牛乳パック


 姉が、大学受験を控えた受験生だった頃の話です。



 元々勉強のできる方でしたが、真面目な性格なので必死に勉強していたんです。

 進路指導で言われた『今の成績でも安心とは言い切れない』という言葉を、『このままでは落ちる』と、解釈したらしくて。

「ぜんぜん間に合わない」

 と、焦りながら、徹夜で勉強していました。

 寝不足で具合を悪くして、学校を早退して来た事もあったくらいで。

 でもネガティブな性格ではなかったので、けっきょく体調を崩していては元も子もないという結論になったみたいです。

 一度体調を崩してからは、ピリピリする事もなく自分なりの勉強ができているようでした。


 それでも、やっぱり疲れているように見えてきたとき、母が、

「なにも考えずに、少し頭スッキリさせたら? 牛乳パック洗ってあるから、これ切り開くとか」

 って、声をかけたんです。

 私の住んでいる地区では、牛乳パックは廃品回収に出すので、洗って乾かして切り開いてから重ねてまとめる事になっています。

 この牛乳パックを切り開くのがけっこう面倒なので、ついつい洗った牛乳パックを溜め込んでしまうんです。

 いつもは暇な私の担当になっていたのですが、その時は姉が気晴らしに手伝ってくれることに。


 食卓とは別の、リビングのテーブルに牛乳パックを運んできました。

 姉とふたりで、カッターナイフを使って作業を始めたんです。

 始めは手間取っていたものの、姉は手先も器用なので、すぐに切り開き方にも慣れたようでした。

 黙々と作業を進めていると、いつの間にか姉の手が止まっています。

 カッターナイフを使い続けて手が疲れたのかと思ったら、

「私、本当におかしくなってるかも」

 と、言うんです。

「切り方、間違えた?」

 と、聞くと、姉は首を横に振りながら、手にしていた牛乳パックの中を覗き込みました。

「なに?」

「……なんかいる」

「ゴキ?」

「……?」

 姉は牛乳パックの中を覗き込んだまま、ゆっくりと首を傾げました。


 私は持っていたカッターを置いて、姉の横から覗き込みました。

 姉が牛乳パックの注ぎ口部分をこちらに向けてくれたので見てみると、奥に黒っぽい深緑色の動く塊が詰まっていたんです。

 私には大きなカエルが、ぎゅうぎゅうに詰まっているように見えました。

「うわっ」

 ビックリして、姉の持っていた牛乳パックを跳ね除けてしまったんです。

 でも、重みは全く感じませんでした。

 すぐに姉が拾って、もう一度覗き込みましたが、

「あ。もう居ない」

 と、言っていました。

 牛乳パックから飛び出した様子もありません。

 私の声を聞いた母がキッチンからやって来て、

「指でも切った?」

 と、聞きました。

「ううん、気のせいだった」

 ポカンとしている私の横で、姉が答えました。

「あそう。刃物、気をつけてよ」

 そう言って母が戻って行くと、姉は小声で、

「カエルが、受かるから大丈夫って言ってた」

 と、言ったんです。

 真顔で作業していた姉の顔は、機嫌のいい表情になっていました。

 カエルの声など聞こえませんでしたが、姉が上機嫌なので、何も言わずに作業に戻りました。



 私には不気味に見えましたが、牛乳パックの中にいたのはなんだったのでしょう。

 また次に牛乳パックが溜まってしまった時も、姉に手伝ってもらいたいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る