ミジカイダン

天西 照実

タクシー乗り場

 人当たりが良いと言いますか、Tさんは知らない人から声を掛けられることが多いそうなんです。

 彼女が言うには、

「週5で電車通勤していた頃は月1つきいちで知らない人から声を掛けられていたのに、ナンパは人生で2回だけ」

 とのこと。声を掛けられるっていうのは『この電車、〇〇駅に停まりますか』とか『近くにコンビニありますか』とか。

 待ち合わせ場所では、お年寄りに『時計を忘れてしまって、いま何時ですか』と聞かれたり、何かの行列で『なかなか進まないわねぇ』なんて、ちょっとした会話をしたり。観光地でも『写真撮ってくださ~い』なんてカメラを渡されるとか。

 誰でもいいようなちょっとした事で、よく声を掛けられるそうです。

 特別な美人という訳じゃないんですが、人当たりのいい優しそうなタイプなんですよね。

 他人から見て、声を掛けやすい雰囲気の女性なんです。



 その日もTさんは駅を歩いていて、斜め後ろから、

『すいません』

 と、声を掛けられたそうです。

 パッと振り返って見たら、小太りのスーツ姿の男性と目が合って、自分に声を掛けたんだなと。

「はい?」

 と、Tさんが返事をすると、その男性は、

「タクシー乗り場ってどこにありますか」

 と、聞いてきたんですね。

 そういう質問には慣れているTさんも、その駅の周辺はあまり詳しくなくて。辺りをきょろきょろ見回して、階段を見付けて指差したんです。

「たぶん、あの階段を下りて、右だか左だかにタクシーが並んでるのが見えたと思うんですけど」

 と、思い出しながら話したんですね。男性はすぐに、

「あ、どうもー、すみません」

 と、会釈して、その階段の方へ向きを変えたんです。でも、急にその男性の向こう側から、ぶわっと別の男性がすり抜けて来たんです。

 スーツの男性の体を通り抜けて突っ込んで来たように見えて、Tさんは「えっ」て、突っ込んで来た人に目を向けたんですね。

 その人はTさんをジロジロ見ながら、通り過ぎて行ったそうなんです。

 それで、Tさんは気が付いたんですよね。

 スーツの男性はちょっと体が半透明で、後ろ姿の向こう側にある自動販売機が透けて見えていたんです。

 Tさんは少し見えたり聞こえたりする人で、あんまり深く考えると深みにはまりそうだから、受け流すことにしているんだそうです。

 スーツの男性が幽霊だとしたら、Tさんはひとりで急にきょろきょろしたり、独り言を言っていたように見えたことになりますよね。だから横切って行った人に、変な顔されたんだろうなと。

 それで、すぐにその場から離れたんです。怖さより恥ずかしさでね。

 でも、はっと気が付いたんですよね。

「タクシー乗り場……?」

 タクシーの怪談って多いでしょう。

 様子の怪しいお客を乗せたら、到着する直前に消えてしまったとか。慣れている道のはずが何故か迷って、どこかの墓地に着いてしまったとか。

 Tさんも、あの幽霊さん、タクシーに乗ったのかしらと、気にはなったそうなんですが、確かめに戻るような事はしなかったんですよね。その時は、とにかくその場を離れようという事で頭がいっぱいで。

 それ以来、Tさんはその駅を通る時は、タクシー乗り場をチラ見しているそうです。あの人、まだ居るかなーって。


 他人から見て声を掛けやすい雰囲気っていうのは、幽霊も同じように話しかけやすいと感じるのでしょうね。

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