熊じゃない


 夏休みとか冬休みとか。

 長い休みになると、田舎の祖父母の家へ預けられていました。

 すぐそばに山があると言うか、山の中に家が点在しているような地域で。

 仕事で忙しい両親に、熊が出るから山で遊ぶなって言われていたものですから。

 小学生の頃は、けっこう本気で熊を怖がっていたんです。



 熊除けの鈴ってあるでしょ?

 祖父母の家の近くでは、音に寄って来ちゃうから今は優しい音の鈴禁止って言われてるんです。

 鈴の音で人間が居ることをアピールしておけば、警戒心の強い熊は寄って来ないはずだった。

 熊が鈴の音の場所に人間が居ると知って寄って来るのは、まぁそういうことなわけで。

 近付いて来る熊なんて、想像するだけで恐いのに。

 ……と、そういう話はまぁ、置いといて。



 小学校3年生の夏休みの時でした。

 祖父母の家の近所に住んでいる、従兄弟の家へ遊びに行った帰り道。

 周りは田んぼと雑木林で、田舎道の向こうに祖父母の家が見えていました。

 セミの声が賑やかで。

 雑木林にはカブトムシもいるだろうけど、熊が恐いなって思いながら歩いていたんです。

 そうしたら、すぐ横の茂みから出てきたんです。

 黒い体の大きなもの……。

 ビックリして飛び上がりました。

 でも、すぐに肌色の手が見えたんです。

 よく見たら全身黒ずくめで、半透明な男の人でした。

 茂みから出て来たのに全く音を立てることはなく、すぐ後ろの木が透けて見えていました。

 昼間なのに、幽霊を見たんです。



 普通に考えれば、幽霊も怖いはずですけどね。

 その時は熊を恐がっていたので。

 熊じゃなくて良かったって思ってしまったんです。

 いろんな怪談とかホラー映画も知っていますけど。

 そういう怨霊みたいな幽霊じゃなくて良かったです。

 でも今は、あの黒い幽霊が本物の熊だった可能性もあるのかなって思うんです。

 あまりの恐怖で、子どもの頃の僕の頭が、熊だと認識することを拒否したのかも知れません。

 だからという事でもありませんが、今でも幽霊より熊の方が恐いんです。

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