぜ!」


 声に出して、自分の意志を確かめる。

 だが、次の瞬間、幼稚園バスの扉を開けるものがあった。


「誰か、いるのか?」


 それは神経質そうな女の声だった。そして、拓磨に気づくと、バスの中にズカズカと入ってくる。


 人間だった。

 桃色マゼンタのロングボブを揺らし、ピッチリとした紺色のラバースーツを身に纏っている。胸のふくらみやくびれた腰回り、そして、鍛え抜かれた腕やふとももの筋肉、そのボディラインがはっきりと見える。

 その表情はピリピリと苛立っており、怪訝な目でこちらを見ていた。


 見覚えがある。曖昧な意識の記憶の中で、その女と接触したことがあった。

 強化兵ストロングマンを鍛え上げる教官であり、水鳥に変態する能力を持つ異能士官アウターマンでもある。

 その名は恐怖とともに、呼び起こされた。彼女の名は……。


「……アビ教官」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る