飴ちゃん
いつも飴をくれるパートのおばちゃんがいます。
黒飴や生姜飴ならまだわかりますが、大根飴や芋飴と言われるとユニークな味だなぁと思うばかりです。
でも時々、何の味もしない時があるんですよね。
大きなグループ企業の、下請け部署のような場所で働いています。
ある時はリコール商品の電話対応窓口、ある時はひたすらデータ入力。
私たちはオペレーターと呼ばれていますが、その業務内容は様々です。
バイトやパート、派遣社員など雇用形態も様々で。
私は時間に融通の利くアルバイトで、遅番や休日勤務も多いです。
飴をくれるパートのおばちゃんは昼勤務ですが、私と勤務時間がかぶる事もありました。
いつも面白い飴を持ってきてくれますが、時々、味のしない日があります。
私ではなく、飴のおばちゃんがクレーム対応をすることになる日。
決まって飴の味がしないんです。
アルバイト仲間と、
「あれ、今日は飴ちゃん、味がしない日かも」
「本当だ。クレームあったっけ?」
なんて、話しているくらい。
初めは不気味でしたが、今では不思議だなぁと思う程度です。
このフロアでは、正社員は奥の部屋に顔を出す程度で、大体がアルバイトやパートタイマーです。
電話対応やシステム系のプロが別会社から派遣されていて、色々と指示をしています。
その日は、珍しく奥の部屋の正社員が、オペレーターの席に来てあれこれ指示をしていました。
本社の総合窓口にクレーム電話を入れてきた人に、お客様センターへかけ直すように伝えてしまった社員がいたらしく。
『ご迷惑をおかけいたしまして、申し訳ございませんでした』
で、済む話が、
『客を
という話に発展してしまったわけで。
そのクレーマー様の電話を受けたのが、飴のおばちゃんだったんです。
私が遅番で出勤した時、休憩室のお菓子カゴに入れてあった飴ちゃんをもらいました。
やっぱり、味がしなかったんですよね。
今日は、クレームがあったんだろうなぁと。
私がフロアに行くと、飴のおばちゃんの席に人だかりができていました。
『クレームはタダで気持ちよくなれる趣味』とでも思ってそうな頭のおかしい人は時々いますが、その相手は本社の詳細情報を念入りに調べているらしく。
本社の総合窓口が話を聞きもせずに盥回しにしたため、これ見よがしに自己主張をしてきたようです。
正社員が、対応を変わればいい話だと思うんですよね。
小さい電話の子機みたいのを耳にあてて対応内容を聞きながら、横からメモ書きで指示するだけで。
飴のおばちゃんは、とっくにシフト時間が過ぎています。
小さいお子さんがいるので、決まった時間のみの勤務なんです。
まぁ、対応窓口に回されてるような正社員に、そんな配慮はありませんね。
『上の者を出せ』
というのも、よくあるクレーマー様のセリフです。
わたくし、声色を替えて上司を装った電話対応をした事もございまして(笑)。
バイトやパートに指示を出すフロアリーダーさんも、対応を変わってほしげな視線を向けて来たので。
飴のおばちゃんのデスクに行ったんです。
正社員の成り行き任せなメモ書きを見たところ、早い話が、リコール製品と自分の家にある製品が同一商品かどうかがわからないというのが元々の趣旨だったらしく。
そこに、昔もリコール製品があって、どうなってるんだと。あわよくば謝罪の品をよこせという、クレーマー様の種類的にはよくあるタイプのようでした。
正社員様には一歩お下がりいただき、飴のおばちゃんと、
『引き継ぎますよ』
という、視線を交わしました。
「詳しい者がご案内させていただきます」
と、保留してもらい、すぐにその席に私が座りました。
もちろん、全く詳しくはないのですけど。
「お電話、代わらせていただきました。お客様窓口の●●と申します」
飴のおばちゃんより私の方がずっと若いのですが、対応に慣れた者のような声色で名乗り、クレーマー様のご不満を聞きつつ、こちらの不備をお詫びいたしました。
こちらからリコール商品の特徴を、わかりやすさとユニークさを加えて伝えると、
『最初からそう言えばわかるんだ』
などと言いながら、クレーマー様はご満足のようでした。
同じ対応内容だろうと、別の誰かが『申し訳ありませんでした』を重ねれば、自分だけの特別感を味わえるという話で。
この手のクレームは、業績に関わるような重要案件ではない事がほとんどです。
そういう内容なら、担当営業社員の名前が出て来るはずですから。
後日、飴のおばちゃんが、お礼のお菓子を袋いっぱいプレゼントしてくれました。
個装の飴ちゃんひとつと違って、どこでも売られているようなクッキーやチョコレートなどでしたが、やっぱりどれも味がしませんでした。
クレーム対応はともかく、味がしなくなる現象は謎のままです。
味もしなくなるようなストレスというのは、理解できるのですけどね。
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