ミジカイダン

覗くモノ

　実家の裏庭は、俗にいう『猫の通り道』になっています。

　色んな理由で、野良猫や外飼いの猫が通りやすい場所があるのだそう。

　実家の裏庭も、よく通りすがりの野良猫を見かけていました。

　実家でも猫を飼っていたので、時々野良猫が挨拶というか、うちの猫と窓越しに顔を合わせていたんです。

　外に出られる裏口を兼ねた大きい窓があって、けっこう色んな猫が、窓の低い位置で覗いているのを見かけました。

　うちの猫はメスなので、オス猫がデートのお誘いをしていたのかも知れませんね。

　その日も、棚の上にいたうちの猫が、じーっと窓の外を見詰めていたんです。

　いつも野良猫が覗きに来ると、うちの猫もすぐ窓際に近付いていたんですが、その時は棚の上から動かずに見ているだけだったんですね。

　あんまり仲良くない、知らない猫が来たのかなーと思って。

　私も窓の方を見たんです。

　いつもの低い位置に、確かに覗いている顔はありました。

　でも、猫じゃなかったんですよ。

　覗いていたのは、無表情な人間の顔だったんです。

　ぞっとしました。

　時々、オッサンみたいな顔をした猫もいますけど、そういうんじゃないんです。

　真顔というか、何の感情も読み取れない無表情。

　青白い男性の顔でした。

　一瞬、泥棒が下見にでも来たのかと思いました。

　でもキョロキョロする様子もなく、視線も動かさずに覗きっぱなしっていうのは不自然ですよね。

　肩も首も体も見えなくて、顔だけが真っすぐに家の中を覗いていました。

　外にいる猫が覗き込む高さですから、かなり低い位置なんです。

　でも私から見えていたので、その顔からも私が見えていたはずなんですね。

　真っすぐ家の中に向いていた目が、ぎょろっと私の方を向いたんです。

　目が合って、うわっと思ったとたん、うちの猫が『ウウゥ――ッ！』って威嚇しだしたんです。

　すぐにその顔の視線は、猫に向きました。

　猫は毛を逆立てて威嚇しながら、棚を下りて窓に向かって行ったんです。

　ゆっくり、にじり寄ってると思ったら、急に飛び出して、窓ガラスにバーンって猫パンチしたんですよ。

　肉球の猫パンチですが、けっこう大きい音がしたんですよね。

　窓の向こうの顔は、すっと真下へ引っ込んで見えなくなりました。

　すぐに窓の外を確認しようと思ったんですが、猫がじーっと窓の下を睨みつけていたんですよね。

　まだ窓枠の下にいるのかなって、怖くて近づけなかったんです。

　地べたで、どんな状態でいるのか気にはなったんですが、怖くて怖くて。

　でも、そんなに時間はかからずに、猫は威嚇の表情もなくなって窓から離れたんです。

　トコトコって私に近付いて来て、甘えた声でニャーなんて鳴きながら足元にスリスリしてくれて。

　そのまま歩いていって、元の棚に上がってお昼寝体勢になっていました。

　そのタイミングで、もっと褒めてあげるべきでしたね。もう私は、外が気になってしまっていたので。

　居なくなったんだなと思って、恐る恐る、窓の外を見てみたんです。

　窓の下には、何も居ませんでした。

　周りを見ても、逃げた何かの姿はありませんでしたね。

　追い払ってくれた猫には、あとでご褒美おやつをあげましたよ。

　それ以来、窓は白い半透明のカーテンを閉めっぱなしにするようになりました。

　うちの猫は今まで通り、カーテンの向こうに潜って行って野良猫と挨拶していますけど。

　あんな不気味なものは、もう二度と見たくありません。