秋になり、朝夕はずいぶんと涼しくなりました。

 でも、まだまだ屋外には蚊が多いです。



 兄の部屋にも蚊が1匹、入り込んでいるらしいです。

 視界を横切ったり、寝ている間にプーンと聞こえ続けてうっとうしいのですよね。

「まだ居るんだけど」

 と、兄が左足をボリボリ掻きながら言っています。

「うわ、いっぱい刺されてるじゃん」

「1匹じゃないのかもなぁ」

 左ふくらはぎだけに、赤いプツプツが集中しています。

「蚊じゃないんじゃないの? ダニとかノミとか」

「いや、プーンって聞こえるよ」

 隣の私の部屋まで、謎の虫が広がってこないと良いのですけど。

 なんて思いながら、数日が経ちました。


 夜中。私が受験勉強をしていると、

「ぎゃあぁーっ!」

 隣の部屋から、兄の叫び声が聞こえました。

 私が慌てて様子を見に行くと、兄が廊下まで這い出て来たところでした。

「どうしたの。足、吊った?」

「……知らないババァが――」

 廊下から、自分のベッドを指差しています。

 私が兄の部屋を覗いでも、何も不審な様子はありません。

「ババア?」

 兄は、いつの間にか私の部屋のベッドに潜り込んでいました。

 ……高校生の兄が、中学生の妹のベッドに。


 とりあえず、話を聞いてみると、やっぱり蚊が飛んでいたそうです。

 さっさと血を吸って居なくなってくれないかと動かずにいると、左足にチクッと感触があったそうです。

 やっぱり退治しようかと目を開けたところ、ベッドの足元に知らない老婆が座り込んでいたそうです。

 まち針を指に摘まみ、兄の左足をチクチクと刺していたそうです。

「どっかで、お婆さんとか、まち針に恨まれるようなことした?」

 と、聞いてみると、兄は私の毛布の中から、

「家庭科の時間に、まち針2本折れたけど……」

 と、答えました。

 男子高校生も、学校でボタン付けの練習などをするそうです。

 乱暴に使っている訳でなくても、針の先などは折れやすいものだと思うのですが、お婆さんの幽霊が宿ってたりするまち針だったのでしょうか?

 私は、兄の部屋の窓を開け、ベッドに塩をまきました。

 兄は廊下から、

「まち針、折ってごめんなさい。折ってごめんなさい」

 と、手を合わせながら謝っています。

 私も一緒に手を合わせながら、

「左足の怪我とかにも気を付けなよ。ご先祖様のお婆さんかも知れないし」

 と、兄に言っておきました。



 それ以来、兄の部屋の蚊も左足のプツプツも消えました。

 本人が気を付けているせいか、左足の怪我などもありません。

 まち針を摘まんだ、お婆さんの姿も見ていないそうです。

 私は直接見ていませんが、まち針でチクチクと突いてくるお婆さん。

 何者だったのでしょう。

 ご先祖様だとしたら、いつか私の元にも現れるでしょうか。


 今年の夏は兄が蚊除け対策をあれこれしていたので、ご先祖ではなく蚊の仕返しだった可能性もあるかも知れません。

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