ミジカイダン

キュウリ

　夏休みなので、祖父母の家へ泊まりに来ています。

　山の多い地域で、夏場でも都心よりずっと涼しい田舎です。

　広い庭には本格的な家庭菜園もあります。新鮮な完熟野菜を収穫するのも楽しみにしていたのですが、今年は夏野菜が不作なのだそう。

　天候の影響もありますが、カラスやハクビシンにも食べられてしまうそうです。

　祖父母はサルやイノシシでないだけマシだと言っていましたが、美味しい野菜が食べられないのは残念です。

　でも、ハクビシンという動物は見た事がありません。

　家庭菜園の見える部屋でゴロゴロしながら、野菜を狙ってくる害獣を探してみることにしたんです。

　畳の上に寝転がりながらスマホを眺めていると、庭で動くものに気付きました。

　家庭菜園に目を向けると、キュウリのツルの向こうに見えたのは人の姿でした。

　浮浪者のようにボロボロな格好をしたお爺さんのようです。

　きょろきょろしながら、キュウリをもぎ取っています。

　――人が盗んでるんじゃん！　

　証拠写真を撮ってやろうと思ったものの、すぐに気付きました。

　その人物は、私の腰よりも低いツツジの植え込みと同じくらいの身長だったのです。

　身長が伸びない病気があるのはなんとなく知っていますが、ギョロギョロした目の動きは人間離れしていました。

　人目を気にするというよりも、食べごろの野菜を探している様子です。

　ギョロギョロした目は左右別方向を見ています。

　片目で野菜を見ながらもぎ取り、もう片方の目は野菜を探し続けています。

　そして、もぎ取ったキュウリを丸飲みしています。もぐもぐ噛んでいるようには見えません。

　新鮮キュウリにはチクチクも多いのに、１本まるごと喉の奥へすべり込んだように見えました。

　トウモロコシを通り過ぎ、今度はナスをもぎ取りました。ナスはヘタを残してひとかじりし、やっぱり噛む様子なく飲み込んでいます。

　ナスをそのまま食べる人を初めて見ました。

　キュウリとナスをいくつも飲み込んで、小さいお爺さんは家庭菜園から出て行くようです。

　通路へ出て来て、その足元まで見えました。

　靴は履いていないようで、足先がウサギの足のように長細く伸びています。

　スマホのカメラを起動しましたが、撮ってはいけない気がしました。

　もし気付かれて、怒らせでもしたら何をされるかわかりません。

　でも、これだけ特徴的な人なら写真を撮らなくても祖父母にわかってもらえるだろうと思い、小さいお爺さんが居なくなるのを大人しく見送りました。

　姿が見えなくなり、すぐに台所にいた祖母の所へ駆け寄りました。

　でも祖母には、夢でも見たのだろうと言われました。

　そんな人の話は聞いた事がないそうです。

　住人の少ない田舎なので、そんな人がいたらみんなが知っているはずだと言っていました。

　本当に、写真を撮っておけばよかったと後悔です。

　『小さいおじさん』という都市伝説は耳にしたことがありますが、顔や首も手もシワシワで、おじさんではなくお爺さんという印象でした。

　両目は別々に動いてカメレオンを連想しました。

　足先も肌色ではありましたが、ウサギのように細長く伸びていて違和感しかありません。

　確かに、そんな人が近所にいると言われても、私は信じられないと思います。

　この野菜泥棒は何者だったのでしょう。