湯船
友人が『怪談のつもりないんだけど』と言って、聞かせてくれた話です。
参加しているボランティアの話し合いが、思ったより早く終わった日があったんです。
借りていた会議室の鍵を、次に使う人たちに手渡しする必要があって。
いつもなら受付の職員さんに借りた鍵をまた返せば良かったんですが、その日は『席を外すから次に使う人が来たら鍵を渡しといて』って頼まれてたんですね。
じゃあ、誰か残る? 自分残るから良いよ、いや自分も残りますよーみたいな。
結局、誰も帰らないまま、ひとりの若い男の子が、
「夏だし、怖い話とかないの?」
って、言い出したんです。
みんな居るんだから、ボランティア関連の話をすればいいのにって、私なんかは思っていたんですけどね。
学生さんも多かったので、けっこう乗り気で、
「じゃあ、こんな話するよ」
って、怪談大会が始まっちゃったんですよね。
私は友人と並んで、話を聞いていたんです。
いくつか、どこかで聞いたような怖い話を聞いてから、始めに怖い話しようと言い出した男の子が、私の隣にいる友人に、
「Aさん、怖いのありましたよね」
って言ったんです。
友人のAさんは、
「えっ? あったっけ?」
と、首を傾げていたんですが、男の子が、
「ほらぁ、お風呂のー」
って、言うんです。Aさんはすぐピンときたようで、
「いや、あれは怪談じゃないし」
と、答えるんですが、他の人たちの目はもう興味津々な感じだったんですね。
Aさんも仕方なく、
「こわいーって、楽しむような話じゃないんだけどね」
と、念を押して、話してくれたんです。
近所に新しく二世帯住宅が建って、お祖父さんお祖母さんと、その息子さん一家の二世帯で引っ越して来たの。
二世帯住宅だけど、お風呂は共同っていうタイプの二世帯住宅で。
でも、引っ越して来てから二か月もしない内に、お祖父さんが亡くなってしまったのね。
入浴中に意識がなくなって、お風呂長すぎるってお祖母さんが見に行った時には、湯船の中に沈んでいて。人工呼吸されながら救急車で運ばれたけど、そのまま亡くなってしまったの。
近所でも、せっかく息子さんご家族と一緒に暮らせるようになったのにねって、残ったお祖母さんを励ましたりしてたのね。
で、半年くらい経ってから、高校生のお孫さんが入浴中に、またお風呂長いぞと。
お母さんが見に行ったら、お祖父さんと同じように湯船の中に沈んでいて。
すぐ救急車を呼んで命は助かったものの、お孫さんは酸欠による障害が残ってしまったの。
お孫さんの場合はお風呂で眠くなって、その後のことは覚えてないって話で。
そんな事が立て続けにあったから、その家ではもうシャワーを浴びるだけで、湯船にお湯を張って浸かる事がなくなったみたい。
「うちの近所で、立て続けに救急車騒動があって、2回とも原因がお風呂だったって話なんだけど」
ちょっとAさんの口調が、怒ってるなーっていう印象になっていたのが、私も周りの人も気付いてたんですけど、空気読めない男の子だったんですよね。
「ぜったい引っ張られてるー。お風呂の場所が悪い位置とかなんですかね」
って、楽しんじゃってる感じで。
もうAさんも、
「そういうのは聞かないけど」
って、そっけなくて。
そろそろ時間も経つので、
「もうちょっとだから、私が鍵預かっとくね」
って言うと、空気読めてる人たちが、
「じゃあ、お願いしちゃうね。お疲れー」
って、帰り支度も済ませて、その男の子も一緒に連れ帰ってくれたんです。
会議室の鍵を預かった私とAさんだけ残ったんですが、Aさんは机に片肘ついて、見るからにご立腹でした。
「あの話さぁ。みんな怪談のつもりで聞いてたわけ?」
って、Aさんが言うんですね。
「私はお風呂とか、快適になりすぎても危ないってことあるよねっていう話だと思ってたよ」
と、答えたんです。
前にAさんがその話をしてくれたのは、一人暮らししている例の空気読めない男の子が、
『眠すぎてお風呂で寝ちゃって、ゴボゴボッてなりましたよー』
って、言っていたからだったんです。
『それ、危ないことなんだよ』
っていう話で、聞かせてくれてたんですよね。
もちろんAさんのご近所でも、身近に起きた御不幸を、怪談話みたいにヒソヒソ言ってる人なんていなかったんです。
でも、世の中で楽しまれている怪談話って、それを楽しむのは不謹慎なんじゃないの? というお話も中には、あるんじゃないかなって思ったんですよね。
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