私が子どもの頃、祖母はいつも『鏡には被せ物をしておきなさい』と、言っていました。

 理由を聞くと、鏡の中には魔物が住んでいて、その魔物が出て来られないようにするためなのだそう。

 鏡の世界を現実より優れた状態にするため、現実にあるものを盗んでしまうのだと言っていました。



 私の部屋にも姿見がありますが、途中で挫折した縫いかけの浴衣を、鏡カバーの代わりに被せているんです。

 でも最近、汚れが気になってきて、天気予報が雨続きなのも忘れて洗濯してしまいました。

 ずっとカバーをかけていたので、いざ部屋の中が映されている鏡がずっとこちらを向いていると気になるものですね。

 でも、カバーが乾くまで仕方ありません。



 私の部屋は、よく使う物がすぐ手に届くタイプの部屋です。

 つまり、パソコンデスクの周りが物だらけでゴチャゴチャしています。

 夏場でもストーブが出しっぱなしで、資料置き場として活用しています。

 そして、その資料の上にエアコンのリモコンを置いていたはずなのですが、突然、見当たらなくなりました。

 部屋が冷えてきたので温度を上げたいのですが、どこにも見当たりません。

 座ったまま手の届く場所に置いてあるはずなのに、資料の下などに隠れてしまっているのでしょうか。

 手近な場所を探してみましたが、出てこないのです。


 辺りをきょろきょろしていると、姿見に目がいきました。

 鏡の中、資料置き場の上にリモコンが置かれています。

「やっぱ、ここにあった」

 なんて、独り言を呟きながら資料置き場の上に目を移すと、リモコンはありません。

 鏡の中には見えているのですよ。

 でも、実際のその場所には存在していません。


 私は、祖母の話を思い出しました。

 鏡の中のリモコンを見詰めながら、

「返して」

 と、声をかけてみました。

 もちろん、鏡の魔物らしき姿は見えませんでしたが、ふと何かの気配がして資料の上を見ると、リモコンがありました。

 鏡の中から返してもらえたのか、元々そこにあったのに私が見落としていたのかわかりません。確かに無くなっていたと思うのですけどね。

 でも、見つかって良かったです。



 これから部屋の中で失くし物をしたら、鏡の魔物のせいにしてしまいそうな自分がいます。

 鏡にはしっかり、カバーを被せておかなくてはいけませんね。

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