Origin.00 世界帝国

月のみぞ知る

 その事件の始まりは些末なことだった。

 世界帝国の帝都からほど近い、とある地方都市で薬品の在庫が切れる。それは、藁兵ストローマンを洗脳するために必要なものであり、その結果、何人もの藁兵が正気に戻った。正気に戻った藁兵は自分たちの非人道的な扱いに怒りを爆発させた。

 暴動が起きる。洗脳のための薬品を見つけては破壊された。


 暴動は次第に規模を大きくし、何十人、何百人もの藁兵たちが参加していく。彼らの怒りは世界帝国の皇帝へと向かった。

 帝都に向けて、暴徒と化した藁兵たちが進んでいく。間の悪いことに、帝都では皇帝によるパレードが催されていた。藁兵たちは群衆に紛れ込み、皇帝の元へと近づいていく。

 だが、さすがに警備の藁兵が殺される事態になると、皇帝や近衛のものたちは暴徒の存在に気づいた。


「騒々しい。静かにせよ。暴徒どもよ、ひれ伏せ。朕に逆らうな」


 その言葉の力により、暴徒となった藁兵たちはことごとくがひれ伏した。たったそれだけのことで事件は沈静化する。そのはずだった。

 しかし、ひれ伏さない藁兵がいた。暴徒となって暴れ回るうちに、耳を破損し、そのために皇帝の声が届かなかったのだ。

 藁兵は皆がひれ伏す中で皇帝に背後から近づき、斧を振るうと、皇帝の首を斬り落とした。一緒にいた御子たちも何が起きたのかわからないままに殺されてしまう。


 皇帝にとって、首を落とされたのは二度目だった。

 一度目は本来の地球オリジナルアースで死に、もう一つの地球アナザーアースでの生を得た。ならば、皇帝は死ぬことはない。もう一つの地球アナザーアースは皇帝が生きるための世界だからだ。

 首から上の頭だけの存在となるが生き続けた。そして、自分を殺した藁兵に憑りつき、その体内に入り込んだ。


 皇帝を殺した藁兵は総統を名乗った。暴動は再び活気を取り戻し、帝都では破壊の限りが尽くされる。

 総統は暴徒たちを率いて、世界帝国を統べようとした。だが、何のノウハウも伝手もない彼にとっては簡単なことではなく、目の届く範囲、帝都を支配しただけに過ぎない。


 内乱が勃発し、世界帝国では地方軍閥を手中にした異海将校アウターマンたちが割拠し始めた。彼らは総統を倒せば大義名分を得られることを知っており、揃って帝都を目指して進軍する。

 総統は焦った。自分の命も風前の灯火だと気付いたからだ。そんな時、声が聞こえる。


「お前を救おう。我に従えば、生き延びることができる」


 総統はその言葉を受け入れた。その瞬間、総統の脳は皇帝によって支配された。自我を失い、皇帝の意のままに操られる存在となる。皇帝と総統は一心同体となった。


 総統は言葉の力を用いて内乱を治める。

 地方軍閥は総統の傘下に入り、反乱を続けるものは討伐され、総統の声によって支配された。


 戦いから戻った時、自らの愛する御子が死んだことにようやく気がつく。その遺体は御子三人と皇帝の血が混ざり合ったものとなっていた。

 嘆き悲しむ総統は御子の死体からクローンを生み出す。しかし、生まれたクローンは自立した人間に過ぎず、御子の復元した姿とは思えない。そんなものを愛することはできない。

 やがて、総統は支配地からさらってきた少女の中で、自らが選んだ少女に、御子の細胞から抽出した異海の力を植え付けた。少女は三人に分裂する。総統はその少女を御子として愛した。

 しかし、皇帝は気づかない。植え付けた異海の力の中に皇帝のものが混ざっていることを。


 長い年月が過ぎた。御子は幼い姿のままだったが、やがて死ぬ。老いは克服しても寿命は克服していなかった。

 再び、異海の力を抽出すると、また新たな少女を見つけ出し、御子の代替とする。


 総統は自らの姿を隠すようになった。藁兵としての姿には威厳もなく、身体を晒すことには身の危険が付きまとう。その代わりに、御子たちが表に立つようになる。

 彼の身辺に立ち入るものは御子と肉体のメンテナンスをする技術官のみ。総統はその二人だけを信頼した。もっとも、自らの言葉でその行動、心理を制限した状況ではあるものの。


 御子と技術官が結託するなど、思いもしていなかった。


 時は流れる。


 当代の御子、哀昧あいまいモコは魔術書を見つける。そして、知るのだ。初代皇帝の召喚した月に吠ゆる怪物を。さらに、月に吠ゆるものが予言したというもう一つの地球アナザーアースを消滅させる五人の戦士たちの存在を。


 彼女は――彼女たちは自らの血肉に宿った異海の力により、正気を取り戻していた。彼女たちはトケイ技官長を味方につけると、自らの世界を守るための戦いを始める。

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