かさぶた


 なにもない所で、盛大に転びまして。

 涼しくなってきたので、ズボンばかり履くようになる前に、秋らしいスカートを履いておこうと思ったのが間違いでした。

 薄いレギンスにも大穴が開いて、右膝に丸く大きな擦り傷ができました。

 転んで怪我をするなんて久しぶりですよ。

 消毒して傷薬をつけて、大きなガーゼのついた絆創膏を貼っておきました。



 後日、絆創膏を剥がすと、丸く大きなが出来ていました。

 デコボコしたかさぶたが、なんとなく人の顔に見えたんです。

 座っている私の方を向いています。

 立って正面から見ると、顔の上下が逆向きですが。

 自分側から膝を見ると、痩せこけた老人の顔がこちらを見ているように見えるんです。

 人の顔に見える傷を『人面瘡じんめんそ』と言うそうですが、かさぶたに偶然できたデコボコが人の顔に見える事くらいありますよね。

 乾燥させた方が良さそうですが、顔に見えるかさぶたが気持ち悪くて、もう何日か絆創膏を貼っておいたんです。


 そして、数日後の夜。

 自分の部屋でパソコン作業をしていると、膝に貼っていた絆創膏が勝手に剥がれ落ちたんです。

 なにか、ゴニョゴニョと喋り声が聞こえます。

 まさかと思い、部屋着のジャージをめくって見ました。

 やっぱり喋っているのは、膝のかさぶたの顔でした。

『ここから剥がしてくれんか』

 かさぶたの目に見える部分が私を見上げ、口に見える部分が動いて喋っています。

『早く剥がして、外に出してくれんか。旅立ちたい』

 私の膝のかさぶたは、膝から剥がれて旅立ちたいらしいです。

 でも、ヘタレなんですよ。

 かさぶたなんて剥がせません。こんなに大きいのに。


 絆創膏が勝手に剥がれ落ちたのだから、かさぶたも勝手に剥がれ落ちてくれないものなのか。

『剥がしてくれんか。一気に、剥がしてくれんか』

 うるさいんですよね。

 不気味ではありましたが、その時の私、酔っ払ってたんですよ。

 手元に、カップ酒の2杯目が残っていました。

 日本酒も厄除けになると聞いた事があったので、かけてみたんです。

 床にこぼれないようにティッシュを膝下にあてて、かさぶたにカップ酒をちょろちょろと流しました。

 かさぶたは、目を閉じて顔をしかめています。

 鼻だか口だかに入ったらしいお酒を、ブハッと吐き出しました。

 そして、もこもこと動き出したんです。

 少し、ピリピリ沁みるような感覚でしたが、もう少しお酒をかけてみました。

『やめんか!』

 そう言って、かさぶたは飛び出すように、私の膝から剥がれ落ちました。

 強風にでも飛ばされるように舞い上がって、天井付近を旋回しています。

 部屋の中に風なんて吹いていませんでしたけどね。

『窓を開けろ!』

 言われた通りに窓を開けると、かさぶたは夜空の向こうへ飛んで行ってしまいました。


 若い頃は、かなりの量を飲んでも酔わなかったのに、カップ酒2杯で可笑しなものが見えるほど酔うようになってしまった……。

 なんて、思って、そのまま寝たんです。



 翌朝、膝のかさぶたが本当に消えていて驚きました。

 日本酒の染み込んだティッシュがゴミ箱にあり、かさぶたが吐き出したお酒のしずくも、まだ乾かず残っていたんです。

 ゴミ箱を見ても部屋を探しても、かさぶたは出て来ませんでした。

 窓の外にも落ちていません。

 かさぶたは、本当に外へ飛んで行ったのでしょうか。


 かさぶたが喋り出した時、酔っ払っていて良かったです。

 しらふだったら、かなり驚いていたと思います。

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