姉妹・栗
「
庭の物置から、中学生の妹が呼んでいます。
「こっちにあるよー。肩ひもが壊れてたから直しといたの」
妹の言うカゴリュックというのは、
「あー、本当だ。古いから捨てちゃったのかと思った」
と、妹の
「そろそろ、そんな季節だと思ってね。あんた、今年も栗拾い行くの?」
「うん。楽しいから」
四子は毎年、秋になると裏山へ栗拾いに行きます。
でも今年は夏に近所で土砂崩れもあったので、ちょっと心配です。
「あんた、裏山だって雨で地盤が緩んでるかも知れないよ。栗なら買ってきてあげるから」
「近所の実りを拾うのが楽しいんだもん。無農薬だし」
だから芋虫も出て来るわけで……。
「じゃあ、私も一緒に行くから、出かける時は声かけなさいよ」
「今度の土曜日に行くー」
「わかった」
心配なので、一緒に行くことにしました。
私は大学生、すぐ下の妹が高校生、末の妹は中学生。
もうひとり、すでにお嫁に行っている姉がいて、女ばかりの4姉妹です。
現在は、お嫁に行った姉に赤ちゃんが産まれて何かと大変なので、母が手伝いに行っています。
父は東京に単身赴任していて、私は妹たちと田舎の古い家で暮らしています。
その日は、スッキリ秋晴れの気持ちいい陽気でした。
「じゃあ、
「うん。四子、足元気を付けなよ」
「はーい」
しっかり者の三女に留守番を頼み、私は背負子を担いだ四子と一緒に、歩いて裏山へ向かいました。
「この辺の山道も昔はキレイだったんだけどねぇ」
「昔はなんでキレイだったの?」
「えー? 昔の人がキレイにしてたんじゃない?」
「へー」
などと話をしている内に、枯葉の積もり始めている土の道を登り始めました。
四子は山道も慣れた足取りで進んで行きます。
「どこまで行くの?」
「栗の木があるところ」
栗の木の場所を把握しているようです。
さすが、毎年栗拾いをしているだけの事はあります。
『おーい』
足元から突然、男性の野太い声が聞こえました。
「えっ?」
妹は木の上を見上げています。
『おぉーい』
もう一度、足元から聞こえました。
「ねえ、なんか誰かの声が聞こえない?」
私が聞くと、四子は木の上を見上げながら、
「うん。上から聞こえた。おーいって」
と、言っています。
「上から? 私は下から聞こえたけど」
「えー? やまびこかなぁ」
「やまびこの聞こえ方じゃないでしょう」
「じゃあ、栗の妖精さん。ほら、あれが栗の木だよ。あっちから聞こえた」
と、四子はその栗の木に向かって行きます。
そんなファンシーな存在なら良いですが、夏の土砂崩れでは山小屋にいた男性が生き埋めになりました。
その幽霊ではないかと心配になります。
私が周囲を見回していると、また地面から、
『おぉい!』
と、大きな声が聞こえました。
「わっ」
「あー、二子姉ちゃん。足元にでっかい栗!」
「……本当だ」
四子は火ばさみと靴底を使って、
背負子にポイポイと入れています。
周囲に人の気配はありません。
真新しい土砂崩れの跡なども見当たらないので、人が生き埋めになっている訳でもないはずです。
その声は、歩き回っている私たちと一緒に移動しているようでした。
本当に栗の妖精でしょうか。
「あー、これは虫が入ってる」
「あ、また、おーいって聞こえた」
「本当だ。あ、あれも栗の木だ」
同じ男性の野太い声が、相変わらず地面の中から聞こえます。
四子には木の上から聞こえているようです。
私も子どもの頃から遊び場にしている裏山ですが、こんな声が聞こえるのは初めてです。
四子は栗拾い、私はゴミ拾いなどしながら裏山を一回りしました。
いつの間にか、背負子の中には丸々膨れた栗の実が溜まっています。
3キロくらいあるかしら。
「栗ご飯とぉ、渋皮煮にしてね」
と、帰り道の四子はご機嫌です。
「おーいって声、聞こえなくなったね」
「さっき、カゴの中から聞こえたよ」
「えーっ? 連れて帰る気?」
「きっと栗の妖精だよ。ありがたく食べちゃえばいいじゃん」
妹は呑気です。
塩水で茹でれば、お祓いになるでしょうか。
大鍋でお湯を沸かしながら、粗塩をふた掴みほど入れました。
山で拾った栗は、虫穴が見当たらなくても芋虫が出て来ることがあります。
でも、今年の栗は1匹も芋虫を見かけません。
妹の虫入り栗を見抜く目利きが上達したのかも知れませんが、山で聞こえた野太い声が関係している可能性もあるのかなと思ってしまいました。
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