ミジカイダン

踊るＴシャツ

　Ｔシャツに好きな文字やデザインを、プリントしてくれるというサービスがあります。

　高校時代の学園祭で着た、クラスＴシャツが引き出しの奥から出てきました。

　クラス全員で同じ柄（がら）のＴシャツを、ユニフォームにしようと言って作ったものです。

　卒業してから２０年も経つので、学園祭の出し物が何だったのかも忘れてしまいました。でも、Ｔシャツの柄はよく覚えています。

　デザインが得意なクラスメートがおらず、担任教師の顔写真を使ったのです。

　当時は爆笑でした。

　とはいえ、ひとり2500円ほど払ったのに、普段使いできないデザインです。

　スーツのオジサンの顔写真を、身につけて外出する勇気はありません。

　でも、僕もオジサンと言われる年齢になりました。

　部屋着や、パジャマとして使うなら気になりません。

　幸い、体型に大きな変化はないので、高校時代のＴシャツも窮屈ではありません。

　防虫剤のニオイがしたので、洗濯してから部屋着にしようかと。

　ベランダに干すと、ハンガーに掛けたＴシャツの担任教師の顔がこちらを見ています。

　あれを近所の人に見られては恥ずかしいので、顔写真を内側に向けて洗濯ばさみで止めておいたのです。

　やっぱり笑ってしまいました。

　Ｔシャツが風に揺れていると、担任教師が教壇に立っていた様子を思い出します。

　でも、ちょっと様子が変です。

　顔写真Ｔシャツの揺れが、徐々に激しくなっていきます。

　他の洗濯物は揺れていません。風ではないのです。

　Ｔシャツが激しく踊っているようでした。

　わざと揺らさないと、こんな動きはしないでしょう。

　マンションの８階。狭いベランダなのですが……。

　侵入をはかる強盗が、窓を開けさせるために揺らしているのでしょうか。

　鍵のかかった窓の中から、ベランダを見回してみました。

　柵状の手すりに囲まれ、人が隠れられる場所はありません。

　顔写真Ｔシャツだけが、激しく踊り続けています。向こう側から、ドローンか何かがイタズラをしているのでしょうか。

　僕は恐る恐る、窓を開けてみました。

　Ｔシャツはハンガーに掛けられたまま、ピクリとも動いていませんでした。

　激しく動いていた余韻すらありません。Ｔシャツの向こう側にも、ドローンや鳥などの姿は見えません。

　首を傾げながら窓を閉めると、顔写真Ｔシャツはまた動き出しました。

　すぐに窓を開けましたが、やはりピクリとも動いていません。

　気味が悪いので、ハンガーごとＴシャツを部屋の中に入れました。

　裏返してみましたが、中に何か入っているという訳でもありません。

　なんだったのでしょう。

　ベランダの他の洗濯物にも目を向けていると、突然、テーブルに置いてあったスマホが鳴りだしました。

　かなりドキッとしました。

　友人からの着信です。

　電話に出てみると、しんみりとした声で高校の担任教師が亡くなったことを知らされました。

　友人は今でも担任教師と年賀状のやり取りをしていたそうで、葬儀に呼ばれたから一緒に行かないかという誘いでした。

　担任教師の顔写真Ｔシャツが踊っていたのは、挨拶に来たぞ、という意味だったのでしょうか。

　僕は、友人と一緒に葬儀に出ることにしました。