年齢引算


 仕事で遅くなり、駅のベンチでウトウトしていたんです。



「ちょっと、大丈夫?」

 突然、女性らしき声に起こされました。

 目を開けると、すぐにわかりました。

 隣の椅子から私の顔を覗き込んでいたのは、オカマさんです。

 青っぽいスーツで、茶色いロングウィッグにカールがかかっていました。

「具合悪そうだから」

 オカマさんとお話しした事がなかったので、少し驚きながら、

「あ、大丈夫です。ちょっと疲れてて」

 と、答えると、

「あらそう。お仕事、大変なの?」

 と、会話が続きます。

「えぇ、まあ」

「こんな所で寝てたら、風邪ひいてお仕事できなくなっちゃうわよ」

「あはは、そうですね」

 軽く会釈などしながら、私が腕時計に目を向けていると、

「あたし、二十年前に二十歳だったの。どういう事かわかる?」

 と、オカマさんに聞かれました。

 強めのメイクなのでわかりにくいですが、三十歳くらいかと思っていました。

「えっ、今は四十歳ってことですか?」

 と、聞くと、オカマさんは驚いたような、少し怒っているような表情になりました。

「ちょっとぉ。失礼ねぇ。二十歳よ、二十歳」

 どういう事だろうと首を傾げていると、

「二十年前に二十歳で死んだのよぉ。その時のままよぉ、この姿ぁ」

 と、わかりやすいほどのオカマ口調で言いました。

 私が目を丸くしていると、

「ちょっとぉ、そんなに以外ぃ? 二十歳よ、あたし。メイクが大人っぽいかしら?」

 と、オカマさんが言うんです。

 でも、私が驚いているのは、そこじゃないんですよ。

「……亡くなられているんですか?」

 聞いてみました。

「そうよ。二十年前に、この駅で居眠りして風邪ひいたの。その頃は、こんな気の利いたベンチじゃなかったけど。それが原因で死んだのよ」

「……」

「まさか、風邪の悪化で入院するなんて思わなかったわ。それっきり、記憶はとんでるんだけどね」

 ストッキングの脚を組み替え、黄色いハイヒールを揺らしています。

 どう見ても、生きた人間です。

 風邪で入院して亡くなったなら何故、駅にいるのかと聞いてみようか迷っていると、

『まもなくー……』

 頭のすぐ上で声がしたので、ぎょっとしました。

 ベンチのすぐ上に、スピーカーがあったんです。

 駅員さんが、まもなく電車が到着すると告げています。


 スピーカーを見上げていた私が目を戻すと、オカマさんの姿が消えています。

 周囲にも見当たりません。

 あんなに踵の高いハイヒールで、足音もなく立ち去れるでしょうか。

 静音ヒールだったのかも知れませんが、本当に幽霊だったのかもと思ってしまいました。



 どちらにしろ、私が風邪をひかないように、声をかけてくれた優しいオカマさんでした。

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